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辺境診療院の異端医 ver,4  作者: 朝陽 澄
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第3話:記憶の縫い目をほどく

 薄紅色の朝陽が、天陽宮の庭にぼんやりと差し込む。

 まだ冷たい空気に、蝉の声はない。


 私は部屋の窓辺に腰かけ、手元の薬草帳を広げていた。

(あの鍼灸師・李鳳の話と、厨房の薬草……繋がらないところがある)


 書き込みが雑然と詰まった帳面には、薬草の名と症状がびっしり。

 理屈では理解できても、ひとつひとつの証拠を結びつけるにはまだまだ足りない。




 後宮はまるで一つの生き物のようだ。

 私が疑問を口にすれば、必ずどこかで誰かがそれに反応する。


 そんな矢先、宮中の裁縫室に連れていかれた。


 そこは絢爛とした布の山が積まれ、針と糸の音が響いている。

 ただし、その空気は決して華やかではなかった。


 


 「蘇静蓮さん、こちらへ」


 一人の女官が、そっと私の袖を引いた。

 彼女は名を緋月ひづきといい、下級妃の侍女だった。


 緋月は口を噤んだまま、小さな包みを差し出した。


 


 包みを開くと、そこには奇妙な布片が折りたたまれていた。

 それは細かく縫い目がほどけかけており、所々に小さな穴が開いている。


 


 「これは……?」


 


 緋月は小声で囁く。

「この布は、最近亡くなった妃たちの衣装の一部です。ほつれた部分が多いのは、何度も縫い直されているから……」


 


 私は首をかしげる。

(何度も縫い直されている……? そんなに簡単に傷むものだろうか)




 裁縫室での調査は、思いがけない事実を私に突きつけた。


 縫い目の糸には、特別な“成分”が含まれていた。


 それは、私の知る限り、強力な神経毒の痕跡であった。


 


 しかも、不思議なことに、布の一部だけにしか付着していない。


 これはつまり、服を着ている間にしか影響が及ばない計画的な毒殺。




 しかし、毒だけでは説明がつかない。


 被害者の死因は“心臓麻痺”であり、通常の毒物はもっと目に見える症状を引き起こす。


 


 私は、鍼と布、そして供物の菓子がどう結びつくかを考え続けた。




 夜、江煕と再び会った。


「蘇静蓮、今日は一つ提案がある」


 彼は私の持つ布片を興味深そうに見つめる。


「これを検査する術はあるか?」


 


 私は頷いた。

「秘密裏にやらなければなりませんが、出来ます」




 数日後。


 検査の結果、毒成分は植物由来の神経毒素であることが判明した。


 しかし、その濃度は致死量には届かず、単独では死因にはなりえない。


 


 だが、これが鍼灸の“物理的刺激”と合わさることで、心臓のリズムを破綻させるのだ。




 しかし、まだ足りない。


 犯人の“意図”は何なのか。


 


 ある日、緋月が私にこう囁いた。


「亡くなった妃たちのうち、一人はよく“記憶の糸”をほどくと表現されていました。彼女は自分の身に起きていることを誰にも言わず、孤独を抱えていたのです」


 


 その言葉に、私の胸はざわめいた。



 後宮の闇は、ただ死を運ぶだけではない。


 誰かが、その“記憶”すらも消そうとしている。

 


 そして、私の心にも新たな感情が芽生え始めていた。


 江煕の言葉や視線に、ふと戸惑いを感じる自分。

 


 (これは、医学の探求だけでは終わらないのかもしれない)

 


 だが、今はまだ、それを受け入れないでおこう。



 真実を解く糸は、まだ切れていないのだから。

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