流魂2
『天使の夢』の前で、滝沢は正座してその潔い微笑みを見つめていた。
涙は既に止まり、このブロンズ像をじっと見つめているだけで不思議な安らぎを覚えた。
夕闇に包まれ、次第にその笑顔が闇の中へと融けてゆく。
滝沢は、少しでもそのブロンズ像の面影を記憶に留めようと、目を凝らした。
遠くから、カサ、カサと落ち葉を踏みしめる音が聞こえた。
しかし、今目を反らしてしまうと、せっかく覚えかけた『天使の夢』の映像がすべて消え去ってしまうようで、滝沢はその像から目が離せなかった。
滝沢のすぐ後ろでその足音は止まった。
「もう少しだけ……」
滝沢の口から名残の言葉が漏れる。
「後、一分でいいから……」
しかし、その滝沢の言葉が終わらぬ内に天使の笑顔は闇に包まれた。
「ああ……」
滝沢の吐息が漏れると共に後ろで、またカサっと落ち葉を踏む音が聞こえた。
滝沢が正座したままくるりと身体の向きを変えた。
そこに長身の金髪の男が優しい微笑みを浮かべ、青い瞳で滝沢を見つめいた。
「あっ……」
美咲が憧れ続けた、美咲の夢が立っていた。
「ミスター滝沢。ですね?」
その男、ロバート・スミスがしっかりとした日本語でそう呟いた。
滝沢は驚きのあまり声を出す事が出来なかった。
地べたを這うようにして、スミスの足下まで来ると両手でスミスのズボンを掴んだ。
スミスがゆっくりとしゃがみ込んで右膝を付いた。
「待っていましたよ。ミスター滝沢」
そう言ったかと思うと、スミスは突然滝沢に抱き付いた。
「本当に、よく来てくれました」
そして、スミスはそのまま滝沢の背中を優しくポン、ポンと叩いた。
その瞬間、滝沢の瞳から涙が零れた。
今まで溜めていたものが一気に溢れたように滝沢は泣き出した。
滝沢の緊張が一気に弾け飛んだ。
「ううっっっ……ああ……」
まるで子供のように泣きじゃくった。
何という不思議な感覚なのだろう。
泣けば泣くほど、声を上げれば上げるほど、スミスの身体から滝沢の心の中に穏やかさが流れ込んでくる。
「さあ、滝沢。行きましょう」
スミスの両手が力強く滝沢の腕を掴んだ。
「えっ?」
「向こうに貴方が、一番見たかったものがありますよ」
スミスがゆっくりと滝沢を立たせた。