最終回
三咲小路のアーケード内に冷たい北風が舞い込んでいる。
夜の九時。
黒いギターケースを担いだ男が、ゆっくりと路上を歩いていた。
右手には小さな折り畳みのイスを持っている。
長い髪を後方で束ね、黒い丸いサングラスを掛けている。
口の周りはだらしなく無精髭が伸ばし放題である。
男をアーケート内の一転だけを見つめ、力強い足取りでそこを目指していた。
やがて、アーケードの真ん中に着いた男は、持っていた折り畳みのイスを広げると、そこに座り込んだ。
その様子を遠くで見ていた、別なストリートミュージシャンがその男に近づく。
「ちょっと、あんた」
ストリートミュージシャンが男に声を掛けた。
「あんた、ここ始めてみたいだね」
男がストリートミュージシャンをチラリと見る。
「あんたがいる場所、昔そこで人が死んでるらしいよ」
ストリートミュージシャンが得意げな顔で話す。
「いいんだ」
男がポツリと呟いた。
「えっ?」
「俺は、この場所でいいんだ」
その男から気迫の様なものが流れた。
「ふんっ」
ストリートミュージシャンが、鼻から荒い息を出しながら去って行った。
ギターケースからギターを取り出すと、男は一度だけ深呼吸をした。
美咲――
滝沢の左手がEのコードを押さえた。
弦が優しく弾かれる。
やっと、帰ってこれたよ――
緩やかなメロディーが路上に流れた。
~泣きたい時には泣けばいい~
滝沢の擦れた声が、そのメロディーの上に乗った。
~きっと、笑える日は必ず来るから~
滝沢の前を歩いていたサラリーマンが足を止めた。
~今はその日のために、力一杯泣こうよ~
そして、そのメロディーが突然止まった。
滝沢が目の前のサラリーマンを見上げて微笑んだ。
「ヘイ、ミスター。 マイソングを聴いてハッピーにならないかい!」
了
御愛読いただき誠にありがとうごさいました。