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街の朝と戦闘

 翌朝。

 窓の外からは市場の声が響き、荷馬車の車輪の音と、パンを焼く香ばしい匂いが漂ってきた。


「おはようございます、蓮様」

 セリアが柔らかく微笑む。彼女は昨夜の疲れも見せず、清らかな雰囲気を纏っていた。


「……おはよう。街の様子を見て回ろうか。腹も減ったしな」


 二人は宿を出て、市場へと足を運ぶ。



【市場の値段】

•焼きたての丸パン:1個 1ゴルド(100円)

•ハム入りサンド:3ゴルド(300円)

•塩の小袋:5ゴルド(500円)

•胡椒(香辛料):20ゴルド(2,000円)

•リンゴ:2ゴルド(200円)


蓮は日本円に換算して頭の中で計算する。


(……香辛料がやけに高い。日本と同じで、保存や流通のコストがかかるんだな。パンや果物は安いけど、贅沢品はかなり財布に響く……)



 二人はパンを買い、石造りの噴水広場のベンチに腰を下ろした。

 パンをちぎって口に運びながら、蓮は昨夜のことを思い返す。


「セリア。……ひとつ、聞いてもいいか?」


「はい、蓮様」


「どうして、あんな森の中で一人だったんだ?」


 セリアは少し黙り込み、やがて唇を噛んだ。


「……私は“聖女”として人々に祈りと癒しを与えていました。でも……上層部の方々は私を利用して権力を握ろうとして。拒んだら、“不浄の力に魅入られた”と断じられ、追放されました」


「……それで森に隠れていたのか」


「ええ。でも……追放を命じた人たちは、それだけでは足りなかったみたいで。私が生きている限り、彼らにとって不都合が残るのでしょう。森で見かけた賊……あれは、きっと……」

蓮はパンを噛みしめながら、セリアの震える声を聞いていた。

街の喧騒の中、彼女の告白だけがやけに静かに響く。


「……それで森に身を隠していたんだな」


「はい。ですが……彼らは私をただ追い出すだけでは済まさないようで。賊を雇い、私を――」


 言葉の続きを口にする前に、セリアの肩が小さく震えた。

 その時だった。


「……おい、いたぞ。あの娘だ」


 通りの外れ、路地から三人の男たちが現れる。粗末な革鎧に刃こぼれした剣。いかにもならず者の風体。人混みに紛れて近づいてくるが、明らかに狙いはセリアだった。


「やっぱり来たか……」

蓮は立ち上がり、セリアを背にかばった。


「セリア、後ろに下がってろ」


「で、でも蓮様、彼らは……!」


「大丈夫だ。――俺には、俺だけのスキルがある」


 蓮の視線は男たちに向けられていたが、心の奥底では自分自身に問いかけていた。



蓮の内心


「……ドミネーション。発動条件は“触れる”こと。視線や声では効かない。

 触れた対象の心に命令を刻み込めるが、強制できる範囲は“欲望や感情を歪めること”まで。物理的な力や魔法を無理に使わせるのは難しい。

 昨日、セリアで試した時……確かに発動した。だが、敵に通じるのか……?」



「へっへっへ、聖女様じゃねえか。お前の首を持ち帰れば、金貨が転がり込む」

「こっちに来い、大人しくすりゃ痛い目は見せねえよ」


 三人の賊が包囲してくる。

 蓮は一歩前に出て、ぎりぎりまで間合いを詰めた。


「……お前らこそ、大人しくした方がいいぜ」


 次の瞬間、蓮は賊の一人の腕を掴んだ。


「――《ドミネーション》!」


 ぞわりとした感覚が掌から伝わり、男の目が一瞬揺らいだ。


「……あ?」


「お前は……俺の味方だ。仲間を裏切れ」


 低く囁いた瞬間、男の瞳がかすかに濁り、刃を振り下ろそうとしていた隣の賊に剣を向けた。


「てめえ、なにしてやがる!」


「やめろっ……! 俺は、俺は……ああああッ!」


 錯乱したように仲間を攻撃する男。路地に怒号と剣戟が響く。

 セリアは目を見開いて声を失っていた。


「……本当に、支配した……」


 蓮自身も息を呑む。胸の奥で熱が膨らむのを感じた。

 だが同時に、力の限界も理解する。


「(一人だけ……複数はまだ無理か。持続時間も短い。だが、十分だ)」


 混乱に陥った賊たちを前に、蓮はセリアに目をやった。


「セリア、治癒だけじゃなくて……攻撃魔法も使えるか?」


 セリアは強く頷いた。


「はい、蓮様! ――聖光よ、敵を討て!」


 白い光が集まり、槍のような閃光が放たれる。残りの賊の胸を直撃し、呻き声をあげて地に伏した。


 息を切らしながらも、セリアは微笑んだ。


「……やりました、蓮様」


 蓮は深く息を吐き、倒れ伏した賊たちを見下ろした。

 胸の奥で、確かな実感が芽生えていた。


「――これが俺の力、《ドミネーション》。欲望を支配し、心を操る……俺だけのスキルだ」

 荒い息を整えつつ、蓮は倒れた賊たちを見下ろした。

 既に抵抗の気配はない。仲間を裏切らされた男も、頭を抱えて呻くだけだ。


「……どうする? このまま放っておくわけにもいかない」


「はい。街の衛兵に……引き渡しましょう」

セリアは少し震えていたが、その眼差しは真剣だった。

◆ 城門前


 しばらくして、蓮とセリアは賊たちを縄で縛り、城門の衛兵に突き出した。

 鋼の鎧をまとった衛兵が、怪訝そうに眉を上げる。


「……お前たちが、こいつらを倒したのか?」


「はい。街道で襲われました。こっちの娘を狙っていたようで」


 衛兵は男たちの顔を確認すると、目を細めた。

「……ほう。こいつら、最近通行人を襲っていた賊どもだな。首に懸賞金がかかってる」


「懸賞金?」

蓮が思わず聞き返すと、衛兵は口の端を吊り上げた。


「三人で150ゴルドだ」


 思わず蓮は心の中で叫んだ。

「(よ、よし……! これで宿代どころか、しばらくの食費も賄える!)」

◆ 宿屋にて


 夕暮れ、昨日と同じ宿屋に戻ると、女主人は艶めいた笑顔を浮かべた。

 カウンターの上に肘をつき、胸元を強調するように身を乗り出してくる。


「まぁ、昨日のお客さんじゃない。今日はずいぶん疲れた顔ねぇ。……ふふ、また泊まっていくのかしら?」


「ええ、お願いしたいんですが……」

蓮は財布の中を確認しつつ、昨日のことを思い出していた。

(……そうだ。俺には“あのスキル”がある。昨日は軽く試しただけだったが、今回は本格的に交渉してみるか……)


「宿代は一部屋で50ゴルドよ。ベッドはひとつだけだから、仲良しさんなら問題ないわね?」


 女主人はわざとらしくセリアと蓮を見比べ、唇の端を吊り上げる。

 セリアの顔は真っ赤に染まり、俯いてしまった。


「(昨日は一瞬の接触で軽く動きを止められた……。なら、もう少し強めに発動して……交渉に使えれば……)」


 蓮はカウンター越しに差し出された女主人の手をそっと握り――

 〈接触〉スキルを発動。


 女主人の瞳が一瞬だけ揺らぎ、頬に赤みが差す。


「んっ……。な、なにかしら?」


「……宿代を下げてくれませんか?」

蓮は静かに告げた。

声にはいつもよりわずかに力がこもる。


 女主人は小さく息を呑み、わずかに体を震わせた。

 しばらく沈黙のあと――唇を濡らし、かすれた声で答えた。


「……そ、そうね。特別に……20ゴルドでいいわ」


「助かります」

蓮はすぐに手を離し、銀貨ならぬゴルド貨を置いた。

女主人は名残惜しそうに指を撫でつつ、それを受け取る。


 横で見ていたセリアが、恐る恐る口を開いた。


「……蓮様。今のは……」


「スキルだ。触れることで、相手の感情や判断に干渉できる。だけど……万能じゃない」


 蓮は独り言のように呟く。


「(一度に操れるのは一人まで。強制はできない。ただ“誘導”する程度だ。持続時間も短い。……でも、こうやって交渉や戦いの切り札にはなる)」



◆ 所持金の計算

•獲得報奨金:150ゴルド

•宿代:20ゴルド(スキルで値切り成功)

•パン:2ゴルド

•残金:148ゴルド


 蓮は財布を握りしめ、小さく頷いた。


「(……よし。当面の宿と食事には困らない。ゼロからここまで来たんだ。次は……もっと稼ぎ方を考えないとな)」


◆ 夜、宿の一室


 セリアはベッドの端に小さく身を寄せ、蓮は反対側に横になる。

 ひとつの布団を分け合う状況はやはり気まずく、二人ともなかなか寝付けなかった。


「……蓮様」

「ん?」

「……ありがとう。宿代のことも……あの、スキルで助けてくださって」

「気にするなよ。俺だって生き残るために必死なんだ」


 しばらく沈黙が続き――やがてセリアは小さな声で囁いた。


「でも……追放された私を、こうして一緒にいてくれるのは、蓮様だけだから……」


 蓮は布団の中で拳を握り、心の中で呟く。

(……守らなきゃな。彼女を。俺にしかできないんだろうから)

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