ヒロインなんて大嫌いだ!!
「まったく…どーゆーことなのよこれは。おかしい。明らかにおかしいだろぉぉおぉ!!」
ある中学3年生の秋の終わり、もしくは冬の始まり。そんな時期。
私は中学生の3年間を何度も繰り返している。中学校を卒業したと思ったらまた同じ中学校へ入学。同級生は皆同じ顔ぶれ。
まぁ、これだけでも十分おかしな話ではある。しかし私の眉間にできた深い皺の原因はそれよりも、夕焼けに包まれた青春真只中の一組の男女の女の方。それが私の同級生一嫌いなヤツであることの方が大きい。
まず、この3年間のループに気付いたのはある中学2年生の夏休みの直前。ふと、ある1人の女子の存在に違和感を感じたことだった。何にそう思ったのかわからないくらい些細ではあるが釈然としない感じ。その違和感が何なのか、その日から3日間ほど授業中ほぼ全ての時間を使って自分の記憶をフル回転させた。我ながら暇人である。まぁそれが功を成して、私は過去に少なくとも2回は今(中学2年生)を経験していることを思い出した。当時を含むその3回の中学生生活に多少の相違があることも。
足掻く方法も思いつかなかった故に、ただただ普通に日々を過ごして私が出した結論は“乙女ゲー”だ。私はその中の脇役、もといエキストラ。
“乙女ゲー”といっても、ここはどこにでもあるような公立の中学校。そりゃぁ格好良い男子はそこそこいるけど、例えば御曹司だとか芸能人だとか天才だとかといった二次元的なハイスペックを持った超絶なイケメンなんて存在しない。
それに中学生にもなれば、カップル成立なんて何も珍しいことではない。容姿の良い女の子がモテて彼氏ができるのは世の常というもの。外国の童話でも日本の昔話でも証明されている。そんなことにいちいち必要以上の嫉妬を感じても無駄というものだ。そこそこ羨んだあとは最大限に自分を磨き、そんな自分を「可愛い」と言ってくれる殿方を探すのが得策ではないかと思う。
話は逸れたけど、つまりは自分が主人公でないことに腹を立てているわけではない。ヒロイン以外にもカップルなんてできてるし。そしてまぁ、私の嫌いなヤツに彼氏ができることだって、腹立たしくはあっても別におかしい話ではない。
しかし問題なのは毎回代わるヒロイン。1年生を迎える度に1人のヒロインが入れ替わる。
それぞれ性格とかタイプが違うといえど毎回、皆に好かれる美少女なのよ。全員共通して男子だけではなく、女子からも悪い噂を聞くことがなかった。
それなのに…それなのに私は何故か主人公の彼女たちとそりが合わないのだからたまったもんじゃない。そう、私が学年一嫌いなヤツというのはころころ代わるこの世界のヒロインたちである。これがおかしいと思う。だって、毎回同じ人間なら仕方ないかもしれないが、なんだってヒロイン代わるその度に馬が合わないヤツなのさ!私限定であることがまた忌々しさに拍車をかけている。しかも何故か毎回毎回、ヤツ等が告白されている所に出くわしてしまう。もうヤツ等結託して私に嫌がらせをしているとしか思えない。呪いか?と問いたくなる。どうせなら、私も皆と同じように彼女たちを好きになれたなら、こんなにどこに向ければいいのかわからない苛立ちを感じなくてよかったのに。
彼女たちに私の中学生生活はひどく妨害されていると言っても過言ではない。
私が記憶する一番最初のヒロインは部活動が同じだった。「うさぎちゃん」とか呼ばれるような可愛い容姿と裏腹に、元気で活発な子で、部活の交代制の掃除当番の2人組を組まされた。初めのうちは普通にやっていたものの、だんだんサボるようになってきて、同学年で唯一経験者だった彼女は「ちゃんとやってよ」と言った私に「え~、私は特別でしょ~!」とか抜かしてきやがった。まぁ、半分冗談のつもりだったのかもしれないが、心の狭い私には、負の感情を抱くには十分なきっかけだった。しかし経験者だから一番強くて頼りになる上に他の部活仲間のとは軋轢を生むことなく交流していた彼女。仲が悪いのは私だけという状況に。そのせいで部活内に亀裂を生んでしまうこともしばしば。私にとってなんとも居心地の悪い結果になってしまった。掃除サボって「自分は特別」発言をしたヤツにどうして皆集まっていったのか未だに理解に苦しむ。
二人目のヒロインは2年生の時に同じクラスになり、共通の友達を通して同じグループとして行動していた小柄で華奢な、守ってあげたくなるような可愛い子。4人グループだったんだけど、彼女にとっては私以外の3人は地元が同じ幼馴染という構成。たぶん、お互いに「グループは同じだけどコイツとは“友達の友達”」という認識をしていたことをお互いわかっていた。2年生の冬に私を除く3人に、私のことを「苦手」とか「嫌われてる」とか言って泣いているのを影から目撃。誰か1人でも否定の言葉を発してほしかったけれどその願いは最後まで彼女たちに届くことはなかった。言っておくけど私は断じて彼女の悪口を言ったり嫌がらせをしたりはしていない。せいぜい2人きりになった時に話題がないから沈黙していたくらいだ。苦手という部分は否定しないが嫌ってはいなかった。彼女の被害妄想である。しかし「どうせもうすぐクラス替えだし」という他の子の慰めに「私だけ同じクラスになったりしたら…」とか怯えた表情の彼女。最終的に「絶対私たちが守ってあげるから!アンタの敵は私たちの敵!」という結論を出した他の子たちに幻滅した。みんな好きだったからあの時のショックはでかかった。ちなみに、3年生になったらクラスは皆散り散りになったから、不穏なことには至らなかったのはせめてもの救いである。ちなみにこのヒロインの攻略した相手は私が好きだった人であり、最初の告白は振ったくせに最終的にちゃっかり付き合いやがったという+αの苦々しいオマケつき。
片思い相手がよりにもよって自分の苦手な子に告白している所を目撃してしまったあの悔しさとやるせなさといったら…その上振られた後も一心にヤツを想っている彼を見る羽目になるなんて何の天罰だよ。その恋路の哀れな最期を祈っていたのにその願いも叶わず。それから何回かループしたけど、その男子はそんな恋愛劇をコロッと忘れて生活していた。後にあんなムカつく(←私限定)女を見初めた見る目ないヤローと思うことにして(←思いっきり負け惜しみ)、それからこの学校の男子への興味を失くした。
三人目のヒロインはショートヘアの似合うキュートな印象のすごく女の子らしい子だった。2年生になった私がクジ引きで不本意に決められた委員会(風紀委員会)で一緒になってしまったのが彼女の攻略対象だった男子。風紀委員って月に一度の風紀検査とか挨拶運動とか、それらの準備とか、意外に活動多いのね。そうすると自然に彼と2人になることも多くなっていくし、彼も気さくな人だったから委員会以外でも少しくらい話す程度に仲良くなるのは不自然ではないだろう。確かにこの男子を「かっこいい人」とは思っていたけれど、私は彼に恋愛感情は持っていなかったし彼だってそうだった。しかし当時、クラスの違ったヒロインはそんな事情など知る由もなく、私と彼の関係を勘違いしたらしい。たくさんいるお友達に自分の憶測を相談という名の吹聴をし、それを事実だとさらに勘違いした周りの女子たちが団結して彼女の恋を応援した。私は委員会の仕事をしているとやたらと聞こえるように陰口を言われたり、彼女の数多い友達の方々に無視されるようになった。彼女の性格を考えるとおそらく故意に私を陥れようとした訳ではないと思う。しかしそれは学年が上がって2人と同じクラスになってしまった後も続き、その結果、半年ほど経ってやっとヒロインは無事彼をゲットしてクラス中から祝福され、私はその中で浮いた存在となっていた。ちなみに冒頭の時間軸はここである。
このときの2年生の夏、ふと教室から見えた彼女に感じた小さな違和感に気付かなければ…それに対して深く考えなければ…ループに気付き、私はこんな辟易したいくつもの記憶を覚えていなくてもよかったのか…と、考えることがある。思い出してしまった今となってはいくら考えても無駄なことだけど。
ループに気付き、平穏な中学生生活を求めてあまり女子と関わりたくなくなった私は、男子部員ばかりのパソコン部に入った。これなら特定の男子だけと仲良くなることもないだろうと踏んだのだ。すると…すると四人目のヒロインも入部してきやがって…お下げに眼鏡っ娘な美人ちゃん。オタクっちゃオタクだったんだけど、話題の本に漫画、テレビ番組にまで詳しかったから女子とも話題に事欠かなく、割とクラスの輪の中心にいらっしゃいました。たった2人の女子部員の片方がそんな彼女だった私は、用事があってたまに部員に声をかけたら「お前かよ」みたいな視線を向けられるわ、彼女にちょっと意見したら周りに悪者にされるわ、彼女が言いつけられた雑用を周りの部員たちに無理やり押し付けられるわで腹立たしいことこの上なかった。しかも当の本人は目の前で彼女の仕事を押し付けられた私に「ごめんね」の一言もなく、部員たちとさっさと他の作業やるわ、一人で作業をやっていた彼女に手伝おうかと申し出たら「私一人でできるよ。てゆーか、一人の方が早いし(ニッコリ)」と断り、後からやってきた部員の手伝いはちゃっかり受けているという次第。…嫉妬や僻みも混じっている自覚はありますよ?でも…でもなんか腹立ちません?ねぇ!部活動が強制な学校じゃなかったらとっとと辞めていたところだ。
今までが今までだったので、もう転校したい…と思ったけれど、親の転勤なんてないし、そもそも卒業して気づけば入学式当日なのだ。タイミングも理由もない。しかし中学生生活に夢も希望も諦めてはいたものの、ループが終わるまでは無限に好きなことをできる時間があるし、やり直しが可能であるということだとポジティブに考えることにした。中学3年間を一度、完全にループを意識して終えた私は今度はその記憶を利用し、せっかくなので人生1度くらい超優等生になってみたいと目論んだ。(考えることが幼稚な男子並みである。)すると今度は五人目のヒロインがちょっとプライドの高い才色兼備な学級委員長。こういうタイプは孤高の優等生かと思いきや、さすが学級委員長と言うべきか、リーダーシップはあるし周りに気を配れる優しさがあり、女子にもファンクラブができる程で、3年時には生徒会長就任。3年間同じクラス。1年生最初の試験で私が1位を取ったら、2位だった彼女がライバル視してきた。ちなみに、うちの学校は試験の順位は得点とその合計点、そして自分が全体の何位だったかを記した紙を個々に渡すことしかしない。だから私は今まで誰が主席だったのかを知らない。それなのに彼女はわざわざ先生に何度も聞いて調べたらしい。言うなよ先生。禿げてしまえ。面倒臭いと思って二回目の試験は順位を落としたら、向こうは馬鹿にされたと思ったらしい。本当面倒臭かったし過去を含めてヒロインに対する私の評価は大いによろしくなかったので、試験にどんな問題が出るのか、前ループの時から準備していた私は、不正という罪悪感は0ではなかったけれど、投げやり精神と、少しの対抗意識で私は主席を取り続けた。試験勉強は思いっきりやったし、試験結果は良いのに授業中に当てられて答えられなかったら不自然なので、今までやったことのなかった予習と復習だって毎日やったもの。ズルばかりはしてないはずだ。しかしまぁ、クラス…いや、学年…最終的には学校全体のリーダーに敵視されたとなれば、自然と『悪』という立場になってしまうのは…考えなかった私が悪いのかしら。いじめまでには発展しなかったけれど、そのうち試験が近くなる度にクラスぐるみで軽い嫌がらせを受けました。あ、これは彼女ではなく周りが…ね。彼女に気付かれないくらい地味なものを。しかし彼女も私への態度は明らかに周りへの優しいお姉さまモードとは違い、やっぱり顔を合わせる度に不愉快な気分だった。
ループに気付く前は百歩譲って私の態度も悪かったとしよう。しかしその後は私あんまり悪くないよ…ねぇ?
そうして怒涛の15年(3年×5回)を過ごした私は覚えている限り5回目の卒業式を迎えた。
この3年間必死で勉強した結果、国立高校を受験して合格した。どうせまた中学生をやり直すことになるので進学はできないだろうから、記念受験のつもりだったのと、記憶により出題される問題を知っていた定期試験とは違い、自分についた本当の学力を試したかったのだ。
その日の朝、担任に「よく頑張ったな」と言われたのはそのためだろう。些細ではあるけどこれまでの記憶にはない出来事だったから。卒業生の答辞を壇上で堂々と述べている忌々しき人物を見ながら次の3年間をどうするべきか、憂いていた。
けれど
私の中学校入学の日はその後永遠に来なかった。私に正しい時間が戻ってきたのだ。
何故、ループが終わりを迎えたのか私にはわからない。同じ高校へ進学した人はいないので、特別に親しい友達ができなかった私は、同級生がその後どうなったのか知らない。
でも、良い思い出の少ない私にはそんなことどうでも良かった。見てろよヒロインたち!私は自分をもっと磨いて、いい女になってやるんだからな!!テメー等みたいな周りを巻き込むような人間になんてなるものか!!
空に向かって中指を立ててみる衝動に駆られた。
でもそれは思いとどまり、そのかわりに新しい制服に身を包んだ私は胸を張って、新しい舞台へと一歩踏み出した。
*****
ここは卒業式を終えて生徒のいなくなった教室。一人の教師がある女子生徒の席であった机の前に立っている。
今回は久しぶりにヒロインを差し置いて卒業していった生徒がいたな。
ん、どういうことかって?そうだなぁ、この学校はゲームの世界なんだよ。え、知ってる?それじゃあ何がわからないんだ。
…あぁ、なるほど。あのな、この世界はヒロインの恋愛攻略の裏で、“ヒロイン”vs“女子生徒の誰か”の『ループからの脱出ゲーム』というのが本質なんだよ。わからない?えーっと、そうだなぁ…
ヒロインの場合は“乙女ゲー”みたく対象とした相手を攻略すること、他の女子生徒の場合はヒロインと恋敵になって勝つことでループからの脱出という本当のエンドを迎えることができる。簡単に言えば、ヒロインの決めた攻略対象をゲットした奴だけが本当に卒業して繰り返される中学生活から抜け出し、高校生になれるんだよ。
ただし、これではヒロインに分がありすぎる。そこで裏攻略というものがヒロイン以外の生徒に設定されているんだ。それでも格段にヒロインが成功する率の方が高いが…その裏攻略の一つが『ヒロインの絡みによって5回嫌われ役を受けること』で、今回はこれでエンドを迎えた訳だ。言っておくがこの世界はゲームとはいえ、間違いなく本物の人間の住む“現実”だ。僅かではあるが“魅了”の力を持ち、男女関係なくほぼ全ての人間に無条件で好かれるヒロインはゲームであるこの世界に必要な存在であると同時に現実世界の“ありえない存在” 、 つまり異物でもある。その異物によって大きな被害を何度も被る人間が出た場合、いくらループにより記憶が消えると言ってもそれはあんまりだろ。一種の救済措置みたいなものとして裏攻略の一つと設定されている。ちなみに、誰かが裏攻略を成功させた場合は、ヒロインが攻略を成功させたとしても、前者が勝者となり、ヒロインは普通の生徒と同じ存在となってループを繰り返すことになるんだ。今回のヒロインも攻略は成功したんだが…まぁ運が悪かったな。
あいつは珍しく繰り返される時間に気付いたのだろう。そうでなければ部活を変えたり突然ガリ勉になったりなどしないはずだ。そのせいでヒロイン達からの被害に会う羽目になったのを不幸と思うべきか、エンドを迎えることに成功したので幸と思うべきか…。
ん?行動を変えたことと関係あるのかって?そりゃヒロインは毎回代わるんだから、人が代わればその周りに集まる人間も変わってくるだろう。そうそう同じ人間が迷惑を被るほど接点持たねーよ。例えば今回の場合、今までと部活を変えてパソコン部になんか入らなかったらヒロインと接点できなかっただろ?成績を上げなかったらヒロインにライバル視されることはなかっただろう?普通はループに気付いても、次のヒロインと接点を持たず平穏な3年間を送るうちにループの存在を忘れていくことも多いから、エンドを迎えても最後の3年間以外の記憶は残らないんだが…。
しかしあいつはいつからループに気付いていたのか知らないが、少なくとも後半3回の記憶は持っているはずだ。この方法は裏攻略の中でもキツイ方だから、卒業を迎える彼女に「よく頑張ったな」と思わず声をかけてしまった。
今まで真ん中程度の成績だったのに最後のループのはじめに主席を狙ってきたときは、さすがに不正はいかんと思って警戒したが、ちゃんと努力した結果でもあるようだったからそのままにしておいた。授業の内容だけでは解けにくいような難易度の高い問題を当てたらその度にちゃんと答えていたし、国立高校に見事受かったのが証拠だ。
やれやれ、いるんだよな。こうやってたまに未来を大きくかえてここを抜け出る奴が。しかしそれは間違いなく本人の努力の賜物だ。普通ではありえないほど長い間、ループを繰り返すこいつ等の教師をやっているからな。その中の1人が巣立っていったのは少し寂しいが、喜ばしいことだ。
さてと、また新しい3年間のための準備もあるし、そろそろ行くよ。
え、まだ何かあるのか?俺が何者だって?
俺はただの教師だよ。
さ~て、今度無事に卒業できるのは誰かな?
『ある教師Aの独白』
ゲームの本質に無理ありますかね…。上手くまとめられなくて申し訳ありません。ちゃんと説明できていればいいのですが。
ちなみに、裏話(?)として実は男子の方も同時に1人のヒーローが存在しています。そうしないと男子はループから抜けることができませんからね。主人公がループに気付いたのにその存在に気付かなかったのは、男子への興味を失った上に彼と接点を持つことがなかったため。姿を見たことがあっても「学年が違う人かな~」程度に思ったり(^^;)また、ヒロインとヒーローがお互い攻略対象になることはないことになってます。