VS『深海を統べる悪魔』 3
更新が遅くなってしまってすみません!今回はかなり短めです。
無差別で計画性がないものの、繰り出される触手の攻撃は隙がなく執拗にマーシェルに迫ってくる。
風の精霊の守護があるとは言え、決定打を与えることができずにいたマーシェルはここに来て防戦一方となってしまっていた。
「っ・・・!」
「・・・随分苦戦してるみたいだな、マーシェル?」
「!!?」
目前に迫った触手を避けるために大きく飛び退ったマーシェルの背後からは、聞き慣れた、何事にも動じず悠然とした口調と声色が響いてきて、びくりと体を震わせた。
「・・・・・・ヴォルフラム様。」
「さて、とっとと片付けようか。・・・・・・ルーチェ嬢の準備は整ってるみたいだからな。」
「!!?」
そんなヴォルフラムの言葉にちらりと船へと視線を投げたマーシェルの目には、魔力でできた(と思われる)弓と矢を番えたルーチェの姿で、その背後ではエリスとアレクサンドルが固唾を呑んで見守っている様子も見て取れた。
「・・・こちらの状況は風の精霊を通して彼女にも伝わるようにしてある。・・・さぁ、構えろ、マーシェル。・・・触手の多い魔物に於いて、お前の剣術の最大の弱点は手数の少なさだっていうのは実感できたな?」
「・・・・・・はい。」
自分の欠点とも言える場所を指摘され、マーシェルは苦々しく頷くと、ヴォルフラムはにやりと、「でも、今のお前はその欠点を補えるだけの加護を受けてるって・・・気づいてるか?」とはっきりと言い切ってみせた。
「え!?」
「マーシェルは今回初めて風の精霊達の力を借りたんだろうけど・・・何も鎌鼬だけが攻撃手段ってわけじゃない。・・・想像してみろよ。威力のある旋風が『深海を統べる悪魔』をばらばらに切り刻む光景を―――――――・・・そもそも風の概念に攻撃は殆ど含まれないから、唯一の攻撃方法とも言える鎌鼬に頼ってしまいがちなんだけど・・・そうじゃない。攻撃方法なんて自分の想像力次第でいくらでも生み出せるものだ。」
固定概念に囚われてさえいなければな。そう言って双剣を構え直したヴォルフラムの言葉はすっとマーシェルに届き、瞬時にあぁ・・・なるほど、と理解する。
一般的な『風』を使った魔法やイメージと言えば、吹き飛ばす事に特化したものや風速という『速さ』を生かした伝達術が主であり、攻撃的なイメージはほとんどなく、マーシェルも、剣を振るうことで飛び出した鎌鼬こそが最大の風の加護だと『思い込んでいた』のだが・・・それは間違いだと、元々型に囚われないヴェルフレイドからすれば、無限の可能性があるのにそれを有効活用しないなんて宝の持ち腐れだと、毒の一つでも吐くだろう。・・・今は『何処』で『誰』が『視ている』か解らない状況で『護衛役』に成りきって、助言をくれるのであろう彼に、マーシェルは言いようのない安心感と、それでいて一生この人には逆らえないなぁという敬意と畏怖が込み上げてくる。
相変わらず『深海を統べる悪魔』はその触手を器用にうねらせ、彼らをこれ以上近づけさせまいと海水を巻き上げながら威嚇し、迫るようであれば迎え撃つ・・・そんな状態を保っている。
――――――――――イメージするんだ。
あの触手さえも封じてしまうほどの鋭い旋風と、それと同時に、小さく、けれど威力の高い風の刃がその旋風の中で舞い踊る、そんな光景を――――――――――――
集中するために僅かの間閉じていた瞼をゆっくりと開けると、マーシェルは構え直した剣を高く掲げて――――――
「・・・行きます、ヴォルフラム様っ!!」
「・・・あぁ。しくじるなよ?」
「勿論!」
そんなやりとりの間で、ヴォルフラムも双剣をしっかりと握り直し、小さく何かを呟くと、マーシェルが剣を大きく振り下ろすのと同じタイミングで双剣を振り上げた。
――――――――――ルーチェ、そろそろだよ!――――――――――――
間合いをとって攻撃を止めていたマーシェルたちの動向を注視していたルーチェの耳に、精霊の声がすっと届いた。
「・・・そう・・・随分遅かったんじゃない?」
不満そうに言いながらも、ルーチェはすっと弦を引き絞り狙いをクラーケンの正面・・・ではなく、その遥か上空へと定めた。
「えっ、ちょ・・・ルーチェ!?それ、当たんなくない??」
「ルーチェにもきっと考えがあるんだから、エリスは大人しくしておこうね。」
慌てて止めようとするエリスをアレクサンドルが抑えている間に、海上では巨大な竜巻が数本、同時に発生し、クラーケンに向かって襲い掛かっていくのが見えたので、ルーチェは瞬時に炎の矢を高らかに放った。
「いっけぇえええ!『火炎の矢』!!!」
火炎の矢は高らかに舞い上がり、放物線を描きながら、目標となるクラーケンの上空へと飛んでいく。そこからの光景にエリス達は釘付けとなる。
まず、巨大な竜巻たちはお互いの威力を保ったまま、けれど確実にクラーケンの体を細かく切り刻んでいた。そこへタイミング良くルーチェの放った火炎の矢が落ちてくるのだが―――――――『穢れ無き聖なる焔よ。破邪の矢となりて悪しきものの上に降り注げ!』と、ルーチェが呪文に込めたように、細かく刻まれたその全ての肉片に、まるで炎の雨の如く降り注いだのだ。
「す・・・すごい・・・・・・」
「『二重式魔法』っぽい変化だけど・・・ルーチェにそれが使えるとは思えないし・・・」
「――――――――火の精霊の加護だろう。いや、しかし、見事!ルーチェ嬢がこれほどの使い手だとは・・・オーヴェリア修道院は安泰だな。」
「まぁ・・・ルーチェ自身はやる気Oなんですけどねー。」
転移魔法を使ったのであろう、一瞬にして海から船へと戻ってきたヴォルフラムとマーシェルだったが、マーシェルの方は疲労困憊でヴォルフラムに支えられながらようやく立っていると言った状態だった。
「!?マーシェル!?どこか怪我してるの??」
それに気づいたエリスが慌てて駆け寄るものの、ヴォルフラムにそっと制された。
「大丈夫だよ、エリス嬢。グランバニエのご子息は慣れない風の加護に、全力で向き合ってしまって・・・ね。所謂『魔力切れ』に近い状態に陥っているんですよ。」
「・・・『精霊の加護』と言っても、『無条件で』ってわけじゃあないもんねぇ~?まぁ、魔力なんてちょっと休めば回復するんだし、心配するほどのことでもないよ。ね、エリス?」
「心配するに決まってるでしょう!?・・・えっと・・・魔力回復のお薬、持ってきてたはず・・・」
マーシェル、ちょっと待っててね。と、エリスが慌てて荷物を漁り出すと、ヴォルフラムとアレクサンドルはやれやれと苦笑し、マーシェルに至っては「いいよ、エリス。薬がもったいないよ!」と言い出す始末である。
「甘えときなさいよ、マーシェル。この先何があるかわかんないんだから。」
「・・・ルーチェがマトモなこと言ってる・・・・・・天変地異の前触れか?」
「失礼ねっ!・・・あたしだって、できれば平穏無事のゆる~っとした生活してたかったけど・・・そういうわけにも行かなくなったんだって・・・ようやく実感したっていうか・・・・・・あたしはアレクに護られた船で平気だったけど、マーシェルは魔物のすぐ傍で・・・危険な役割、してたんだから・・・・・・」
ちょっとくらい優遇されたっていいはずなのよ!と顔を真っ赤にしながら、怒っている風で実は盛大に照れているだけのルーチェに、マーシェルは珍しいなと思いながらも、素直に彼女たちに甘えることにした。
「・・・・・・なに、このマーシェルのモテ期的な雰囲気・・・・・・・・・」
「マーシェル~?城に帰ったら覚えてろよ~?」
「ちょっ・・・怖いこと言わないでくださいよ、ヴォルフラム様っ!!アレクも!別に僕はそんなんじゃ・・・」
「あ、あった!はい、マーシェル!ぐぐい~っと飲んじゃんって・・・って・・・どうしたの??」
「や・・・なんでもない・・・ありがとう、エリス・・・・」
男たちの会話は小声で且つ、少女たち自身が自分たちのことでいっぱいだったために聞き取れていなかったようで、エリスが薬を見つけて笑顔で振り向いたとき、何故か先ほどよりも酷くぐったり(窶れたようにも見える)したマーシェルに首を傾げていると、アレクはぽふんと、彼女の頭に乗りかかり「エリスは気にしなくてもいいよ~。」と誤魔化した。
「ま、アレクがいる限り、これ以上の魔物の妨害は受けないだろう。後は島に着くまで船室で充分体を休めておくんだね。」
「ヴォルフラム様はどちらに?」
薬を飲み終えたのを見計らうように、マーシェルから離れたヴォルフラムに首を傾げると、彼は苦笑しながら「俺の一番の護衛対象は一応、レオンハルト様だから。」と言うと、彼らより先に船室の方へと消えていった。
「・・・ハルトくんに何かあったのかしら?」
「そう言えば、レオン様はこっちに来なかったね?・・・・・・エリスに良い所を見せようと真っ先に出てきそうなのに・・・」
「アラン先生と一緒にいるんでしょ?止められたんじゃない?邪魔するなって。」
あー、ありうるね。と、ルーチェの言葉に納得したエリス達は「ともあれ・・・ご苦労さま!」とお互いを労った。