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――――――――――――――――【世界:プリオール】は、【創造の女神:プリマヴェスタ】によって齎された【魔力】に満ちている。【魔力】は【世界:プリオール】と、そこに住まう全ての生きとし生けるものにも宿り、そしてお互いを繋ぐ。・・・・・・【世界】よ。多くと繋がり絆を深め、永久の安息を――――――――――――――――――――――― 聖教プリヴェーラ聖典より抜粋。
【アクティアハート王国】は【世界:プリオール】の中でも随一の魔法大国である。
国の至る所に魔法に関する研究機関や教育機関が存在し、中でも【王立ヴィスタドール魔法学院】の名は、魔術師や魔法学者を目指す者にとっては最も憧れる、最高峰の教育機関として有名である。勿論、競争率も高いが、彼の学院の提示する入学条件は至って単純。魔力を有し、やる気がある者。身分などの複雑且つ繊細な条件は皆無で、金銭面でも、国の後押しがあるからこその破格の待遇で、貴族階級以下の、所謂平民層でも安心して学べる環境や制度もまた魅力の一つと言っていいだろう。
そんな【ヴィスタドール魔法学院】には現在、歴代最高の優等生と落ちこぼれが存在している―――――――――――――――――――――――らしい。
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広大な学院施設のほぼ中央部に位置する巨大掲示板には、今学期の学年毎の成績が表示されている。何時もならば学院内外の魔法に関連するクエストや研究員募集などの情報が掲示されているそこは、普段以上に混雑しており、成績の内容で一喜一憂する生徒たちで賑やかである。
「はぁ・・・・・・・ついにこの日が来ちゃった・・・・・・・・・。」
憂鬱そうに重い溜息を吐いたのは、ヘーゼルブラウンの長い髪と同色の瞳を持つ、小柄で愛らしい少女だ。事前の試験の結果を充分に理解しているのだろう、成績を確認する前から酷く落ち込んだような表情を浮かべ、かなり憂鬱そうである。
「エリス・・・そんなに悲観しなくても大丈夫だよ。・・・ほら、魔法学の筆記試験はまずまずだったんだろう?」
そんな少女を気遣いながら、なんとか明るい雰囲気にさせようと頑張っているのは、モスグリーンの髪色が特徴の少年だ。
「・・・まぁ、ね。でも、いくら筆記試験が良くっても実技がほぼ壊滅だと意味がないよねぇ・・・・・・」
「あ・・・あはははは・・・・・・」
がっくと自虐的に言い放つ少女に、少年も苦笑するしかない。そんな少年に、少女は恨めしそうな視線を向けた。
「・・・いいなぁ、マーシェルは。嫌いだーって言っても、そこそこできるんだもん。」
「・・・僕としては魔法を使うよりかは剣術を磨きたい所だけどね。それに・・・嫌いだけど、ヴィスタドール魔法学院にいる以上は、それなりに魔法を頑張らないといけないし。・・・エリスだって、本来の実力はこんなものじゃないだろう?2重に魔力制御がかけられているから、それに慣れなくて制御しにくいだけなんだし。」
「うぅっ・・・それはそうなんだけど・・・でも・・・・・・」
「・・・そんなに嫌な思いをされているのなら、本来在るべき場所に戻りますか?・・・我が姫君??」
砕けた口調から一変して敬語へと切り替えた少年に、少女は慌てて周囲を見回し、少年のその言葉を誰にも聞かれなかった事に安堵すると、さらにむっとした表情で少年を睨みつけた。
「んもう、マーシェル!冗談でも、ここで、そんな風に言わないでよねっ!?」
「・・・だって、エリスがあまりにも現状を嘆くから。僕も一応、お目付け役に選ばれた以上はちゃんと仕事しておかないと、って思ってさ。」
「・・・嫌味言う事がオシゴト?」
「嫌味じゃなくて真実だろう?・・・そもそも僕は反対だったんだから。別にエリスまで魔法学院に入らなくたって充分、王城で魔法制御の特訓は出来ただろう?ルシオール様の研究塔は城の敷地内だし、彼の蔵書は此処の図書館よりも格上だし・・・・・・」
と、今度は少年までやや不機嫌な表情になったので、少女は慌てて「だ・・・だって!」と声を被せた。
「・・・だって、お城だと、フレイ兄さまやフェリア姉さまが私に構ってくるじゃない?・・・兄さまたちに構われるのは好きなんだけど、兄さまたちにだってお仕事があるし・・・・・・」
「あー・・・・・・うん・・・まぁ・・・それはわかる気がするけど・・・・・・」
「だから、私も甘えてばかりいられないなって思ったから、ここに来たのよ?」
「・・・・・・・・・・・・で、その結果が・・・これ、と。」
「うぅっ・・・・・・(涙目)」
掲示板付近に近づきつつ人混みからは僅かに距離を取った所で、少年は小さく呪文を唱え、掌に光の球を二つ生み出すと、一つはそれを掲示板に向かって放り投げ、もう一つはそのまま掌に残したままにする。少年の手から離れた一方の光の球は、目的の掲示板に触れると瞬時にはじけ飛び、そこにあった情報を、もう片方の少年の掌にある光の珠へと転送し、彼らの目の前に映し出す。
このような、攻撃魔法ではなく日常生活においても活用できる魔法は、アクティアハート王国に住まう研究者たちの最大の成果と功績である。
少年の魔法によって映し出された成績順位を見て、少年は半ば諦めた表情を、少女は悔しそうな表情を浮かべながら目を潤ませた。
―――――――エリス・ドルティニカ 魔法専攻科2年 ランク外。
「ちょおっとぉ!!絶対おかしいわよ!!確かに魔法実技はからっきしだったけど!!?筆記試験と召喚はそこそこの手応えだったわよ!!???せめてDランクくらい頂戴よ!!!!」
因みに、少女、エリスが言う『Dランク』とは学院最低ランクである。
ヴィスタドール魔法学院の成績評価は上から『特S』『S』『A』『B』『C』『D』の6段階である。それぞれ、筆記試験・魔法実技試験(精霊魔法・属性魔法・召喚魔法)・応用実践試験での結果で成績を決めているのだが、『ランク外』という成績評価が全くの不明なケースは勿論、エリスが初めてである。
「・・・・・・それ差し引いてもダメって・・・・・・」
「!!!?なっ・・・マーシェルでさえCランクなのにっ!!!?やっぱり納得いかないよぉっ!!!」
「・・・・・・あ、もしかしてあれじゃない?筆記と召喚があまりにも規格外だったから、ランク測定できなかったとか!」
「!!!??」
ぽんっと、あ、これ名案じゃないか!?と言う風な少年、マーシェルの言葉に、エリスの表情もぱぁあっと明るくなる。
「・・・・・・・・・そ・・・そうかな??そうなのかな??」
「あー・・・でも、そう考えると、一番のランク外はレオンハルト様なんだけど・・・・・・っと、やっぱり彼は特Sランクかぁ。・・・うん。エリス、諦めたほうがいいかも。」
目的の人物の成績を見てあっさりと言い放つマーシェルに、再びエリスはがっくりと肩を落とした。
「特Sって・・・・・・はぁ・・・・・・いーなぁーハルトくん・・・私だってそんな成績取ってみたいよ・・・。」
蹲って、のの字でも書き出しそうな勢いのエリスに、マーシェルはふっと苦笑しながら「いっそ、召喚専攻クラスに編入すれば、エリスだって特S取れるよ?」と言うと、エリスは上目遣いにマーシェルを睨んだ。
「そりゃあ・・・そうでしょうけど・・・それじゃ意味ないじゃない。」
「じゃあ、もっと頑張らないと。・・・とは言え・・・なんで、エリスはそんなに成績に拘るのさ?別に成績なんて気にするような方々じゃないでしょ、エリスのご家族は?例え落ちこぼれだ何だって言われてたって、『うちのエリスは存在しているだけで素晴らしいんだ!!!!』って、公言してやまないわけだし。」
某王太子や王様のような声真似をしつつ、首を傾げたマーシェルに、エリスは暫しその様子を思い浮かべ、やや引きつった表情で一言、「・・・私の矜持の問題。」と言い切った。
「身分は隠してるけど、私はアクティアハートの王女だもの。・・・アクティアハート王家史上最大の魔力量を持って生まれたって言われている私が、自分の魔力も碌に制御できず、自発魔法がからっきしだっていうのは・・・自分でもどうなのよ、それって思うもの。精霊たちや契約魔神たちは、私のこと凄く良くしてくれるし、助けてもらってばかりだけど、それだけじゃやっぱり、魔法大国の姫としてどうなのよって思うわけで・・・・・・」
複雑そうに、自身の内心を吐露するエリスの傍に、不意に優しい風がそっと吹き、そこに現れた小さな精霊がエリスに「そんなことないよ。エリュシフィアは充分姫らしいよ。」と言いながら彼女の頬に擦り寄れば、それに呼応するように、どこからともなく「エリュシフィアはいい子」「エリュシフィアは特別。」と姿無き声が響いてくる。
「・・・て、精霊たちは言ってるよ?」
「・・・精霊たちも、フレイ兄様やお父様並みに私に過保護だから。・・・それに何より、同い年で幼馴染のハルトくんやマーシェルの方が自発魔法の制御がきちんとできてるっていうのが一番悔しいの!」
因みに、【自発魔法】とは、自然界の元素を司る精霊たちの力を借りず、自分の持つ魔力を元素の力に変換させて発動する魔法のことである。精霊たちの力を借りない分、術者自身のスキルと精神力が試される魔法で、この世界に於いて高難度の魔法だ。
「そうかなぁ?僕は寧ろ、精霊王や高位魔神を自在に使役できるエリスの方が羨ましいけど。・・・極端なんだよ、エリスは。集中しすぎると、魔力量に応じて自発魔法が発動するのはいいけど、ふっと我に返った時、そのあまりにもの大きさに驚いて集中力を切らして暴走とか、集中しなさすぎて発動しないとか・・・要は慌てなきゃいいわけだし??」
さも、簡単そうに言うマーシェル少年に、エリスはうるっと瞳を潤ませ「簡単そうに言わないでよね!」と叫んだ。
「もちろん、頭ではわかってるわよ?でも、いざ、それを目にしたら、どうやってそれを抑えればいいか、わかんなくなるんだもん!」
「まぁ・・・普通手のひらサイズの火炎球が巨大岩石並の大きさで目の前に出てきたら、そりゃ焦るよね・・・・・・。」
「解ればよろしい!」
ふと、実技試験の時の様子を思い浮かべたマーシェルは苦笑しながら頷くと、エリスはむっとした表情を崩さず頷いたのだが、次の瞬間には再び、憂鬱そうな表情を浮かべて項垂れた。
「・・・・・・はぁ・・・・・・今回はどんな追試課題が待ってるんだろう・・・・・・・・・」
「・・・・・・ルシオール様、エリスに対して容赦ないもんね・・・・・・」
「うん・・・・・・まぁ、それはいいんだけど・・・・・・でも、ルゥの追試課題は結構精神力を消耗するから、今から気が重いわぁ・・・。」
「・・・それに付き合わされる僕も気が重いよ・・・・・・」
「マーシェル、見てるだけじゃん。」
「手助けしたくとも、エリスの追試課題だからね。お目付け役兼護衛の僕としては、結構複雑なんだよ?」
そう言って、二人で重い溜息を吐けば、タイミングよく授業開始5分前の予鈴が響き渡る。それに合わせて、それまで掲示板前で賑やかにしていた生徒達は、各々の教室へとゆっくり徒歩で帰ったり転移魔法で帰ったりと、様々な方法でその場を後にしていく。
ふと、その中で見知った顔を見つけてしまったエリスは、若干表情を引きつらせた。
「・・・・・・・・・げっ・・・。」
「・・・エリス・・・その反応、姫としてっていうか、女の子としてどうかと思うよ?・・・まぁ、気持ちは解らなくもないけれど。」
そう苦笑しつつ、エリスと同じ方向へと視線を向ければ、そこには見目麗しすぎるほどの美少年、レオンハルト・レシェンティスが、彼もまたエリスやマーシェルに気付き、笑顔で駆け寄って来ている所だった。
「エリス!マーシェル!」
「レオンハルト様もこちらに来られていたんですね?」
「当たり前だろう?僕だって自分の成績は気になるし・・・・・・」
「・・・確認しなくったって、ハルトくん、常に特Sランクじゃない。」
「・・・?エリス??」
ぼそりと呟いたエリスに、その言葉に気付かずに彼女の顔を覗き込んだレオンハルトだったが、ぷいっと、エリスに顔を背けられ、思わず苦笑いを浮かべた。
「・・・・・・ねぇ、マーシェル?僕、エリスに嫌われるような事、何かしたかな?」
「・・・・・・えっと・・・・・・恐らく、何もしてないかと・・・・・・」
「じゃあ、何で僕、避けられてるんだろう??」
「・・・えぇっと・・・・・それは・・・・・・多分、エリスさまが居た堪れない気分だからかと・・・・・・」
「え!?な・・・なんで??」
レオンハルトの問いに、どう答えたものかと、本気で悩みながらも、マーシェルは十二分にオブラートに包んだ返答をレオンハルトに返す。その間もエリスはぷいっとそっぽを向いたままなのだから、マーシェルにしてみれば、自分で答えろよ、とツッコみたい所ではある。しかし、哀しいかな、主に対しては、他人の目がある所では強くは出られないのが従者の定めである。
「あぁら!随分と、珍しい組み合わせですこと!!」
「「「!!!!!????」」」
只でさえ、厄介な状況だと言うのに、更に厄介な人物の乱入に、マーシェルは本気で胃が痛くなってきた。
「・・・・・・サフィーラ様・・・・・・」
「学院最高の優等生で在らせられるレオンハルト様と、落ちこぼれのエリスさんだなんて、本当に珍しい組み合わせですわよねぇ?」
オーッホッホッホ!!と、テンプレな高笑いを響かせながら、エリスたちに近づいてきたのは、アクティアハートの中でも名門貴族と呼ぶにふさわしい、テスタロッサ家の令嬢、サフィーラ・テスタロッサ嬢だ。
「別に、珍しくもないよ?僕とエリス、マーシェルも幼な・・・」
「そぉですよね!!珍しいというか、あってはならない光景ですよね!?すぐに退散いたします!!失礼いたしますっ!!!!!!」
「え?ちょ・・・マーシェル!??」
サフィーラの問いに、穏やかに答えようとしていたレオンハルトだったが、そんな彼の言葉を遮るかの如く、マーシェルが慌てて言葉を被せれば、エリスの手をしっかりと掴んで、脱兎の如く彼らの前から消えた。そう・・・文字通り、【消えた】のである。
「・・・あらあら、随分と用意がよろしいこと。」
「・・・宝珠を使うなら、僕も連れてってくれればよかったのに。」
サフィーラはやや不満そうな表情を浮かべながら、エリスたちが消えた所をじっと睨み、レオンハルトは残念そうに息を吐いた。エリスとマーシェルが居た場所には、宝珠の残骸だけが散らばっていた。
宝珠とは、1回使いきりのマジックアイテムである。今回、マーシェルが使ったのは転送魔法の魔法陣を封じた宝珠で、その場で叩き割れば、望んだ移動先へと使用者を転送するというものである。エリスの手をしっかり掴んでいたのは、使用者だけでなく、その傍にいるものも転送の対象と認識させるためだった。・・・マーシェルの本音としては、レオンハルトが一緒でも良かったのだが、三人同時に消えてしまえば、残されたサフィーラの機嫌が余計に悪くなるからで、それを避けるためにもレオンハルトには犠牲・・・もとい、彼なら何とか上手く切り抜けられると信じてエリスだけを連れて逃げたのである。しかし当然の如く、彼の意思はレオンハルトには一切通じていない。
「それにしても、流石はレオンハルト様ですわ。特Sランクの成績。素晴らしいですわ。」
気を取り直して、にっこりとレオンハルトに語りかけたサフィーラに、レオンハルトは苦笑しながら「・・・ありがとう。」と、褒められた事に対してお礼を言った。
「サフィーラ嬢も上位成績を修められたようで、アクティアハートの未来も明るいですね。」
「あらあら、お褒めいただき、光栄ですわ。ですが、これはわたくしにとって、いいえ、アクティアハートの民ならば当然の結果ですわ。・・・ですのに、エリスさんときたらっ・・・!」
きぃっ!!憎たらしい!!!という、心の内が聞こえて来そうなほど表情を歪めたサフィーラは、同じアクティアハートの民であり、尚且つ王家とも繫がりがあるドルティニカ家の血縁でもあるエリスの不甲斐ない成績に酷く憤っていた。
「現王妃様のご実家で在らせられるドルティニカ家の名が泣きますわ、あのような成績・・・あぁ、これを心優しいエリュシフィア様がお知りになったら、どう思われるでしょう・・・・・・」
何も知らずに嘆くサフィーラは、自国の姫であるエリュシフィアを敬愛しているのだが、同じ容姿でも色が違えば、エリスがエリュシフィアであると認識できないようで、事実を知るレオンハルトは引きつった笑いしか浮かべられない。
「(・・・・・・エリスがエリュシフィアだっていう【真実】を知ったら、サフィーラ嬢はどう思うのかな?・・・いやいや、怖くて教える気も起きないけど。)」
「レオンハルト様もそう思いません!?」
「あー・・・うん・・・・・・エリュシフィア王女は確かにお優しい方だから、多分、どんな成績であれ、受け入れるんじゃないかな?ほら、エリスは自発魔法以外ならかなりレベル高いし!」
「でしたら、そちらをもっと極めれば宜しいのに・・・・・・」
「・・・でも、エリスの気持ちも、僕、よく解る気がするよ。・・・苦手なもの程頑張って使いこなせるようになりたいって・・・。」
眩しそうに目を細めるレオンハルトに、サフィーラは「・・・そういうものでしょうか?」と複雑そうにしながらも、レオンハルトがそう言うのだからと、自身を無理やり納得させた様子だった。
「さて、僕らも教室へ戻ろうか?・・・宜しければ、サフィーラ嬢、お送りいたしますよ?」
「・・・お気持ちは嬉しいのですが、結構ですわ。・・・エリュシフィア様を悲しませるような事はしたくありませんの。」
きっぱりと言い切るサフィーラに、レオンハルトはやはり苦笑しか出来ない。・・・サフィーラは、自分の身の程をきちんと弁えている。
レオンハルトの存在は、この学院のみならず、アクティアハート王国内に於いても絶大な影響を及ぼしているのである。
そんな彼の正体は、アクティアハートの西隣の国、レシェンティス王国の第2王子だ。生まれながらにして莫大な魔力を秘めて生まれたレオンハルトに、あまり魔力とは縁のなかったレシェンティス(彼の国は魔法よりも、魔石の加工技術や装飾産業に力を入れている、産業国である。)の王宮はすぐにお手上げ状態になってしまったのだ。何せ、未知数の魔力を秘めた幼い王子が、使い方も理解せずに無我夢中で魔力を惜しみなく解放させるのである。形を成さない魔力ならば、多少魔力を持つものを圧倒するだけで済むのだが(とは言え、ぶつけられた方はいい迷惑でしかないのだが。)幼子故の無垢さで、時として大魔法並みのものが具現化してしまった場合、その被害は想像を絶するものだ。それまでは何とか、自分たちの手で我が子を育てるのだと決心していたレシェンティス国王夫妻だったが、レオンハルトが一瞬にして王宮の二割を壊滅させてしまった時に、心が折られた。その結果、魔法大国であるアクティアハート王国に修行に行かせることになるのである。(その当時のレオンハルトは3歳である。)
3歳という幼さで、レオンハルトは親元を離れ、アクティアハートの王宮で、同い年の姫であるエリュシフィアや彼女の乳兄妹であるマーシェル、アクティアハートの王家の方々と言った個性豊かな人材の中ですくすくと育つわけなのだが、如何せん、隣国の王子が、ましてや同い年である王家の姫と同じ屋根の下で育てられているという事実は、権力者たちの格好の噂話のネタであり、同時にいろいろな憶測を呼ぶのである。
曰く、預けられた隣国の王子は姫様の将来の婿である。
曰く、レシェンティスを属国にするための人質である。
等々、深読みのしすぎもいいところだろうと思えるようなものまで、挙げだすとキリがないほどだが、サフィーラも、どうやらそんな噂話(レオンハルトとエリュシフィアが恋仲、あるいは婚約者だというもの)を信じているようである。
最も、火のない所に煙は立たないわけで。エリュシフィアは一貫してレオンハルトには先程のように素直ではない態度なのだが(もちろん公の場ではお互いに王女と王子という立場を弁えている)、レオンハルトは幼い頃から、それこそ自我が芽生えた頃には既にエリュシフィア一筋である。公の場でも、プライベートな場でも、エリュシフィアに対する彼の態度は非常に甘やかで、一目見ただけでも彼の好意に気づくほどなのだが、鈍感なのか、あるいは気づいていて敢えてつれない態度をとるのか(おそらくは前者なのだろう)エリュシフィアはそんな彼を大の苦手としているのだが、それをサフィーラが知ることはない。
「・・・ですが・・・わたくし、レオンハルト様には一度、きちんと聞いておきたいことがありましたの。・・・レオンハルト様は何故、エリスさんを構うのです?」
知らないからこその、サフィーラの直球な問いに、レオンハルトはそれでもにっこりと微笑み、答えを紡いだ。
「僕にとってはエリュシフィア王女とエリス、どちらも大切なんですよ。」
「まぁ!堂々と二股宣言ですのっ!!??」
「・・・違うよ。・・・サフィーラ嬢、僕から一つ助言を。すべてを話すことはできないので・・・ね。」
レオンハルトの答えに憤慨するサフィーラだったが、そんな静かなレオンハルトの言葉に、自然と口を紡ぎ、真っ直ぐ彼を見据えた。
「君がエリュシフィア王女を慕うならば、エリスのことも、きちんと、偏った見方ではなく広い目で見てあげることだよ。・・・王女とエリスは・・・・・・切っても切り離せない関係だからね。」
そう、助言するレオンハルトに、サフィーラはむっとした表情を浮かべた。
「・・・・・・それはつまり・・・エリスさんも、レオンハルト様同様にエリュシフィア様と幼馴染で、エリュシフィア様の加護をお受けになっている、ということですの?・・・血縁関係的なことも含めて、なのかしら?」
「・・・さぁ?それはサフィーラ嬢自身が確かめることだよ。けれど、これだけははっきり言っておくよ。・・・このまま、状況が変わらずに真実を知れば、君はきっと今のように純粋にエリュシフィア王女を慕うことはできなくなる。」
断言できるよ。と、言い切るレオンハルトに、サフィーラはむっとした表情を浮かべた。
「あら・・・そうですの。ご忠告はありがたく受け取らせていただきますが、正直、余計なお世話ですわ。」
キッと、レオンハルトを一睨みしたサフィーラは素早く転移魔法の呪文を口に乗せ、レオンハルトの前から去った。そんな彼女の様子を苦笑しながら見ていたレオンハルトだったが、授業開始直前の時刻だと気づくと、彼もまた慌てて転移魔法を発動させたのだった。
初投稿なので、いろいろとつっこみ所等があるとは思いますが、生暖かい目で見ていただけると嬉しいです。