EP2 覚醒の石(意思)
______とんでもない話だと思うことだろう。私? は意識だけの存在で、自分がどんな姿をしていて、周りの世界がどうなっているのか、それを確認する事が出来ないのだ。
今までずっと。
どうして私は生まれたのだろう? 1億年位前だろうか? 一日の基準が分からない存在に、時間など意味を成さない。ただ相当に永いんだろうなとは感じてはいた。
______ある時、視界の無い私は何度も衝撃を感じた。
その時、何が起こっているのかは分からなかったが、少しずつ何かの意思が流れ込んで来た。
その何かは、<私はもう死ぬ>と呟いた。
「死ぬとは?」
やがてその意識がより鮮明となり、何故か視界が開けると、その意思がどうして死の淵にいるのかが分かった。
その虫の息の存在は______初めて見る生物だった。
「これは何だ?」
しかし流れ込んでくる生物の知識と経験が、すぐ私を順応させた。
「これは人間と言う生物なのか? この生物は単体では増える事がない?」
その時<モンスター退治で稼がなくては>。そんな生物の意思が流れ込んで来ると、やがて生物は息耐えた。
その人間を殴って、死に至らしめたのは<石>。私である。
もちろん死と言う概念は、この時初めて知った。
______なにもかもが新鮮で、全ての知識は今死んだ人間の知識に頼っている。
死ぬ間際、遠ざかる意識で最後に私? を見たのだろう。河原という所に転がっている石より卵のような楕円で、丸くくすんだ緑青が浮かんだ銅のような<石>だった。
犯人は逃げたのだろうか、もうこの場は静寂を取り戻していた。
けれど石は、瀕死だった人間の意識と経験を完全に吸収していて、今度は人間の肉体原子情報を吸収し、目の前の死体の本来完全な人間の女性を構築再現し始めた。
おぉ?
それは私?の意思とは無関係に起きた。
肉体を再構築した石は今、構築再生した女性の手の中にあった。
石は次第に女性の自我に、一部を除いて塗り替えられていった。
<この身は、彼女の自我の奥に異存するべきか......わからんが>
すると石は米粒以下の大きさに縮小、彼女の鼻孔から脳の視床下部に納まると、より鮮明な視界を得る事が出来た。
「うっ痛い!」
ツンとした痛みにのけ反り、彼女は我を取り戻す。
「あれ? 私......死んだ筈じゃ?」
女性は、現状を把握出来ず、ただぼんやりとその場に立っていた。
人間の名前はロレイス・イットガル。殺された理由に全く覚えがない。
______石は改めて自分自身を分析してみた。1億年?もの間、そんな事をしようとは思ってもみなかった事だった。
『スキルを見ますか?』
どこからか声がした。
「なんだ? スキルとは?」
『ジ・アンサー。そのスキルとは対象の原子構造を吸収、メタモルフォーゼが出来る。対生物なら生きている事が条件で再生が可能。すなわち不死となります』
『人間の肉体原子情報を記憶したので、ロレイス・イットガルがまた死んでも、完全治癒した状態でまた再構築が可能となり、即ち不死と言えるでしょう』
「この女性は不死となったのか?」
その事実をロレイスは知らない。
ロレイス・イットガルのパーティー<夕暮れの乾杯>の5人は、全員が殺された。しかし私だけが蘇生したのである。
はっ!
「私が生きている______と知られればまた狙われる」
そんな不安から変装しなければと考えた時、もし憧れの耳の長いエルフだったらと、姿と形が脳裏を過った。
エルフは希少な種族だ。その美しい容姿容貌は、冒険者の中でも女性の憧れとなっていて、エルフの居るパーティーは、それだけで邪な熱い視線を向けられるのだが、性別は変えられない。
「人種では狙われる。エルフに変装すれば、私だと分からないから大丈夫なはず」
彼女の中の石は、彼女のビジョンを知り、願いをただ訊いただけだった。
ニュゥゥ~
??
その時ロレイスは、耳に違和感を感じてそっと触れた。
「えぇ? なにこれ! エルフ耳じゃないの?!」
ロレイスの顔は見た目、エルフになっていた。
ただロレイスの憧れの記憶にあるのは、碧眼で長い髪はサラサラブロンドのエルフで、それに超美人なのである。
「耳だけがエルフになっているけど......顔がそのままでは」
と思った瞬間、その記憶がまた再現構築された。
サラサラ~
長いブロンドの髪が、川面のそよ風に流れた。
えぇぇ!?
下を見下ろすと、今迄見えた地面が見えない。何故なら、胸が主張していたからだ。
「洗濯板だのツルペタと言われた私の胸が......そんなところまで再現されたの? なにが私を変えているの?」
ロレイスの驚きは相当なものだが、同時に「この見た目なら、私達を殺した謎の敵に気づかれないわ」
と、ホッとする自分がいた。
ところで、ヒュドラに殺された4人の仲間は、埋葬する必要が無かった。
依頼とは、ギルドからではない個別の依頼を手紙で受け、この森に入ってCクラスモンスターを倒すクエストだった。
私達Cランクパーティーなら討伐可能な依頼で、報酬を半分前払いで受け取っている。
その報酬は、ホームのギルドに預けてあるのだけれど、名義はロレイス・イットガル。今の姿では、もう引き出す事が出来ないのだ。
______指定の森に入って依頼のモンスターを探した。しかし出て来たのは、この森では有り得ないSクラスモンスターの<三首のヒュドラ>。災厄なんてものではなかった。
「なんでSランクがこんな森に!」
「グレッグ、そんな事言っている場合じゃないでしょ!」
グァァォォォン
「拙い!皆、ブレスが来る!逃げろ」
巨漢ブレンダンがタンク役でも、ヒュドラの灼熱ブレスの前には無力。
「がぁぁ逃げきれん!」
「無理だ!」
グレッグのロングソードも、役に立たない。
「ひぃ~あたいもう駄目ぇ~」
「ミシエル!」
<ウィンド・カッター!!>
ロレーンの放った風魔法もまた無力。
ロレイス以外の4人は、ヒュドラの三つの頭から吐く灼熱の業火で、成す術もなく声も上げられずに消し炭となって消滅してしまった。