:広がる世界2
食卓には焼きたてのパン、色とりどりの野菜を使ったサラダボウル、具沢山のスープに本日のメインである白身魚のムニエルが人数分鎮座し、最後の仕上げとしてカトラリーを並べていたアルトゥールとルーチェはあれ?と首を傾げた。
「・・・・・・あれ?一人分、多くない?」
「あ・・・やっぱりそうだよね?」
「あぁ。俺とヒルダ姉、ヴェルフレイド様とレオンハルト様。エリス嬢にルーチェ嬢、マーシェル殿・・・アレクは別に食事を必要としてないし・・・アランフィニークは論外だし・・・・・・」
やっぱ一人分多い・・・と数えていると、不意に焼きあがったばかりのキルシュクーヘンをオーブンから取り出していたヒルデガルドから「それはリズの分ですわ。」と答えが買ってきた。
「・・・リズ?」
「えっ!?リズ姉居るのッ!!?なんで・・・どうやって!!?」
「それは貴方の不注意だからでしょう、アルト?・・・あの好奇心旺盛なリズの事だもの、無関心を装って上手く気配を絶ちながらこっそりと図書棟の潜り込んでいたのでしょう。」
知識欲が刺激されないと動かない娘だけど、いざ動くとなったら結構大胆な事を仕出かしますからねぇ・・・と、苦笑したヒルデガルドにアルトゥールは「あぁ・・・うん・・・・・・あのリズ姉だもんな・・・」と項垂れた。そんな彼らを不思議そうにルーチェが眺めていると、不意にアルトゥールと目が合い、彼は苦笑しながら「もう一人の姉の分らしい。」と口にした。
「・・・アルトさん達は三姉弟なんですか?」
「いいや?俺たちは七男六女の十三人姉弟。」
「えっ!?」
「・・・と、言っても俺もヒルダ姉もリズ姉も、父親は同じだけど母親が違うんだけどな。」
「えと・・・それって実は聞いちゃいけない話だったり・・・?」
「しない、しない。・・・俺らの父親がさ、俺よりもう少し若い頃にやんちゃした結果、家族が居なくなっちゃってさ。それを寂しく思った結果、『そうだ、嫁をたくさん娶って、たくさん子を産ませればいいじゃん!』っていう、発想に至った結果の十三人姉弟っていう話だからさ。」
笑い話にしかなんねぇよ。と、けろっと言ってのけるアルトゥールだが、聞かされた側であるルーチェは「あれ?そんなあっさりと笑い話にしていい内容か?」と思わず首を傾げた。しかし、まぁ、本人たちがそれで良いのならいっかと、あっさり納得してしまう彼女はあまり物事を深く考えないタイプの人間である。
「・・・それに、姉弟仲は頗る良好なんだ。だから、母親違いの姉弟の確執とか、そんなの物語の世界だけの話ってこと。」
「・・・まぁ、他所の国でわたくしたちと同じ状況がもしあったとすれば・・・その『物語上の確執』とやらも現実として垣間見れるのでしょうね。・・・ですが、基本的にわたくしの母も、アルトやリズの母君も理解ある方だった、というだけですのよ。『産んだ者が誰であれ父の子には変わりない』というのが・・・母の言い分ですので。」
その言い分を真っ直ぐ通して、分け隔てなく接することの出来る母達がわたくしの誇りであり理想なのですわ。と、ヒルデガルドはクーヘンを切り分けながら言った。
「・・・へぇ・・・・・・いいね、なんか、そういうの。」
「?」
「あたし、孤児だからさ。同じ境遇の子供たちも多いけど、血の繋がった、本当の兄弟じゃないし・・・司教様や修道女たちだって、親代わりってだけの他人だし・・・・・・」
血の繋がりあった家族同士の絆ってホント強いんだね。と、何処か羨ましそうに言うルーチェに、アルトゥールもヒルデガルドも首を傾げた。
「それは・・・・・・ルーチェ嬢の心次第なんじゃねぇの?」
「え?」
「血の繋がりが有っても、無くても、本当に大事にしたい者達ならば、それはもう家族であり兄弟であると言えるのではないでしょうか。・・・絆は、血縁に因るものではないのですよ?お互いを思いやる心が生み出すものですの。」
そうやって結ばれた他人同士がいつかは夫婦となり、やがては子を成し、家族として成長させていくのですから。と、ヒルデガルドが語ると、アルトゥールも同意するように頷いた。
「そうそう。要するにルーチェ嬢が今暮らしている環境をどう思うか次第って事だよ。他人の寄せ集めだったとしても、そこで過ごした時間と思い出って普通の家族のと変わんないんじゃない?寧ろそういう過酷な境遇だからこそ、より強く繋がれるんじゃねぇの?」
「・・・・・・そういう・・・もの・・・・・・かな?」
「「そういうものだな(ですわね)。」」
「・・・・・・そっか・・・・・・・・」
あはは、あたし、今まで修道院からこんなに離れた事なかったから・・・・・・ホームシックになってんのかな?でも、そっか・・・・・・あたし次第か・・・・・・と、苦笑したルーチェに、アルトゥールはふぅっと息を吐くとポンっとルーチェの頭を撫でた。
(・・・・・・・・・悪魔石の影響がまだ残ってんのか・・・・・・・・・・)
「??」
「・・・・・・ま、ホームシックなんて言葉が出てくる時点で、お嬢さんにはちゃんと『帰るべき場所』があるって事だよ。そこにいる人たちを他人とも思ってないって・・・な?」
「・・・・・・うん。」
「うっわぁ・・・ちょっと、聞きまして?またアルトったらフラグを量産してるわよ。しかも無自覚なんだから手に負えないわ!」
「!!?リ・・・・・・リズ姉!!?」
タイミングが良いのか悪いのか、リーゼロッテを先頭に食堂へと入ってきていた図書棟組だったが、ルーチェとアルトゥールの微笑ましい光景を見つけた瞬間、リーゼロッテが好奇心半分、呆れ半分で言葉を紡ぐと、慌てたようにアルトゥールが反応を見せた。
「な・・・なんだよ、フラグって!!?」
「それは諸々の、に決まってるじゃない。・・・あっ、夕食はムニエルなのね。それにこの香り・・・ヒルダ姉様特製のキルシュクーヘンね。食後が楽しみだわ~。」
「だから、諸々って何っ!?」
「ほら、アルト。そんなことより皆さんを案内してあげなさいよ。家主の勤めでしょう?」
「~~~~っ!!!」
その条件で言うならリズ姉だって家主だろう!?と、口にはしないものの明らかに不服ですと表情に出ているアルトゥールを横目にリーゼロッテはいつもの席へと向かい華麗な動作で着席した。
「はぁ・・・・・・ったく、マイペースなんだから、リズ姉は・・・・・・。皆さんも、良かったら好きな席に。特に決まりもなければ食事のマナーとかも気にしなくていいんで。」
公式の場じゃないからと、アルトゥールが言うと、それぞれが好きな席へと座っていき、少し遅めの夕食がスタートするのだった。
「とりあえず改めて自己紹介しておきましょうか。俺はアルトゥール・ディアマント・フォン・エーデルシュタイン。気軽にアルトって呼んでください。」
「わたくしはヒルデガルド・クリスタル・フォン・エーデルシュタインと申します。どうぞヒルダとお呼びくださいね。」
「私はリーゼロッテ・ザフィーア・フォン・エーデルシュタインよ。リズと呼ばれることの方が多いけど、好きに呼んでくれればいいわ。反応するかどうかはわからないけれど。」
和やかに始まった夕食で、改めて名乗った宝石王国からやってきた三姉弟たちに、エリス達が感じたことはそれぞれ纏う雰囲気が違うんだなぁという事だった。特にエリスとヴェルフレイドの兄妹はそう感じたようで、一見すると性格がそれぞれ違うので仲があまり良くないように思えてしまうのだが、決してそういうわけではないことを二人は既に知っている。普通なら姉弟が一緒に過ごす時間が長ければどちらかの影響を受けてしまうはずなのに、と。
「・・・エーデルシュタインって・・・聞いたことない言葉・・・だよね?」
ぽつりとマーシェルが呟くと、リーゼロッテは「当然でしょうね。」とムニエルを切り分けながら言った。
「私たちは、今、あなた方が暮らしている大陸とは別の大陸の住人だから。」
「えっ!?」
「この大陸は守護竜の結界に守られた最後の楽園だったのよ。まぁ、随分前から【深淵の毒】の侵食を受けていたようだけれど。」
さらりとリーゼロッテから出てきた言葉にヴェルフレイドは眉間に皺を寄せた。
「・・・【深淵の毒】・・・・・・」
「そう、突如現れた、世界に淀みし負の感情の成れの果て・・・要するに、誰の心にもある負の感情が世界に何らかの影響を与えて一つの害悪へと変貌したもの、とでも言うべきなのか・・・・・・女神を際立たせるために生まれた絶対悪、とも考えられるのだけれど、その成り立ちは解明されていないわね。」
書物の内容を諳んじるように、淀みなく言うリーゼロッテは「ただ、放っておくと世界は魔境と化してしまうから、私たちはそれらと戦い続ける使命を持っているのよね。」と付け加えた。
「そんな・・・・・・」
「まぁ、俺たちは創造の女神の力の一部を受け継いでいるからな。」
「!?」
「・・・創世の時代末期の話だよ。守護竜によって封印された大陸の外側では創造の女神が全ての力を駆使して【深淵の毒】の穢れを払った。そのお陰で当分の間は【深淵の毒】の影響を受けずに済むことになったけれど、女神の消耗は激しく、このままではこの世に存在できないくらい追い詰められていた。だから女神は残った力をそれぞれ宝石に宿し、回復させながらも、自分の代わりに【深淵の毒】に対抗できるようにしたっていうのが俺たちエーデルシュタインの原点なんだ。」
だから俺たちのミドルネームにはそれぞれ、司っている宝石の名前が付けられている。俺なら金剛石、ヒルダ姉は水晶、リズ姉は蒼玉ってね。それぞれの宝石が持つ女神の力を最大限活かせる存在が俺たちだってことだな。
そう説明したアルトゥールの言葉に、あぁ、だから彼はあんなに強かったのかと、それを見ていたヴェルフレイドとレオンハルトは納得した。
「そっか・・・【宝石魔法】ってそういう意味だったんだ。」
「え?エリス知ってたの?」
「知ってたっていうか・・・召喚が成功した時ヒルダさんから聞いてたっていうか・・・・・・」
「あぁ、そうだった!一番重要なこと忘れてた!!・・・お嬢さん改めて本名を教えて貰えないかな?エリスっていうのは愛称だろう?」
呼び出されるのはいいんだけど、召喚契約が完全じゃないってアレクが言ってたからさぁ。とアルトゥールが言うとエリスは困った表情で言葉を詰まらせた。
「え・・・えと・・・・・・アルトさんはいいの?私と契約して・・・・・・っていうか、同じ世界の人間を召喚しちゃった事って初めてだから・・・召喚契約ってできるものなの・・・かな?」
「確かに前例はないけれど・・・・・・でも召喚は成功しているんだし・・・・・・」
「アルトは厄介事には慣れっこだからどんどんこき使ってやればいいのよ。」
「・・・リズ姉酷くない?」
「あら、だって今のアルトは召喚者の下僕なのでしょう?うふふ、馬車馬の如く働かせればいいと思うわ。それで壊れるような人間じゃないんだし。」
あら名案ね。こういう設定の本って珍しいかしら。とポツリとつぶやいたリーゼロッテは既に自分の世界に沈んでいる。そんな彼女を横目に改めてエリスの方を見遣ったアルトゥールはふっと、彼女を安心させるように微笑んだ。
「流石にリズ姉のような無茶はできないけれど、俺でよければ最大限の力になるよ。」
「・・・・・・エリュシフィア・プリム・アクティアハート・・・・・・です。」
「エリュシフィア・・・か。綺麗な名前だね。では――――――『我、アルトゥール・ディアマント・フォン・エーデルシュタインは身命を賭してエリュシフィア・プリム・アクティアハートに尽くすことを宣言する』!」
力強い宣誓の言葉と共に、エリスの内側が熱を帯び、そしてドクンと大きく跳ねた鼓動はどちらのものだったのだろうか。けれど、感覚的に召喚契約は成立したのだとエリスは悟った。
・・・食事中にする行動ではない(苦笑)
長くなりそうなのでここで一旦切らせてもらいます。続きは・・・早く書けるといいな・・・