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散花  作者: 夢涙月
2/13

 好流1

    好流

 

 それから毎日滝沢は夜九時になると彼女の元へと訪れるようになった。

 こちら向かって歩いてくる滝沢を見て、藤本美咲ふじもとみさきは微笑みながら小さく手を振った。

「こんばんわ」

 滝沢が美咲の前に立った。

「こんばんわ。今日も来てくれたんですか? 滝沢さん」

「あっ、うん」

「今日は、どんなのを描けばいいんですか」

「今日は俺じゃなくて……」

 滝沢が言葉を濁した。滝沢はどことなくそわそわとした様子で、ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま美咲の前をウロウロしている。

「美咲ちゃん」

 滝沢が立ち止まって美咲を見つめた。

「今日は、君の絵を描いてもらいたいんだ」

「えっ?」

「君自身の似顔絵を描いてくれないか?」

「私のですか?」

 美咲が困惑の表情を浮かべた。

「やっぱり、駄目?」

「駄目じゃないですけど、今ここでは描けないので明日まで待って下さい」

「本当? 描いてくれるの。やった!」

 滝沢が笑った。その無邪気な笑顔に一瞬美咲は心の中で小さな動揺を覚えていた。

 

 翌日、いつもより早く滝沢は三咲小路に着いていた。

 夜の八時二十五分。後五分で美咲の行っている予備校も終わる。

 滝沢は美咲のいつも絵を描く場所を忙しなく行ったり来たりしている。

 ふと、そこの斜め向かいのアクセリーを売っている若者に気付いた滝沢は、その若者の所へと歩いて行った。

「いらっしゃい」

 頭にバンダナを巻いている若者が無愛想に呟いた。

 滝沢が目の前に置かれているアクセサリーに視線を落とす。

 銀のネックレス、ブレスレット、イヤリング等がそこに並べられていた。

「うん、これがいい」

 滝沢が一つのネックレスを手に取った。

 銀の卵に天使の羽が付いているネックレスだった。

「いくら、これ?」

「二千円だけど、イニシャル入れたら二千三百円」

「へえー、こんなに小さくても、イニシャル入れられるんだ?」

「楽勝っすよ」

「じゃあ、M・Fって入れてよ」

「まいど!」

 滝沢が財布から二千三百円をバンダナの若者に渡した。

 二分程して、小さな紙袋に入れられたネックレスを受け取り、滝沢は元の場所へと戻った。

 それから五分程して美咲は現れた。

 滝沢を発見した美咲が小走りで滝沢の元へと来る。

「どうしたんですか? こんなに早く」

「絵が待ちきれなくて」

 滝沢が照れくさそうに頭を掻いた。

 美咲は自分のバッグからB―4サイズの封筒を取り出すと、それを滝沢に手渡した。

「どうぞ」

「出来たんだ」

 滝沢が受け取った封筒から画用紙を取り出した。

 それを見た瞬間、滝沢は息を呑んだ。

 そこに色鉛筆で描かれた美咲が、優しい微笑みを浮かべていた。

「凄い。まるで写真みたいだ」

 美咲が恥ずかしそうに俯いた。

「ありがとう。大事にするよ」

 滝沢が背広のポケットからさっきの紙袋を取り出した。

「無理言って、済まなかった。これ、お礼のつもりなんだけど受け取ってくれないか」

 美咲が受け取った紙袋を覗き込む。

「うわー、可愛い!」

 美咲が紙袋から中身を手の平に乗せた。

「美咲ちゃん!」

 滝沢の声が緊張し、微かに震えていた。

「えーと、なんだ。あのさ……」

 美咲が滝沢をじっと見つめている。

「明日も来て良いかな?」

「はい」

 美咲が微笑んだ。

「じゃあ、また明日」

 滝沢がくるりと背を向け歩き出した。

 がくりと首を項垂れ、大きな溜息を吐いた。


 仕事中も滝沢はほとんど美咲の事ばかり考えていた。

「滝沢君!」

 パソコンの画面をぼんやりと眺めている滝沢に向かって、倉沢が三回目の名前を呼んだ時、ようやく呼ばれている事に気付いた滝沢は慌てて返事をした。

「はい、課長」

 滝沢が立ち上がった。

「ちょっと、来たまえ!」

 やべえ――

 隣の同期の山下がニヤついていた。

「君はやる気があるのかね?」

「すいません」

 滝沢が頭を下げた。

「この不景気に社員を遊ばせておく程、内は余裕のある会社じゃないんだよ」

「すいません!」

 獲物を見つけたハイエナのように、倉沢はネチネチと嫌みを言い始めた。

「大体、君は普段から緊張感が足りなさ過ぎるんだよ!」

「すいません」

 滝沢が頭を下げたまま平謝りした。

「まったく、もういい! 下がりたまえ」

「はい、失礼します」

 滝沢がようやく頭を上げて戻ろうとした時だった。

「滝沢」

「はい?」

「来週中に新規の顧客がつかめなかったら、秋のリストラ対象だと思え」

「えっ!?」

 倉沢がもう視線をパソコンの画面に向けたまま、右手の手首だけを下から上へ二度振った。

 やっちまった……

 滝沢の顔面から血の気が失せていた。


 少し歩いては溜息を吐き、また少し歩く。

 重い足取りで滝沢は三咲小路へと向かっていた。

「はぁー」

 三咲小路のアーケードが見えてきた。

「こんなじゃ、駄目だ」

 滝沢が自分の頬をパンと両手で叩いた。

 アーケードを見つめながら大きく息を吸った。

「よし!」

 息を吐きながら気合いを入れた。

「やっちまったものはしゃあない!」

 アーケード内へと入って行った。

 今日こそ言うぞ!

 美咲の姿が見えてきた。

 心臓が徐々に高鳴ってゆく。

 美咲が自分を見つけて微笑んだ。

 滝沢も微笑みを作ろうとしたが、引き攣りそうなのですぐに諦めた。

「こんばんわ」

 美咲が呟いた。

 心臓の高鳴りは絶好調だった。

「絶対に!」

 滝沢が無意識に両手を握りしめている。

「絶対に変な事しませんから、一度だけデートして下さい!」

 滝沢が深々と頭を下げていた。

 頭の上で美咲の笑い声が聞こえていた。


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