閑話1:残された者たちの狂騒曲
大変お待たせいたしました。新年1作目はあまり本編とは関係ない・・・かもしれないギャグ回っぽい何かです。
エリスたちがクルール島で窮地に陥ったりしていた丁度その頃のアクティアハート王国王城では―――――――――――――――――――――――
「どういうことですの、ルシオール!?エリュシフィア達と連絡が取れないってっ!!?」
バァァンっと、顔色を悪くしながらも詰問するために、回答を迫っている人物が所有する執務机に両手を打ち付けたヴェルフェリアは酷く混乱していた。
「お・・・落ち着いてください、ヴェルフェリア様っ!!大賢者殿も、何かの間違いなのでしょう?」
そして、そんな一の姫を宥めようと、本来ならばヴェルフレイドの側近として、この国を支える若き宰相ユーリウス・ゼーラー・フォン・ラウエが必死で抑え止めようとしているのだが、彼女の全身から怒りにより無意識のうちに迸る電流を目にし、逆に圧されてしまっている状態である。
「・・・・・・言葉の通りだ、ユーリウス。私の『監視眼』が潰された。こちらから向こうの様子を伺うことは不可能になった。」
その様子では、ヴェルフェリアも双子の兄との共有回線が遮断れているのだな・・・と、ヴェルフェリアよりも一層顔色を悪くした、この国唯一の大賢者であるルシオールが、頭を抱え項垂れた。
「その通りですわっ!こんなこと・・・・・・フレイとの伝心回線が一方的に切れるだなんて、今までになかったことですのよ!?一体・・・彼らの身に何があったというのですっ!!?」
貴方なら何かご存知なのではなくて!?と問い詰めるヴェルフェリアに、ルシオールはただ口を噤んだ。
確定しているわけではない、が、彼の放った偵察用魔獣をいとも容易く捻り潰したのは間違いなくアランフィニーク教諭だった。しかし、彼の魔力は本来のものよりもずっと昏く、澱んだものだった。その凍えるほど悍ましい気配にはルシオールにも覚えがある。
(あの気配は・・・・・・・いや・・・・・・そんなはずはない。アレは女神様がこの大陸の外で確実に処理をしているはず・・・・・・・・・けれど・・・・・・・この嫌な胸騒ぎはなんだ?私は何か見誤っているのか?)
どうなのです!?黙っていないでお答えなさいっ!!と言うヴェルフェリアの罵声は残念ながらルシオールには届いておらず、彼は未だに自問自答を繰り返している真っ最中だった。
「ヴェルフェリア様・・・・・・大賢者殿は何か御考察中のようですし、一度出直しては・・・・・・」
「そんな悠長な事を言っている場合ではなくてよ、ユーリっ!我が国の第一王子と第二王女が揃って行方知れずとなっているんですわよ!?」
「それはそうなのですが、彼らの行き先はわかっているのですし、騎士団を派遣すれば・・・・・・」
「向こうがどういう状況かわからないうちから騎士団を派遣すべきではないことくらい貴方だってわかっているでしょう!?」
それができないから、こうして大賢者に相談しているのでしょう!?と逆に怒られてしまい、内心でユーリウスは「じゃあどうしろっていうんですか。」とやさぐれかけたのだが、こほんと一つ咳払いをすると「・・・では、ヴェルフェリア様のなさることなど一つしかないじゃないですか。」と至極冷静に呟いた。
「ユーリ?」
「ヴェルフェリア様、どうか執務にお戻りください。」
「なっ!?」
「こういう状況だからこそ、ですよ、ヴェルフェリア様。貴女まで無茶をしてしまうと最悪の場合に陥ったとき、この国は全ての後継者を失うことになるのですよ?」
「それはっ・・・・・・!!」
「それに、ヴェルフレイドがそう簡単に窮地に陥る、だなんて、僕には想像もつきませんよ。・・・不測の事態なのかもしれませんが、あの方はそれを切り抜けるだけの術がある。僕らはそれを信じていつも通り、何食わぬ顔で待っていればいいのです。」
正論を突かれ、ヴェルフェリアは思わず言葉に詰まった。もちろん彼女も頭では理解できているのだ。こんな所で不毛な言い争いをしているよりもすべき事は山ほどあるのだと。けれど、心と感情はそれを受け入れられずにいるのだ。その事にユーリウスも気づいているし、彼女の言い分も充分、痛いほど理解している。彼にとっても、使えるべき主たるヴェルフレイドの危機に心穏やかではいられないのだ。けれど、今現在、彼の傍にいない自分にできることは少ない。ならばその少ないけれど今の彼でも出来ることを全うするだけなのだと、幼い頃より培ってきた判断力がまっすぐ、感情を抑えて解を導き出すのだ。
「しかし、大賢者殿の『監視眼』をも潰す存在があちら側にいるというのも不気味です。・・・やはり少数精鋭で一団、クルール島へ派遣すべきでしょう。」
以前の視察で彼の島への転移魔法陣は繋がれているはずですし・・・と言ったユーリウスに、ルシオールは低く小さな声で「いや、今回はそれは使えないだろう。」と言い切った。
「・・・どういうことです?」
「考えられるのは、クルール島が何者かの結界に閉じ込められ、こちら側との接触を断っている可能性が高い。転移魔法陣は二つの、異なる場所にある魔法陣が共鳴することで初めてその効果を発揮するものだが、片方を封じられてはその意味をなさない。」
「しかし、試してみないことには始まりませんよ?その可能性が高くとも、絶対ではないのですから。それに、もし向こうの転移魔法陣が封じられていたのだとしても、無理やりこじ開ける方法はいくらでもありますよ。」
試してみたい術式もありますし・・・・・・と、先程までの気弱さは何処へやら、にっこりと、それはもういい笑顔で微笑んだユーリウスに、ルシオールもヴェルフェリアも深い溜息を吐いた後「・・・それもそうだな(ですわね。)」と苦笑した。
「確かに、解除系魔法はユーリの得意分野でしたわね?」
「えぇ、目を離すとすぐに何処かへ隠れてしまう問題児達のお陰で、ね。」
「・・・わたくしに手伝えることは?」
「今の所ないですね。なのでヴェルフェリア様は執務に戻ってくださいね。」
「・・・・・・・・わかりましたわ。」
ユーリウスの言葉に、どこか罰が悪そうな表情を浮かべたヴェルフェリアは今回ばかりは素直に頷いた。そんな様子にいつもの落ち着きを取り戻したルシオールはユーリウスを手助けすべく動こうとしたのだが・・・
「・・・っ!!?」
ズキリと、一瞬ではあるが全身を引き裂かれるかのような凄まじい痛みが彼の体を襲い、それに伴い、彼の膨大な魔力も、尋常ではない速さで吸い取られ始め、自然と平衡感覚を無くしたルシオールは成す術もなく倒れ込んだ。
「ルシオール!?」
「大賢者殿!!?」
慌てたような声が室内に響き渡るが、ルシオールの思考は更に混乱を極めていた。
(結界が・・・・・・私の結界が破られた・・・だと・・・?しかもこの気配はエリュシフィアの魔力と・・・・・・女神様の・・・・・・でも何故複数?かの女神の末裔達なのか??いや・・・それはありえない・・・ありえないはずだ・・・・・・・・・)
当然、ルシオールはその時エリス達がどういう状況にあったかなど知るすべはない。だが彼を襲った体の痛みはエリスの召喚魔法によって一時的に彼の貼った大結界に穴が開けられたためで、異常な魔力消費はそれを修復するためのものだったのだが、予期せぬ自身の異変に、ルシオール自身も付いていくことができず、結果としてしばらく寝込むことになるのである。
「くっそ・・・・・マジでどうなってんだよ!大賢者殿までブッ倒れるなんて聞いてねぇっつーの!!・・・おい、近衛兵1!今すぐ治癒師達を此処へ連れてこい!近衛兵2は近衛騎士団長殿に伝達して国王陛下にこの事を知らせろ!」
「「はっ!!」」
「ちょ・・・ユーリ!言葉遣いが素に戻ってましてよ!?」
「仕方ないだろう?僕だってこう次から次に面倒事が増えれば取り繕う暇がねぇんだよ!」
あぁ、くそ・・・何から処理すべきなんだよ・・・・・・と、きっちり整えられていた髪をぐしゃぐしゃと掻き乱しながらユーリウスはそれでも的確に指示を飛ばしていく。若き宰相としてある程度冷静さを保てるようにはなってきていたユーリウスでも、流石に大賢者が倒れたことには動揺を隠せないらしい。
「大賢者殿は治癒師に任せるとして、国王陛下に事情説明してたら魔法陣の調整がより遅れることになる・・・かと言って僕やフェリアがここを動くわけにはいかないし、宮廷魔術師達に動いてもらうか・・・・・・いや、僕の最高傑作をそう簡単に教えてなるものか・・・」
「見栄張ってないで、教えて差し上げなさいな!!」
結果として、ユーリウスは頑ななまでに自分で魔法陣を弄る事を譲らず、全ての事態が収束し、本格的にエリス達を救出に向かう準備が整ったのはその翌日の、太陽が高く登り始めた頃なのである。
補足説明1:ヴェルフレイド・ヴェルフェリアの双子兄妹の間にはテレパシーのような、双子特有の見えない伝心回線が存在するので、遠く離れていても思考を共有することができる。共有させたくない場合は自身の精神に鍵をかけるので、回線自体は生きているのだが、今回はぷっつりと切れてしまった(原因はヴェルフレイドの魔力枯渇)ためヴェルフェリアは大いに混乱したのである。
補足説明2:ルシオールは大陸封印後の結界の外側の世界の事情を理解していない。彼の中では自身を生み出した女神様最強説を貫き通しているので、まさかその力の全てを宝石に分散させ託し、消滅したとは思いもしていない。
人物設定は2章前におさらいを兼ねて載せさせていただきますのでもう少々お待ちください。