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導入

 カタカタと、キーボードの音が夜のオフィスに響く。

 時計の針はとっくに日付をまたぎ、壁際のカレンダーは赤い締切マークで埋め尽くされていた。


 主人公――佐藤蓮、二十八歳。

 中堅商社の営業として、今日も上司に押しつけられた資料作りを黙々と続けていた。


「おい蓮! 明日の朝イチまでにこの企画書まとめとけよ。ミスったらお前の責任だからな」

「……はい」


 それが理不尽でも、反論できない。

 怒鳴り散らす上司と、責任を押し付ける同僚たち。気がつけば、いつも尻拭いをするのは蓮だった。


 午前二時、ようやく解放され、終電に飛び乗る。

 座席に沈み込み、コンビニ弁当を片手にため息を吐いた。


(俺の人生……これでいいのか? 働いて、怒られて、食って、寝て……それだけか)


 窓に映る顔はやつれ、目の下には濃いクマ。

 恋愛も結婚も夢物語。気づけば二十八年、まともに女に好かれたことさえなかった。


 帰宅後、PCを立ち上げる。疲労で頭はぼんやりしていたが、眠る前のひとときだけは譲れない。

 蓮が開いたのは、ネットの片隅に転がるR18小説。

 画面には「女騎士が敵に捕らわれ、快楽責めで屈服する」というお決まりの展開。


「……はは。こんな現実離れ、俺がやったら捕まるだけだろ」


 自嘲気味に笑い、カップ麺のスープをすすりながら読み進める。

 だが、心の奥底では――“強い女を自分の思い通りにする” という倒錯的な欲望が疼いていた。



 翌朝。

 徹夜明けで霞む視界のまま、蓮は駅の階段を上っていた。

 身体が鉛のように重い。足に力が入らない。


(やば……少し、休……)


 そのまま視界が暗転し、身体は無様に転げ落ちていった。

 最後に浮かんだのは、会社でも家庭でもなく、ただひとつの願いだった。


(……一度でいい……誰かを、俺の思い通りにしてみたかった……)



 ――気がつくと、蓮は白い光に包まれていた。


「お目覚めですね、佐藤蓮さん」


 鈴を転がすような声が響く。

 振り向けば、神々しい美貌を持つ女が微笑んでいた。まるで女神の絵画がそのまま動き出したかのように。


「あなたは過労で命を落としました。ご苦労様でした。

 そこで……特別に、異世界で第二の人生を歩むチャンスを差し上げます」


「……異世界転生? 俺、ラノベの読みすぎか」


 半信半疑の蓮をよそに、女神は手をかざし、宙にスキル一覧を浮かび上がらせた。



スキル候補一覧

1.無限剣製 ―― 無尽蔵に武器を生み出す力

2.大賢者 ―― あらゆる知識を即座に得る叡智

3.神の加護 ―― 不老と治癒の力

4.魅了 ―― 人を惹きつけ、好意を抱かせる力

5.支配淫術ドミネーション ―― 快楽で肉体と精神を絡め取り、完全服従させる禁断の力



 蓮は眉をひそめた。


「無限剣? いやいや、俺が持っても使いこなせんだろ。

 賢者? もう勉強はいい。

 加護? ……地味すぎ。

 魅了は便利そうだけど……上っ面だけだしな」


 最後に残ったのは――支配淫術。

 説明文を読み、思わず絶句する。


「……これ、完全にエロゲの悪役やん……」


 だが。

 胸の奥で、確かに何かが疼いた。

 “強い女を、自分のものにしたい”――あの夜ごとに思い描いていた妄想が、今ここに現実の選択肢として差し出されている。


「……俺に、この力を持てってか」


 女神は微笑む。どこか含みのある、意地悪な笑みだった。


「ふふ……あなたにはお似合いの力だと思いますよ」


 蓮はしばし目を閉じ、深く息を吸った。

 そして、心の奥底に押し込めていた願望を認めるように呟いた。


「……いいだろ。どうせ異世界なんて現実じゃない。

 だったら俺くらいは、夢を見てもいいよな」


 選択の瞬間、スキルが彼の魂に刻み込まれる感覚が走った。

 女神の声が、遠くで響く。


「では――新たなる人生の幕開けを」


 光に包まれ、蓮の身体は異世界へと吸い込まれていった。


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