夢俘1
夢俘
車を大学の駐車場へと停めた滝沢と美咲は、緑豊かな学内を散策しながら目的地のブロンズ像を目指した。
滝沢は両手にイーゼルとキャンバスを持ち、美咲は手に小さな折りたたみイスを持ち、油絵セットの鞄が肩から掛けられている。美咲が先頭を歩き、その後ろを滝沢が歩く形だった。
大学の正門脇に一般駐車場があり、その正門から大学の建物までは約一キロ程石畳の歩道が続き、その両側に銀杏の木が生い茂っている。
美咲の説明だと、正面の建物の右側にあるのが実習棟でその更に奥にある赤煉瓦の建物が大学専用の美術館らしい。
そして、その美術館の真後ろに滝沢と美咲が目指している池とブロンズ像はあるらしい。
「いい所だね」
滝沢が煉瓦造りの美術館を見上げながら呟いた。
「来年からは、美咲ちゃんもここで絵を描く訳だ」
「合格出来るか、どうか。まだわかりません」
「嫌、絶対合格できる」
「どうして、わかるんですか?」
美咲が振り向いた。
「神の啓示があった」
滝沢が微笑んだ。
「絶対、滝沢さん変な宗教やってるでしょう」
美咲も笑った。
本当に小さな池であった。外周は恐らく五、六百メートルぐらいしかないだろう。池に添ってツツジが植えられており、今はもう彩り豊かな花は散ってしまっている。池の真ん中にはこんもりとした小さな島があり、そこに紫陽花が植えられていた。
その島の右側、美術館よりにそのブロンズ像はあった。
五、六十センチの高さの大理石の上に一人の天使がいた。
その大理石に銅板のプレートが埋め込まれている。
「天使の夢」
滝沢がそのプレートの文字を読んだ。
まだ、幼い天使が右足を上げ、今にも飛び立とうとしている瞬間である。
その表情は満面の笑みを浮かべ、その幼い天使が感じたであろう喜びが、ひしひしと伝わってくる。
天使の持つ躍動感が、見るものに希望を与えるような像であった。
「凄いな、本当に今にでも飛び立ちそうだね」
滝沢が素直な感想を述べた。
美咲は既にイーゼルを立て、その上にキャンバスを置いて真剣な眼差しで構図とかを図っていた。
滝沢は美咲の邪魔をしないように、そっと後ろへと下がった。
既に美咲はキャンバスに下絵を描き始めている。
美咲が描いている場所より五メートル後ろに木のベンチがあったので、滝沢はそこに座って一心不乱に絵を描き続けている美咲を黙って眺めた。
残暑の日射しが眩しく美咲に照りつける。時折吹く穏やかな風が、池の水面に微かな波紋を起こしてゆく。
ゆったりとした時間の中で、滝沢は美咲を静かに眺められる喜びを感じていた。