次の街へ
◆ 翌朝
宿を出ようとすると、衛兵が宿屋の前で何やら騒いでいた。
「昨日の聖女が、この街に来ているらしいぞ!」
「追放処分になったってのに、まだ生きていやがったのか」
蓮とセリアは顔を見合わせる。
セリアの表情は強張り、小さく震えていた。
「……蓮様。たぶん、追っ手が動いています。
私が森で襲われたのも……恐らくは……」
「なるほどな」
蓮はすぐに決断した。
「ここに長居はできない。――別の街に移動しよう」
セリアはほっとしたように微笑み、頷く。
「はい。蓮様が一緒なら……きっと大丈夫です」
「(……まずは次の街までの移動手段だ。徒歩でも行けるけど、追っ手に見つかるリスクが高い。馬車か何かを使えれば……)」
蓮はセリアに目を向ける。
「セリア、次の街ってどれくらいの距離だ?」
「徒歩なら二日はかかります。街道沿いに行商の馬車があるはずです。……でも、お金が必要で……」
「問題ない。昨日稼いだ分がある」
蓮はそう言って頷いた。
二人は街道へと出た。
まだ朝靄が残る草原の道を、セリアは蓮の少し後ろを歩く。
「セリア、歩き疲れてないか?」
「……はい。大丈夫です。むしろ……蓮様の後ろを歩いていると、安心します」
セリアはそう言いながら、わずかに頬を紅潮させた。
彼女は「従う」ことそのものに快楽を感じているようで、ただ「主人の後をついていく」という状況だけで妙に嬉しそうだ。
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「なぁ、セリア。昨日も思ったけど……お前、俺のスキルに支配された時……嫌がってなかったよな?」
「……っ」
セリアは一瞬、視線を伏せてから、恥ずかしそうに囁く。
「むしろ……身体の奥が熱くなって……嬉しくて……蓮様に触れられると、命じられると、もっと……欲しくなってしまうんです」
蓮は驚いて足を止める。
(……こいつ、やっぱり普通じゃない。けど……ドMってやつか? 支配を嫌がるどころか、むしろ望んでる……)
セリアは両手を胸の前でぎゅっと組み、震える声で続けた。
「だから……昨日も宿代の交渉でスキルを使った時……あれを私にされるのを想像して……止まらなくなって……」
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(ヤバい。こいつ完全に変態じゃん……。でも……俺のスキルと相性は抜群だ。支配しやすいし、抵抗もない。いや、それどころか、自分から望んでる……)
蓮は小さく息を吐き、前を見据える。
「……まぁ、助かるけどな。嫌がられてたら俺だって困るし」
「ふふっ……蓮様に嫌なんて思うこと、ありません。もっと……支配してください」
セリアは恥じらいながらも、陶酔するように言葉を紡ぐ。
その声音は、まるで懇願するかのように甘く湿っていた。
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蓮は立ち止まり、セリアの手を軽く取った。
「……動くな」
「……っ♡」
ほんの一瞬、スキルを流し込む。
セリアの身体は小さく震え、膝がわずかに折れた。
それだけで、彼女は熱に浮かされたように吐息を漏らした。
「……やっぱり、反応がすごいな」
「……ご、ごめんなさい……。蓮様に従うと、どうしても……身体が勝手に……」
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セリアの頬は真っ赤で、唇は濡れていた。
蓮は内心で頭を抱える。
(俺、これからコイツと旅をするんだよな……。まともな聖女どころか、とんでもないドM聖女じゃないか……)
街の東門を抜けると、荷馬車や旅人たちが列を作っていた。
行商人の馬車、傭兵の一団、巡礼者らしき老人……さまざまな人間が次の街を目指して集まっている。
蓮は立て札を確認した。
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◆ 馬車の料金表
•同乗:1人 30ゴルド(約3,000円)
•荷物追加:10ゴルド(約1,000円)
•馬車貸し切り:300ゴルド(約3万円)
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(……高いな。148ゴルドあるとはいえ。俺とセリアで乗ったらすぐお金は消える。次の街でまた稼がないとやっていけないぞ)
蓮が考え込んでいると、セリアが小さく微笑む。
「蓮様、困ってますか? ……もしよければ、私を交渉に使ってください」
「はぁ? お前な……」
セリアは頬を染めながらも視線を伏せる。
「……蓮様のスキルで、私を……駒のように使ってもらえたら……その……すごく嬉しいので……」
(こいつ、やっぱりヤバい……。でも、値切りはしたいしな……)
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◆ 馬車の交渉
御者は大柄な中年男だった。
「二人で60ゴルドだ。前払いで頼む」
「ちょっと高いな……。なんとかならないか?」
蓮は言いながら、さりげなくセリアの背中に触れ、スキルを発動する。
「セリア、笑顔で御者に頭を下げろ」
「はい、蓮様♡」
スキルに従ったセリアは、蕩けるような笑みを浮かべて男に一礼する。
その表情に御者は思わず目を奪われた。
「……え、えぇと……じゃあ二人で40ゴルドでいい。特別だぞ」
「助かる」
こうして、二人は安く馬車に乗れることになった。
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◆ 馬車の中
荷台の干し草の上に腰を下ろすと、馬車はきしむ音を立てて動き出した。
蓮とセリアは隣り合って座るが、馬車は狭く、自然と身体が触れ合う。
「……蓮様の腕、硬いですね」
「鍛えてたからな」
「……もっと、触れてもいいですか?」
「……いや、近いだろもう」
セリアは身体を寄せ、肩を押し付けるようにして小さく囁いた。
「蓮様に支配されながら旅をするなんて……夢みたいです」
蓮はため息をつき、馬車の外へ視線を投げる。
(夢みたいって……俺の方が悪夢見てる気分だぞ……。でも、このスキルを活かすには、コイツの性癖は利用できるかもしれない)
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こうして二人を乗せた馬車は、揺れながら城塞都市を離れ、次なる街へと向かっていった。