EP5 ストーンにも出来ない事がある
______鉄製のブレストガードは、なかなか重宝しています。
上を見れば、ミスリル、アダマンタイト、ヒヒイロカネと言う希少、伝説級の金属がある。
それでも鉄は、低級ランク冒険者からみればC/Pが高く、5階層までのモンスターから受けるダメージが、革より断然軽減されているのが実感して分かるのです。
「革とは全 然違うわ~」
革が鉄......全く説明のつかない不思議な変化だったとは言え、防具がグレードアップすれば、もう少し下層を目指そうかと言う欲が出るもの。
今迄は軽装備とソロの為に無理をせず、5階層までで抑えて来た私なのですが。
「......でも今日は、ちょっとだけ6階層に降りてみましょうか」
防具は多少強化されたものの、武器の方は相変わらずなのに、いささか無謀な判断だったのです。
<なら後悔しな>
あの時のチンピラ冒険者の言葉が、一瞬脳裏を過りました。
「でもお金がいるし」
案の定、5階層から6階層では、モンスターの強さがワンランク上がったのです。
思いもしなかったアーマーリザードの出現。ランクはC+。
鎧は鉄より固い鋼、武器は強力な顎と爪のモンスターで、それに尻尾の振り回しも威力がある。
「わー! アーマー! あぁんソロじゃ敵わない! 殺されるぅ!」
鉄のショートソードでは鋼を貫く事は出来ず、おまけにアーマーリザードは獰猛で機敏なのだ。
「はひぃ~ 二度も死ねるかいぃ~ 007じゃあるまいし!」
<原子構造は把握済みだ。死んでも私が再生してやる。はて007とは、私と同類なのか?>
ダダッ
私は瞬時に撤退を決意し、5階層に駆け上がった。
入口近くだったのが幸いし、命からがら逃げる事が出来た。
モンスターには階層テリトリーがあるので、アーマーリザードは追っては来なかった。
はぁ
はぁ
水ぅ~
「危機一発!若い乙女の危機だったけど、なんとか助かったぁ~。ダメ、今日はこれで戻りましょう。死んだら仲間の仇を討てなくなるわ」
<おい字が違うぞ なんだ一発とは>
思えばチーム<夕暮れの乾杯>のタンク、スキンヘッド巨漢ブレンダンでも鉄の盾だった。
金髪の剣士グレッグのロングソードも鉄、ロレーンは魔法使いで装備はなし。
今迄、ミシエルの聖魔法<俊敏バフ>で戦えたのは大きかった。
「ソロの限界がもう来た......分かっていたけどこれは困ったわ」
6階層で予想外のモンスターが出るのなら、まず自分の能力とメインのソードを強化する必要がある。
「もしショートソードがミスリルだったら......あんな高価な武器は、私が10年かかっても買えやしないし」
<ん? ミスリルとは?>
取り合えず武器屋のオヤジに相場を訊くと、10万ラルス=(1,000万円)だと言う。
「ここはDランク御用達だ。そんな高価なもん、この村で買える奴はいねぇし、鋼だって置いてもいねぇ。もっと大きな町に行けばあるにはあるがな。だが、俺の頼みを訊いてくれるなら、なんとか調達してやらんでもねぇが、どうする? エルフのねぇちゃん」
武器屋のオヤジが、嫌らしい目をしながらほざいた。
『こいつもか!』
「結構だ!」
ふぅ~。
「私が美女エルフだと、こうも男共に絡まれるの?!。今までは雄猫にさへ素通りされて、無視されて来た私だったのに」
プン
私に出せる物は溜息だけだった。
「それにこの胸、重いしバインバインで主張しすぎよ。ブラも何枚か買わなきゃいけないし、あぁんパンティも! 女はお金がもっといるのよねぇ。男だったら汚いパンツ一枚でもOKだそうだし」
実は、女性冒険者は防御力のある下着を着用している。鎖かたびら入りなのだ。
______それでもチャンスが来た。
こんなダンジョンでも、鋼の装備を持った冒険者は居る。
冒険者と言うのは、自分の獲物を自慢したがるもの。そう思って私が冒険者組合で、安いレモネードを飲みながら様子を伺っていると......
ピクッ
エルフの耳がある会話を訊き取った。
「この俺自慢の剛剣が、Cランクモンスターなんぞ真っ二つさ。なぁモルドゥ」
「そうそうCランクなら、装備はやっぱり鋼だよな。俺の槍も鋼だぞ」
「また自慢話? 過信しないでアレスト、モルドゥ、ヒーラーが居てこそ冒険者チームなんよ」
「はん! 俺が怪我をした事があるか? レイン」
『アレストという剣士は、鋼のロングソード......あれに触れればひょっとしてまた変化する? でも変。私、思っただけでバインバインエルフに変わったし、なんでだろ?』
<......なるほど。生命体ならメタモルフォーゼが容易だったが、無生物は触れないと駄目だったのか? 我ながら自分の事が理解できていない>
「あの鋼のロングソードに触れてみたいけど、私が美女エルフだと知れたら、またどんな嫌がらせを受けることやら」
その恐怖から、その冒険者チームに声を掛けるのは躊躇う私だった。
あっ!
でも私には、特殊スキルがあったのです。
それはhidden skills<フェイス・シフト>と<複製>です。
「そうか! <フェイス・シフト>でロレイス・イットガルに変わればいけるかも」
自慢じゃないけれど、ロレイス・イットガルはツルペタだが、顔はまぁ美人の範疇ではある。でも流石にエルフには及ばない。
「同じCランク冒険者だと言って、鋼のロングソードに触れる......アレストと言った男は武器自慢。きっと見せてくれるわ。美女エルフでない私なら、問題は起きないでしょう」
「美女って意外にシンドイのね。今まではブスで良かった?」
______ガタ
私は意を決して立ち上がり、冒険者組合の裏手でステータスを起動、hidden skills<フェイス・シフト>をタップした。
パァァ~
「完璧! 懐かしいけれど、やっぱり私って美人じゃない......複雑」
<むッ? いよいよ触るのか? 無駄なバインバインも元に戻っている>
「あれ? 気のせい? 何だか今、もっと嫌な気持ちになったわ」
<女と言う生物は、顔が美人で胸がバインバインに憧れるのか? なんともわからん生物な事なことよ>
無機物である石<ストーン>には、まだ知らない事ばかりであった。