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散花  作者: 夢涙月
7/13

落想2

 三咲小路のアーケード内にはすでにクリスマス用の飾り付けが、通り行く人々の目を引いている。

 予備校を終えた美咲は、アーケード内でクリスマスソングを歌っている若者の反対側で準備を始めていた。

 その時、突然美咲がいる場所からそう遠くない所で悲鳴が上がった。

 咄嗟に振り向き、美咲は悲鳴の方向へと視線を移した。

 通行人の何人かも、その突然の悲鳴で足を止めている。

 美咲のいる場所の反対側。距離にして約十メートル程離れた女性占い師がその悲鳴の主だった。その前に一人の長身の男が立ちすくみ、手に持ったナイフから血がしたたり落ちていた。女性占い師はイスから転げ落ち、頭を抱えて蹲っていた。

 異変に気付いた隣のミュージシャンも呆然とその様子を見ていた。

「なっ……」

 ミュージシャンが呻くような言葉を漏らした時、その長身の男はそのミュージシャンの方に向かって素早く動いていた。

「やめ……」

 と言い終わらぬ内に、長身の男はミュージシャンに斬りかかっていた。

 その様子を見ていた通行人の一人が悲鳴を上げた。

 美咲は目の前で血飛沫を上げて倒れるミュージシャンを見つめながら、恐ろしさのあまり悲鳴すら上げる事が出来なかった。

 長身の男は、首を小さく傾げるとゆっくりと美咲の方を見た。

 目が合った瞬間、その男は美咲の方に向かって歩き出した。

 美咲の足が震えていた。嫌、足だけではなく肩から腕にかけても震えが止まらなかった。

「やだ……」

 美咲が後ずさりしようとした瞬間、美咲はその場に尻餅を付いてしまった。

 長身の男が目の前に立っていた。

「やめて……」

 美咲の声が震えていた。涙が溢れた。

 助けて、馨ちゃん――

 男が笑った。

 美咲が悲鳴を上げていた。


 滝沢がその美咲の悲鳴を聞いたのは、三咲小路に入ってまもなくであった。

 滝沢の全身に緊張が電流の如く走り抜ける。

 アーケード内は逃げ惑う人々でパニックになっていた。

 訳がわからないまま、ともかく滝沢は美咲目掛けて走る。

「いやぁー!」

 また、聞こえた。

 滝沢がいつもの美咲のいる場所へと視線を投げる。

 いない!

 否。その遙か前方に長身の男に腕を掴まれて、引きづられるようにしている美咲の姿があった。

「美咲!」

 男の動きが止まった。

「馨ちゃん!」

 美咲が泣き叫んだ。

 滝沢の位置から美咲の所まではまだ二十メートル以上はあった。

 たったの二十メートルが、これ程長く、もどかしく感じた事がなかった。

「早く、来い」

 男が美咲の髪の毛を掴んだ。

「痛い!」

 美咲の悲痛な声と共に滝沢の血流が一気に激しくなる。

 ギリっと唇を噛んだ。

「やっぱり、お前死んじゃえ」

 男が走って来る滝沢を見てニヤリと笑った。

「やめろぉ!」

 滝沢が叫ぶ。

「いやぁー」

 美咲の声が悲しく響いた。

「うるさい!」

 男が美咲の腹部にナイフを何の躊躇いもなく刺した。

「うあぁぁぁぁぁ!」

 滝沢が咆えた。

 美咲が腹部を押さえ、その場に倒れ込む。

「ばーか」

 男がそう言って舌を出した。

 

 滝沢が倒れている美咲の元へと駆け寄った時には、その男はもうその場からかなり離れた所を走っていた。

「美咲!」

 滝沢が美咲を抱き起こす。

「馨ちゃん」

 美咲の瞳から涙が零れた。

 美咲の服が見る見るうちに深紅へと染まってゆく。

 滝沢が咄嗟にそこを押さえた。

 滝沢の右手があっという間に血に染まる。…

 ドクン、ドクンと溢れ出る血流が、無情に滝沢の手から零れてゆく。

「くそお!」

「お腹が、熱いよ……」

 美咲が擦れたような声で呟いた。

 美咲の顔色がどんどん青冷めてゆく。

「救急車!」

 滝沢が怒鳴った。

「馨ちゃん」

 美咲がしがみついてきた。

 美咲の手が震えている。

「寒い……」

「早く、救急車!」

 滝沢が美咲を抱きしめながら叫んだ。

 力一杯抱きしめていた。

「頼むよぉー! 誰かー」

 美咲の全身が震えていた。

 美咲の瞼が小さく痙攣し、視点が彷徨う。

「馨ちゃん。ごめんね……」

 滝沢が泣きながら何度も首を横に振った。

「やっぱり……馨ちゃんの……」

「喋ったら駄目だ」

 滝沢の涙が美咲の頬に落ちる。

 美咲の顔が涙でぼやけた。

「ちゃんと言う事を……聞いていれば……」

「美咲……」

 ようやく遠くで救急車のサイレンが聞こえ始めた。

 美咲の両腕が力なく滝沢の背中から滑り落ちた。


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