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辺境診療院の異端医 ver,4  作者: 朝陽 澄
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第2話:鍼の先に潜む罠

 夜は長い。

 天陽宮の後宮で、誰もが目を閉じれば夢を見る――はずだった。


 けれど、私にはそうは思えなかった。


 薄暗い木造の廊下を、一人歩きながら考える。

(こんな場所で、しかも“呪殺”なんて)

 鼻先に漂う香料の甘さは、まるで罪を隠すためのベールのように思える。


 何度も死んだ妃たちの顔が脳裏をよぎる。

 皆、同じように、息を引き取った後、まるで冷凍されたかのように体は硬直し、青ざめていた。

 医学的に見れば、“心臓の停止”がすべてだった。




 翌朝。


 診察室の薄明かりの下で、私は被害者たちの死因を再検討していた。


 まず、血液検査。致死量の毒物は見つからない。

 胃内容物にも異常なし。


 ただ、共通点はあった。


「供物の菓子を食べた直後に症状が出ていること……」


 私は、紙に手書きでメモを残しながらつぶやく。

「そして、脇腹の刺し跡。これも三人に共通する」


 侍女が声を潜めて言った。

「でも、鍼ですって? あんな小さなもので、死ぬなんて……」


 私も、そう思った。


 だが、医学は時に、理不尽を紐解く鍵でもある。



 昼下がり、私のもとに宮廷の侍医・江煕こうきが訪れた。

 彼は穏やかな笑顔の中に、鋭い目を光らせている。


「蘇静蓮さん、あなたの見立ては実に興味深い。だが、なぜ鍼で心臓が止まるのか、説明してくれないか?」


 私は答えた。

「鍼は直接心臓を刺すわけではありません。副交感神経を刺激して、不整脈を引き起こすのです」


 江煕は頷き、壁に掛けられた地図を指さした。

「被害者は皆、王宮の同じ区域で行われるある“儀式”に参加していました。その直後、体調を崩している」


 私は眉を寄せる。

「儀式……?」




 夜、書庫で資料を繰りながら、私はある仮説を立てた。


(菓子に何か細工があるのか? だが、検査では異常なし……)


 次に目を向けたのは“鍼”。

 その鍼には微細な薬物が塗布されている可能性がある。


 しかし、薬物検査には検出されなかった。


(では、薬ではなく“物理的な刺激”であるとすれば……)


 鍼の刺す部位が特定の神経節を狙っているなら、極めて繊細な操作が必要だ。


 それは素人には真似できない芸当。




 数日後、私は再び被害者の遺体を診察していた。

 今回の死体は、他の被害者とは異なり、腕に小さな痣があった。


(これは……)


 手袋を外し、慎重にその痣を観察する。


 同時に、侍女たちの言動を注意深く耳に入れた。


 ある侍女が小声で漏らす。

「被害者たちは皆、ある人物に鍼治療を受けていました」


 私は心の中で舌打ちした。

(やはり、ここに鍵がある)




 翌日、私の元に一人の女性が現れた。


「私、李鳳り・ほうと申します。妃嬪様の鍼灸師を務めております」


 彼女は柔らかい笑顔の裏に、強い意志を隠していた。


「最近の不幸な出来事は、私には無関係です」


 そう言いながらも、どこか挙動が落ち着かない。




 私は静かに問いかける。


「李鳳さん、供物の菓子はどこから手に入れていますか?」


 彼女は戸惑いながらも答えた。

「宮廷の厨房から……」


 だが、目を泳がせていた。




 数日後、厨房をこっそり見学した私は、そこで驚くべき光景を目にした。


 菓子を仕込む女官が、ひそかに薬草を混ぜ込んでいたのだ。


(だが、普通の毒草ではない)


 その草は、理論上は副交感神経を過度に刺激するもの。




 そして、ついに核心に迫る。


 鍼による身体への物理的刺激と、薬草による神経系への化学的刺激。


 両者が合わさって、まるで呪いのような死を演出していたのだ。



 後日、江煕が私に言った。


「蘇静蓮、なかなか鋭い推理だ。だが、犯人の動機は何だと思う?」


 私は薄く微笑んだ。


「おそらく、失われた妃の権力を取り戻すためでしょう」


 江煕は驚いた顔で私を見る。


 私たちは、帝国の闇を一歩ずつ探り始めたのだった。

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