8.5:補足回
*流血表現が苦手な方はご注意ください。
アルトゥールの荒業で何とか落ち着いたエリスと、魔力切れにより意識を失っていたマーシェルとルーチェの容態を診た後、にっこりとアレクサンドルの方へと視線を投げたヒルデガルドに応えるように、ふわりと彼女の目前で地に降り立ったアレクサンドルは、恭しく頭を垂れ「ヒルダ様、あちらのお二人にも『水晶』の恩恵を・・・」と願い出た。
『あちらのお二人』と、ヴェルフレイドとレオンハルトを指したアレクサンドルに、二人はふらつく足を叱咤しながらゆっくりと彼らに近づくと、アレクサンドル同様、膝をついて騎士としての礼を取った。
「・・・お初にお目にかかります、異国の方。私は――――――――――――」
「・・・ヴェルフレイド様・・・ですわね?」
「!!?」
「とりあえず、自己紹介は後にいたしましょう?今はお二人の手当を優先させていただきますわ。」
アレクサンドルの願いでもありますから。と、名を言い当てられ驚くヴェルフレイドとレオンハルトに、くすくすと笑いながら、ヒルデガルドは二人の頭上にぱらぱらと水晶の粉を振りかけ、そっと祈るように「生命の光よ、高まり巡れ。」と呟けば、ぱぁっと粉から光へと変わったものが二人を包み、すぅっと身体の中へと溶けていく。それと同時に、二人の魔力不足からくる気だるさがあっという間に軽減され、魔法は相変わらず使える状態ではないものの、動きに余裕ができた。
「・・・・・・凄い・・・・・・」
「うふふ、お役に立てたようで嬉しいですわ。」
不思議そうに自身の手や足を動かすレオンハルトにヒルデガルドは微笑んでいると、不意に背後から「ったく、相変わらず悪知恵が働くっていうか・・・・・・まぁ、アレクらしいな。」と苦笑するアルトゥールの声が聞こえてきた。
「でもまぁ、何とかなったのはいいけど・・・これでお前の目論見が失敗してたらどうするつもりだったんだ?」
「それは・・・・・・まぁ・・・・・・最終手段としてはボクの命に変えてもアルト様を喚ぶつもりでしたので・・・」
「いやいや、お前をそんなことで死なせたりしたら、歴代の『金剛石』の守護者に祟られるっつーの。」
ぴんっとアレクサンドルの鼻先を指で弾いたアルトゥールは「あんま、俺の知らないところで無茶すんなよ?」と、愛おしそうに彼の体を撫でた。
「あ、ヒルダ姉。手当終わった?」
「えぇ。後はちゃんとした場所で休めば問題ないでしょう。・・・そちらのお嬢さんたちも含めて・・・ね。」
「そっか・・・じゃあ、立て続けで悪いんだけど『悪魔石』を――――――」
「・・・・・・それは・・・私のモノだ・・・・・・」
「!!?」
気配なく、アルトゥールの背後に現れて、そのまま彼の心臓を狙うように、どこからともなく取り出した剣でどすりと、一突きしたアランフィニークには【悪魔石】の影響が未だ色濃く、その執着心故の凶行に罪悪感など存在しない。一方、不意打ちで刺されたアルトゥールはびくりと大きく体を痙攣させた後、ぐったりと全身から力が抜けていき、手にしていた【悪魔石】はその反動でころりと地面に転がった。
「ひ・・・ひひっ・・・私の・・・・・・・わたしのモノだ・・・私だけのモノなんだァ!」
アルトゥールからゆっくりと離れ、迷うことなく転がり落ちた【悪魔石】へと腕を伸ばしたアランフィニークだったが、何故だかその手は一向にそれには届かない。
「?」
「・・・・・・・・・あーあ、どーすんだよ、血って中々落ちないんだぞ?」
俺、着替えって持ってきてたっけ?と、相変わらず剣が背中からぶっすりとアルトゥールの体を貫通した状態のまま、それでも何事もなかったかのように平然と言葉を紡ぐ彼の手には紡ぎ糸が握られていた。そこから四方八方へと伸びた糸たちはアランフィニークの身体の至る所に絡みつき、操り人形のように、その行動を押さえ込んでいる。
「な・・・な・・・・・・・何で動ける!?心臓を貫いているのにぃっ!!??」
「それなぁ・・・一般的には心臓と脳って人間にとっての急所かもしれないけど・・・俺らにとっては別にどーってことない器官っつーか・・・・・・そりゃ刺されたら痛いし、頭を打ち砕かれたら、まぁ・・・暫くは動けなかったりもするんだけど・・・」
よっと。いつまでも自身に刺さる剣の煩わしさを振り払うように引き抜いたアルトゥールは、その痛みに一瞬顔を顰めたものの、ふぅっと大きく息を吐くと、真っ直ぐに恐怖に慄くアランフィニークを引き寄せるように糸を引っ張り上げた。
「ひ・・・・・・ひぃぃぃぃ!!!く・・・来るな!!!来るな化物っ!!!!」
「化物上等!ひ弱な肉体で成せることなんて高が知れてるからな。まぁ、とりあえず、アンタにはちょぉっと長く眠ってて貰おうか。」
騒がしいし色々面倒くさい。にっこりと微笑んだアルトゥールは(しかし、今尚傷口からは大量の血が流れ続けていてるのだが・・・)糸の拘束を緩めることなく、引き寄せたアランフィニークに向けてぐいっと勢いよく頭を振りかぶった後、ごっすん!!っと、それと同じぐらいの勢いで彼の頭にぶつけた。
まるで重量のある大槌で殴ったかのような音に、ヒルデガルドははぁっと呆れて溜息を吐き、ヴェルフレイドとレオンハルトはその衝撃的な行動に顔を青褪めさせた。アレクサンドルはと言えば、いつの間にかアルトゥールの肩に止まり、その光景を嬉々とした瞳で見つめていた。
「・・・・・・アルト・・・ちゃんと手加減してあげてまして?」
「んあ?・・・あぁ・・・・・・まぁ・・・所詮頭突き程度なんだし、大丈夫じゃね?」
「アルト様、ご自分が相当の金剛石頭だって自覚なさってます?・・・まぁ、見てる分にはスカっとするんでいいんですけど。」
「・・・・・・あ。」
「・・・・・・・ヴェ・・・ヴェルフレイド様・・・・・・い・・・今・・・凄い音がっ・・・」
「あ・・・あぁ・・・・・・ま・・・まぁ・・・生きてるだろ・・・・・・・・生きてると信じたい・・・・・・」
多種多様な反応の中、アルトゥールに頭突きを喰らわされたアランフィニークの意識は、それまで真っ黒に靄がかかっていたような感じではあったのだが、それによりすっきりと晴れ、そして・・・襲ってきた痛みに今度は深遠とも思える闇の中へと強制的に沈まされたのであった。
エリスにとって自分の扱いきれない魔力は恐ろしく、厄介なものであった。
望んで欲したわけでもなく、生まれついてのそれに彼女の師であり大賢者でもあるルシオールは、ゆっくりと焦らず自分のものにしていきなさいと助言をしてくれていたのだが、エリスには、自分の魔力であるはずのものと上手く付き合うことなど到底不可能に思っていた。
誕生日が来るたびに、少しずつ解放されていく魔力量。けれどその魔力の大きさに、何時まで経ってもエリスの心は恐怖と不安しかなく、いっその事無くなってしまえばいいのにとさえ思ったこともあった。それでも、魔力がなくなった自分に、魔力があるからこそ期待する国民は・・・家族は・・・どう思うだろうか?と考えれば、やはりそれはそれで恐怖しかなく、結局、我慢して根気よく、自分の魔力と向き合うしかないのだと、半ば諦めにも似た思いで今までの日々を過ごしてきていた。―――――幸いにも自発魔法以外ならば、エリスの魔力量と質の良さを好み、召喚魔獣も精霊も、彼女に協力的で、エリスの魔力制御がなくても適度に扱えていたから、魔法を嫌わずにいられた。けれど、本心ではやはり、自発魔法を扱えるようになりたいと言う望みも捨てきれずにいる。
それでも、やはり、この莫大な魔力をエリス自身のものと認識し、受け止めるのは難しく、いつか、その莫大な魔力に飲まれ、エリスがエリスでなくなってしまうのではないかという被害妄想まで生まれてきていた。いや、実際に大きすぎる魔力はエリスの内側から蝕み傷つけたりもしていたのだから強ち間違いではないのかもしれない。・・・だから、余計にエリスは自分の魔力が好きになれなかったのかもしれない。
――――――――どうして、私だったのだろう?
いつだってその疑問はあった。何故、どうして?こんな厄介な魔力量を保持しなくてはいけないのだろうか?誰もこの苦しみを理解してくれない。助けてくれない。怖い・・・だけど、皆の期待が大きすぎて、それに応えられなかった時の失望の方がもっと怖い。嫌だ。いやだ・・・・・・
痛い。苦しい。誰か―――――――――――だれかたすけて・・・・・・
莫大な魔力を必死で抑える中、エリスの内側ではそんな思いが渦巻いていた。けれど、そんな時ふわりと温かいものがエリスの守るように、包み込んできた。暖かく優しい・・・その何かはエリスの中にある魔力すべてを何処かへ追いやっていく。けれど、その気配だけは消えることはなくて・・・・・・
――――――大丈夫。キミが抱えきれないものは、俺が引き受けてあげる。頑丈さには自信があるから。だから・・・・・・もう、怖がらなくていいよ。『一緒』に頑張ろう?
眩い光でその姿は正確には捉えられなかったけれど、差し出され手の暖かさだけは感じられて・・・・・・あぁ、もう大丈夫なんだと、エリスは生まれ初めて、自身の魔力からの恐怖感から解放されたのだった。
エリスの魔力暴走とアルトの救済あたりのエリスの精神世界でのお話をどこにぶっ込むか悩んだ末の処置です。うまく本編でかければ良かったんですが・・・