9:後始末
「・・・!?アルトっ!!」
頭突きで気絶したアランフィニークを、何処からともなく取り出した(その動きに一切の無駄はない)荒縄(アルトゥール特製仕様)でしっかりと締め上げるという一仕事を終えたアルトゥールは突如、ふらりと体を揺るがし、地面に倒れ込んだ。
「あー・・・・・・やっぱ、封じられた大陸だと、ブラッドストーンやガーネットの加護も・・・かなり弱まっちゃうんだなぁ・・・全っ然・・・血ィ・・・足りねぇや・・・・・・」
まぁ、派手にぶちまけちまったもんなぁ・・・あはははと、乾いた笑いを零すアルトゥールに、慌てて駆け寄ったヒルデガルドは「・・・そのようですわね・・・」と心配そうに声を震わせながら、そっとアルトゥールの傷口に彼女の白い手を翳した。
「わたくしでは精々、生命力を高めて、傷口を塞いであげることしかできないけれど・・・」
「やー・・・それだけでも充分だよ、ヒルダ姉・・・・・・ごめん、手間かけさせちゃって・・・」
「・・・余計な気は回さず、今は回復に専念なさい。」
「・・・・・・うん・・・・・・」
ヒルデガルドの言葉に甘えるように、アルトゥールはそっと瞳を閉じた。
「・・・・・・僕たちの魔力が少しでも戻れば何とかしてあげられるだがなぁ・・・・・」
「それよりも・・・ヴェルフレイド様、これから僕たち・・・どうしましょう?」
もう、日が暮れる・・・・・・と、心細そうに呟いたレオンハルトに、ヴェルフレイドも大きな溜息を吐きながら「そうだなぁ・・・・・・」と空を仰いだ。―――――橙色の太陽は宵闇に溶け、代わりに天へと顔を出し始めているのは、夜の闇でのみ輝く双子月。その光量は、人の暮らしが感じられる場所では幻想的に思えるものだが、見渡す限りの荒野へと変わり果てたアルブ村では非常に心許無い。
「・・・ハーネスコートに戻った所で、既に船乗りたちは次の目的地に向かって出港しているはずだ。倉庫整理をしている者も居るかもしれないが・・・期待はできないだろう。・・・・・・アルブ村以外の集落も存在しているが、移動している間に日付が変わってしまう・・・・・・」
魔法が使えないというのはこんなにも不便なものなんだねぇ・・・お手上げだ、と、ヴェルフレイドは苦笑した。・・・彼の想定していた筋書きとは大幅に違う出来事が多すぎたのだ。その後始末をどこから手をつければいいのかすら、今の彼では判断に困る状況にある。
とにかく、安定して早く魔力を回復させるためには、やはりきちんとした宿泊施設が整っていることが望ましい。当然食事も取れて、ゆっくり寛げるような・・・・・・しかし、荒野と化してしまったここにそれを望むのは不可能・・・どうしたって野宿しか選択肢はないのだ。
ヴェルフレイドはアクティアハート王国の王子である。国内を知るために視察に赴くことも多々あるが、野宿の経験は勿論無い。知識として、どういうものかを指すかぐらいの認識はあるが、実体験に応用する力は望めない。それは彼の隣で途方に暮れているレオンハルトも同じことである。
「・・・あらあら・・・封じられた大陸の方たちは随分温室育ちなのですわねぇ。」
「「!?」」
「まぁ、守護竜が大切に、大事に育ててきた場所だから、でしょうね・・・・・・野宿なんてしなくとも、他国間との争いもなく、整った環境が当たり前のようにあるのでしょうから、羨ましい限りですわ。」
そう苦笑したヒルデガルドに悪意はない。素直に思ったことを口にしただけなので、何もできないと途方に暮れる彼らを見下したわけではなかったのだが、女性に、しかも本来ならば安全な所で匿われて当然のような存在であるヒルデガルドですら、その口振りから、荒事には慣れている事が読み取れて、二人は衝撃を受けた。
「・・・・・・貴女方の国では・・・・・・他国との争いが頻繁にあるのですか?」
他国との争いと聞いて思わず身構えたレオンハルトに、ヒルデガルドは小さく苦笑した。
「そうですわねぇ・・・・・・頻繁に、というわけではありませんけれど、わたくしたちの国、エーデルシュタイン王国は正八角形型の小国なのですけれど、大陸の中心部に国を構えていますので、どうしても、他の国々に囲まれてしまうのですわ。」
すぅっと、小枝で地面に大陸図を書き出すと、ヒルデガルドは「最も、好戦的な国は一つしか存在しないのですが、今は傍観に徹し、隙あらば狙おうと企む国が・・・二つ。どちらも有事に備えて兵士たちの訓練を怠らない、厄介な国なのですわ。」と、言葉を繋げた。
「・・・こちらと・・・こちら・・・・・・後は・・・こちらの国境線沿いには常にわたくしたちの姉弟の誰かが必ず控え、監視をしております。・・・敵対国が動けばこちらもすぐに動けるように。そして一度動き始めれば、どちらかが敗北するまで戦わねばなりません。・・・その戦の最前線に立つのは常に王の子供たちです。一瞬で戦が終わるわけではありませんから、必然的に陣形を保ちつつ何日も過ごすことになりますから・・・慣れてしまっているのですわ、わたくしたちは。」
ですから、そうなった時に、兵士たちの負担にならないよう幼い頃からある程度一人で何でも出来るように教育されているのですわ。と、さらりと言ってのけたヒルデガルドをレオンハルトもヴェルフレイドも唖然と見つめていた。
「・・・ですが、慣れていると言ってもそれは色々と準備が揃っていることが前提なのですが・・・・・・まぁ、その辺りはアルトがしっかりと準備していることでしょう。取り敢えず、何か燃えそうなものを探してきてくださいませんか?このままでは夜の寒さに耐えられませんわ。」
薪を探すくらいならできるだろう?と問いかけるヒルデガルドに、そのくらいならばと頷いた二人は、完全に日が暮れてしまう前にと、大急ぎでまだ木々が残っているであろう場所へと向かっていった。
「・・・貴方は行かないんですの?アレクサンドル・・・」
「彼らについて行ってボクに出来ることなんて何にもないでしょう?」
と、拗ねた様に言うアレクサンドルにヒルデガルドは確かに、と苦笑した。アレクサンドルからすれば、自分の主であるアルトゥールや契約主であるエリスを放っておくことは出来ないのだろう。ヒルデガルドのように明確に彼らを助けることはできなくとも、側には居たいらしい。
「・・・そう。じゃあ、アルトたちを貴方の防御壁で包んであげてくださいな。」
わたくしは悪魔石の処理をしますから、と、アルトゥールの治療を終え、すっと立ち上がったヒルデガルドは、未だ転がったままの悪魔石へと視線を投げた。
「・・・・・・それは・・・勿論、構いませんけど・・・・・・浄化・・・・・・なさるんですよね?」
「・・・えぇ・・・そうですわよ?・・・ですが・・・・・・わたくしの大切な弟を傷つけたのです。優しくしてあげるつもりはありませんわ。」
何事もなければ、ヒルデガルドの手で、ゆっくりと悪魔石に取り込まれ【深淵の毒】に穢されてしまったアランフィニークの魂を浄化する予定ではあったのだが・・・幾ら助かりたかったとは言え、最もやってはいけないことを彼は仕出かしてしまったのだ。
「・・・・・・例え、【深淵の毒】に毒されていたとしても、精神が強ければその衝動も抑えられたはず・・・・・・最も、精神が強い存在に悪魔石は寄り付きませんけれど・・・ね。」
ヒルデガルド愛用の大きな水晶球を呼び寄せ、そっとそこに唇を落とすと、一瞬それは眩い光を放った後、パキパキと音を立てながら形状を変化させていく。
「【清廉なる水晶竜】よ!穢れ纏いし石を滅せよ!!」
それは、戦乙女の名を冠する壮厳なる水晶竜だった。ヒルデガルドの力強い言葉と共に、水晶竜は悪魔石へと目掛けて向かって行き、大きく口を開けると迷うことなくそれを飲み込んだ。
実際、その瞬間を目撃することはないのだが、宣言通りの行動をしたのであれば、悪魔石は水晶竜に飲み込まれ、その内部へと誘われた時に、方法は見当もつかないが、その存在を消滅させるのだろう。・・・全て、ではないにしろ、大半の魂を悪魔石へと売り渡していたアランフィニークは、その瞬間、意識がないものの絶叫を響かせた。
「因果応報ですわ・・・・・・その苦しみや痛みは、貴方が誰かに与えてきたはずのもの・・・・・・大人しく傍観に徹していれば・・・もっと生きながらえることが出来ましたのに。」
底冷えするような冷たい視線をアランフィニークへと向けたヒルデガルドの表情は、いつもの穏やかさをかき消し、恐ろしいまでの冷酷な笑みを浮かべていた。・・・自ら武器を携え戦うことは出来ないヒルデガルドではあるが、彼女の本質は勇ましく戦うアルトゥールや他の姉弟たちと何一つ、変わらない。
「ご苦労さま、【清廉なる水晶竜】。またよろしくお願いしますね。」と、ヒルデガルドの労いの言葉とともに、彼女の傍にやってきた水晶竜は、すぅっとその姿を元の水晶球へと戻した。
「・・・一先ず、悪魔石の後始末はこれで良いでしょう。後は・・・・・・無事に一晩越せるかどうか、ですわね。」
ふぅっと息を吐き、いつもの穏やかな表情へと戻ったヒルデガルドは、星々が顔を出し始めた空を仰いだ。
「これで足りるか・・・なっ!?」
辺りは既に闇に包まれて少し経った頃、両手いっぱいに木々を掻き集めてきたらしいヴェルフレイドとレオンハルトがヒルデガルドたちの元へと戻ってきた。
「ご苦労様ですわ。」
「あ、何かすみません・・・ヒルダ姉が無茶言ったぽくて・・・・・・」
俺も落ちる前にちゃんと伝えておけばよかったんだけど・・・と、まだ顔色は良くはないものの割と元気そうなアルトゥールの言葉よりも、戻ってきて早々に二人が目に入れたものに思わず驚き、ガラガラっと、持っていた木々を落としてしまった。
「な・・・んで??」
彼らが驚くのも無理はない。荒野と化してしまったアルブ村に建物など存在はしないのだから。けれど、アルトゥール達の目の前にあるのは、立派な別荘とでも言うべき大きな建物だ。・・・勿論建築学上、これほど立派な建物は魔法を駆使したとしても短時間で作り上げることはできない。
「言いましたでしょう?『アルトがしっかりと準備している』と。・・・わたくしもまさかお屋敷ごと用意しているとは思いませんでしたけれど・・・・・・」
「だって、使い慣れてる別宅の方が安心できるだろう?それにアデル姉からも準備は怠るなって言われてたし・・・」
「・・・誰もアルトを止めなかったのが怖いですわね・・・」
まぁ、助かりますけれど。と呆れたような表情を浮かべるヒルデガルドにアルトゥールは「だろう?」とドヤ顔を浮かべるのだが、ヴェルフレイドたちは内心で「いやいやいや!!」とツッコミの嵐を二人に送っていた。
「そ・・・そもそも、どこからこんな立派な建物を用意してきたんですか?」
意を決してレオンハルトが声をかけると、アルトゥールは「ん?あぁ・・・それな・・・」とにっこりと笑うと、何処からともなく大きな金剛石を取り出した。
「お嬢さんに使った方法と全く同じなんだ。どういうわけか、俺の金剛石、色々と内側に取り込めるらしくてさ。」
今までは携帯食料だとか着替えとかを主に収納してたんだけど、今回は何が起こるかわからないし、どこに飛ばされるかも想像つかなくて・・・すんなり住む所が見つかれば良いけど、そうじゃなかった時のことを考えて、ダメ元で取り込んでみたら、なんか成功しちゃってさ。
便利だよねー。と笑うアルトゥールに誰もが思う。・・・・・・規格外すぎるだろうと。
「じゃあ・・・無駄になってしまうかな?」
「そんなことありませんわ。アルトはしっかりしているようで色々抜けているところもありますから・・・・・・少しでも足しになるようなものがあれば安心です。」
足元に散らばった木々を拾い集めながらヒルデガルドはヴェルフレイドに微笑んだ。そんな彼女の言葉にヴェルフレイドの波立った心はすぅっと平静を取り戻していく。その感覚を彼は不思議に感じていた。
「とりあえず、まだ眠ってるお嬢さんたちを中に運ぼうか。彼女たちが目を覚ましたら・・・・・・これからのことを話そう。」
長い夜になりそうだ、と、どこか楽しそうに言うアルトゥールに確かにとレオンハルトは苦笑した。
四次元ポ●ット的な何かだと思って頂ければ・・・・・・流石に宝石王国陣がチートすぎる気がしてきました・・・