8:VS『カーバンクル亜種』1
いつもより長くなっております。
「そうですねぇ・・・・・・取り敢えず・・・・・・村を捜索しましょうか。・・・この時間に人気が感じられないのは明らかに可笑しいですし・・・」
・・・何か良からぬ事が起こっているのかもしれません。
言っている事は至極まともなのだが、何故か、アランフィニーク教諭の表情は愉快そうであり、視線はあのカーバンクル型人造魔獣に固定されていて、エリス達を見ようともしていなかった。そんな彼の様子にゾクリと寒気が走ったエリスだったが、彼の言葉に了承の意を込めて頷くと、マーシェルやルーチェに視線を投げた。
「・・・二人共行けそう?」
「僕は大丈夫だけど・・・ルーチェは?」
「・・・正直行きたくないけど・・・・・・行かなきゃなんないのよねぇ・・・。」
がっくりと項垂れつつも、荷物から数枚の護符を取り出したルーチェは「まぁ、気休め位にはなるだろうから。」と司教様から貰ったという予備の護符に小声で祝詞を素早く唱え、軽く口づけをすると、ぽぅっと、ルーチェの魔力の色である紅色が淡く護符に灯り、吸い込まれていく。
「司教様の浄めの祝詞にあたしの聖火の祝詞を上乗せしてるから、少しは保つと思う。」
「ありがとう、ルーチェ・・・。」
「気休めでもないよりは全然マシだよ。・・・ありがとう。」
護符を受け取りながらお礼を言うエリスとマーシェルに苦笑しつつ、ルーチェはちらりとレオンとヴォルフラムへと視線を投げた。
「お二人にも一応お渡ししておきましょうか?」
そう問いかけたルーチェに、レオンはどうしようと、ヴォルフラムを見、ヴォルフラムは・・・
「・・・そうですね。頂いておきましょうか。可愛いお嬢さんの祈りが込められてるのですから、気休めではなく、家宝になるくらい効果はありそうですし。」
「・・・・・・えっと・・・・・・ヴォルフラムさんってそんなキャラでしたっけ?」
若干引きつつも、ルーチェは二人に、エリスやマーシェルの渡したものと同じ護符を手渡した。
「因みにアラン先生は・・・・・・・・自分の世界に入ってるようだし、いっか。」
「・・・それなんだけど・・・ルーチェ君。もしその護符にもう少し予備があるなら少し分けてもらっていいかな?」
「え?いいですけど・・・なんで?」
「いやね、ちょっと試したいことがあるんだよ。」
小声で、ルーチェと話しつつ、ヴォルフラムは鋭い視線をアランフィニーク教諭へと投げつけていた。そんな彼の様子に、護符を手渡しながら、なんとなく空気を読み取ったルーチェ(は非常に珍しい)がそっと「ヴォルフラムさんが使うのであればあたしなんかよりよっぽど、強力なものになりますよ。・・・聖書の祓い清めの祝詞って覚えてます?あれを呪文として護符に乗せれば、中級の魔物だったら余裕で、それ以上ならば完全に祓いきらなくても少なからずダメージは与えられます。」と囁いた。
「それから、結界の呪文を乗せれば、一定時間ならばあらゆる攻撃を無効にできますよ。・・・レオンハルト様を守り切るには心許無い枚数ですけど・・・。」
「いや、充分だよ。ありがとう、ルーチェ君。」
と、当たり障り無い会話に切り替えると、ルーチェはエリス達の元へと戻っていった。
「ヴォルフラムさん・・・」
「さぁて、アランフィニーク教諭は俺たちをどうするつもりなんだろうねぇ?」
受け取った護符を眺めながら、ヴォルフラムは先程のアレクサンドルの言葉を思い返した。
(・・・アレクサンドルが言う通り、カーバンクル型人工魔獣が魔力を糧にしているのならば・・・このタイミングで村に入るのはまずい。・・・けれど、それを避ける方法は・・・ないんだよな・・・・・・。)
ルーチェから貰った護符は全部で7枚。そのうち2枚を引き抜き、結界魔法を素早く上乗せしたヴォルフラムは迷うことなくその1枚をレオンハルトに渡した。
「レオンハルト様。これを・・・。」
「あ、ありがとうございます。それで、残りの護符はどうなさるつもりなんです?」
「勿論、ルーチェ嬢の助言通り、祓い清めの祝詞を上乗せして・・・・・・いざと言う時は護符を直接ぶつけてみようかと。」
創造の女神の力の欠片が宿りし宝石の祝福を持たない、呪われた石。・・・【深淵の毒】と呼ばれる世界に淀む負の感情の集合体とも言えるべきものが【悪魔石】だと言うのならば、創造の女神の加護を引き出すために生み出された祝詞を刻んだ護符の効力で、時間稼ぎにはなるはずだ、と、言ったヴォルフラムに、レオンハルトはぽかんとした表情を浮かべた。
「?」
「ん?・・・あぁ、そう言えばレオンはあの時聞いてなかったんだっけ?まぁ、簡単に説明すると、レオンが見たっていうあの魔石にこの護符がちょっとだけ対抗できるかもしれないっていうことだよ。」
まぁ、詳しいことは無事城に帰ってからね。と、いつものヴェルフレイドの口調で告げれば、レオンハルトは素直にあぁ、そうなんだと、納得したようだった。
「さて、俺たちも行きますか。・・・・・・あ、そうだ、レオン。ちょっとお願いしていいかな?」
視線をエリスたちへと向ければ、彼女たちはゆっくりと村へと向かって歩き出していた。
「え?あ・・・はい・・・僕に出来ることなら・・・」
「レオンにしかできないことだよ。あのね・・・・・・」
村に辿り着いてすぐに感じたこと。それは、村人が住まうべき家屋は、もう何十年も住んでいないと言っても可笑しくないくらい傷み、朽ち果て、本来植物を育むはずの大地も、精霊の気配がなく、一部は腐臭を放つほど穢れていた。そんな状態で植物は生息できるはずもなく、先程までの緑豊かな島のイメージとは結びつかないほど何もなかったのだ。
「なっ・・・・・・なによこれ!!」
その惨状に、ただでさえ体調が良くなかったルーチェは悲鳴にも似た叫び声を上げた。
「こんな・・・こんな状態になるまで、村人は誰もギルドに報告してなかったの!?」
「落ち着いて、ルーチェ・・・もしくはこんな風になってからは誰も報告に行ける状態じゃなかったのかもしれないよ?」
アクティアハート王国の国民は個人差はあるが必ず魔力を持って生まれてくる。例えば魔法の使い過ぎで魔力切れを引き起こしたとしても、疲労感は凄まじいが命に別状はなく、休息を取れば失った魔力は自然と回復するものだし、魔力回復薬も開発されているのでそういったもので補うこともできる。・・・しかし、例外はある。魔力切れであるにもかかわらず、魔法を無理やり使用しようとしたりすると、生命力で足りない魔力分に変換させるという荒業が可能になるのだ。と、以前本で読んだことがあると、マーシェルが告げると、彼はやや顔を青褪めさせながら言葉を紡いだ。
「・・・・・・もし、仮にあのカーバンクルの亜種が原因で引き起こされてるんだとしたら・・・この村には多分、もう生きてる人はいないかもしれない・・・」
「「!!?」」
「どれくらいのペースで魔力を吸い取っているのかはわかんないけど・・・この状態を見る限り、昨日今日でこの状態になったわけじゃない。恐らくクエストをギルドに発注した時期から・・・・・・今も吸い取り続けているのだとしたら・・・」
ここで生活していた村人たちの魔力は既に尽きて、生命力で補っていたとしたら・・・・・・
「っ・・・!!」
「でも、マーシェル。それ、私たちも危険じゃない??」
私はまだ魔力に余裕があるけど、マーシェルたちは・・・・・・と、エリスが言うと、マーシェルは「確かに、まずいかもしれない。」と頷いた。
「けど、原因は大体わかってるんだ。手っ取り早く目的を果たせれば、僕らは――――――――――」
大丈夫なはず・・・と言葉を繋げようとしたマーシェルだったが、それは叶わなかった。
「あっはははははっ!!!素晴らしい!!最高じゃないかっ!!!!!」
「「「!!!???」」」
狂気に満ちた笑い声は、エリスたちにとっても聞きなれた声で・・・・・・
「あ・・・アラン先生?」
「っ・・・本性を現したのか!?」
エリスを庇う様に立ったマーシェルだったが、その声の主アランフィニーク教諭には既に彼らは眼中にないようだった。
「ここまで魔力を貯めているとは予想もしていなかった!ふふふっ・・・でもまだ・・・まだ足りないだろう!?さぁ・・・全ての魔力を喰い尽くすがいい!!!」
カーバンクル型人造魔獣の隣で、そう叫んだアランフィニーク教諭に同意したと言わんばかりにカーバンクル型人造魔獣の額の宝石が禍々しく光った。
「っ!そう好き勝手にさせるかっ!!!」
「アレク!?」
それと同時にぐっと、内側から凄まじい力で魔力を引っ張り出されるような感覚を感じたエリスだったが、すぐにその感覚は和らいだ。・・・彼女の肩で静観していたアレクサンドルが、エリスたちの周りに防御膜を作り出したからだ。しかし・・・・・・
「っ・・・!!マーシェル!ルーチェ!!」
元々魔力量が少なくなっていた二人にはあの衝撃に耐える術はなく、人形の操り糸をプツンと切ったように、ばたりと倒れ込んでしまった。
「ふっ・・・・・・知っているぞ、カーバンクル!お前たちはアルタートゥームでは全力を出し切ることはできないのだろう!?幾ら鉄壁の『金剛石』を宿しているとは言え、『宝石の守護者』が居なければその力とて長くは保つまい!!!」
「ぐっ・・・・・」
「アレク!!」
魔力吸引をより強く引き起こされ、アレクサンドルは苦しそうに呻いた。
「確かに・・・召喚主の魔力だけでは、ボクの本来の力は僅かしか展開できないけど・・・でも、あんまりボクを見くびらないで貰いたいねぇ。」
「!!?」
「ちゃあんと時間を稼ぐくらいは保てるんだよ!!」
そんなアレクの叫びとともに、アランフィニーク教諭の背後から僅かに聞こえてきた「・・・悪しきもの、闇に惑わせしもの、全てを祓い清め給え!」と言う聖書の一文と共に、灼けつくような痛みが、彼の背中を襲った。
「ぐっあああああああああああっ!!!!!」
「・・・守るべき聖なる護符が貴方にとっては害となるとは・・・・・・心までも堕ちたか、アランフィニーク?」
「くっ・・・き・・・貴様ぁぁぁぁ!!!よくも・・・よくもぉぉぉぉぉっ!!!」
ルーチェから貰った護符を不意打ちでアランフィニーク教諭の背中に、五芒星を描くように叩き込んだヴォルフラムは、アレクサンドルの防御膜を纏っていても尚、彼から向けられる悪意に凄まじい寒気を感じていた。
(っ!・・・・・・アレクサンドルも本調子じゃないっていうのは確かか・・・それにしてもまぁ・・・お約束といえばお約束なんだけど・・・・・・・)
あまりにも、あっさり本性を現したアランフィニーク教諭ではあったが、現状、ここで彼を止める術はヴォルフラムにも持ち得ていなかった。・・・最初の魔力吸収と、そして先程の護符にありったけの魔力を込めた影響だろう。『ヴォルフラム』の姿を保つので精一杯だった。
(さぁて・・・僕に意識が向いているうちに・・・・・・頼んだよ、レオン――――――――)
「エリス!」
「!?」
あっという間の出来事にエリスは目を奪われていたのだが、不意に近くで名前を呼ばれ、びくりと体を震わせた。
「あ・・・ハルトくん・・・・・」
「・・・エリス・・・ごめんね。僕じゃ嫌かもしれないけれど・・・ヴェルフレイド様の代わりに僕がエリスの魔力封印を解くから。」
エリスの反応に軽くショックを受けつつも、今は落ち込んでいる暇はないと、自身を奮い立たせて、レオンハルトはゆっくりとエリスに近づいた。そんなレオンハルトにエリスは驚きつつも「え・・・あ・・・うん・・・・・・」と曖昧に答えることしかできなかった。
「でも・・・ハルトくん、『鍵』持ってないよね?」
「うん。だけど、今回だけ特別にって、ヴェルフレイド様から託されたんだ。」
ほら、と、レオンハルトの掌に乗せられた『鍵』を見て、エリスははっと息を飲んだ。――――――――確かに、それはヴェルフレイドとルシオールだけが持つ、エリスの魔力を解放するために作られた『鍵』・・・
「あ・・・はは・・・まさか、誕生日以外でこの『鍵』を見ることになるとは思わなかったよ・・・。」
それは、ルシオールの魔力で出来た小さな鎌だが、使用者が更に魔力を込めることで、本来の大鎌サイズへと変わる。もちろんそれはエリスの体を傷つけるものではなく、複雑に編み上げた魔力封印術を『断ち切る』意味でその形になっているのだが、毎年、誕生日を迎えるたびに封印術を切って編み直すと言う一連の行為が儀式化されているエリスにとっては見るだけでどっと(精神的に)疲れてしまうし、ルシオールは趣味が悪いといつも思う。
苦笑しながら一瞬だけ現実逃避をしたエリスだったが、はぁっと大きく息を吐くと、しっかりとレオンハルトへと向き直った。
「ハルトくん。思いっきりやっちゃって。」
「・・・・・・うん・・・・・・」
真剣なエリスの瞳に、レオンハルトも意を決して『鍵』に自身の魔力を込める。・・・レオンハルトの魔力の色は眩いオレンジ色。その色を宿した大鎌がするっとレオンハルトの手に具現化するとエリスはすっと目を閉じ、そして・・・・・
「っ!」
振り下ろされた大鎌はエリスの体にすぅっと入り・・・・・・彼女の中で抑えられていた魔力がぶわりと溢れ出した。