EP1 プロローグ ある意思の始まり
冒険者なんて、それほどうまみのある仕事ではない。
日銭を何とか稼いでやっと食いつないでいる冒険者は多く、ここにも明日をどう生きるかを悩む、貧しい冒険者チームがいた。
そのチームの女冒険者が、本人が知らない内に不思議な石に命を助けられた。
仲間4人を失い、ただ一人命が助かった事で起きる不可思議な事は、いったい何を意味しているのだろうか。
冒険を続けるうちに、その石は少しづつ変化していくのだった。
______まず最初に話しておけば、ここは中世から近世ヨーロッパを彷彿させるような世界で、モンスター討伐で生計を立てる冒険者達が存在している。
生活の為に依頼を求めて集う冒険者ギルドには、今日も朝早くから賑わっている。
それに、この世界にはやはり魔法が存在していて、初級でも火炎魔法や生活魔法があるのは、一面、現代文明よりも便利な事は間違いない。
<魔法とは何か>
不思議な事に、空気中の魔素が魔法の源だとは分かっていても、発動原理までは分かっていない。
過去の魔法研究者達が、どうしたら魔法が発動するのか、それを長い間研究体験して加筆記録したものが魔導書として残されて来た。
______私の名はロレイス・イットガル。Cランク冒険者チーム<夕暮れの乾杯>のリーダーで、まだ若干18歳なのだけれど、腕には少しだけ自信があります。
チーム名は、ひと仕事して晩飯に一杯やりたいと言う、実にささやかな願いが込められているほど、依頼を受けられないのが今の私達なのです。
シュン。
そんな時に舞い込んだ、冒険者ギルドを通さないサイドビジネスの話をする為に、馴染みの安飯屋に招集をかけたのです。
カラン
コロン
「いらっしゃいまてぇ~」
いつもの明るい女性ウエイトレスの声が、余計に空きっ腹に響いてきます。
「よぉ、待たせたか?」
「ヤッホー、リーダー、今日はリーダーの奢りだよね?」
最初に現れたのは、タンク役のスキンヘッド巨漢ブレンダン。声だけで後ろになって見えなかった調子のいい、フードをスッポリ被ったローブの少女が、聖魔法使いでヒーラーのミシエル。
「いいよ、私も今来たばかりだから。でもミシエル、言っとくけれど食べて飲んだ分は、自己責任の自腹だからね、自腹!」
Boo~
カラ
コロン
「おいおい、何をブーブー言ってんだ? 外まで聞こえてたぞ」
「はぁ、どうせミシエルでしょ」
「あぁっロレーン、あたいはね、いつでも金欠なの!」
「まぁそう言ってやるな。みんな金欠だから集まったんだろ? 違うかリーダー?」
物分かりが良さそうで、ロングソードが目立つ金髪の剣士グレッグ。ロレーンと呼ばれたとんがり帽子の少女が、攻撃魔法使いです。
どっこらしょっと。
5人がテーブルに着くと、私は今日招集した理由を話そうと、自分の革のウエストバッグに手を掛けた。
「待て待てリーダー、話の前にはまず酒だろ。おーいマイラ、冷えたエール大ジョッキで大至急」
はぁ~い
「カレンちゃん、お願いぃ~」
「分かりましたぁ、副店長ぉ」
彼女はホットでもアイスでも、注文に応じるバイトの魔法使いです。
やはり、冷却魔法と火炎魔法は便利なのだ。
「なっ、それなら俺も大ジョッキで」
「あぁグレッグ、それならあたいはレモン酒」
「じゃ、ロレーンちゃんは、スカイ・ハイ」
「毎度ぉ~、いつもの格安メニューはどうしますぅ~?」
「あのさカレン、格安は余計!」
だってぇぇ......。
私が話す前に勝手にオーダーをし始め、私の出端はくじかれた。
「まぁいいわ。でもお酒も料理も自腹。割り勘じゃないから、そこんとこヨロ! わかった?この飲んべぇ共!」
「だけどよ、皆は金もっているのか? 俺はねぇぞ」
「じゃブレンダンは酒だけに」
「リーダー、それはねぇだろうが」
飲んべえと割り勘などにしたら、それこそ私は大損なのです。
まぁ、どうせこんな事だろうと、結局私が払う事になるだろうと覚悟はしていました。
「我、ジョッキに命ず。熱は混沌の闇に落ちろ」
ほぁぁ~!
厨房で冷却魔法を詠唱するカレンの声が響いた。
「はぁ~い、お待たせしましたぁ~、キンキン冷やしたてですぅ」
ドワーフ族のマイラが、愛想良く酒を運んで来た。
「おう! よっしゃぁ、まずは乾杯だ!」
巨漢ブレンダンが、勝手に音頭をとってゴキュ ゴキュやり始めた。
「あ、ミシエル、私が話す前に遮音魔法をかけて」
あいあい~
はぁぁ
<サイレント・シールドォ~>
「ふぅ労働したから、あたいのレモン酒は、リーダーもちでヨロ」
「駄目よそんなの」
あぁ~ん ケチィ
各自が冷えた酒を胃袋に叩き込んだのを見て、私はウエストバッグから一枚の手紙を取り出した。
「おっ、それが今回の依頼書か? どうやら正当なもんじゃないってか?」
グレッグが覗き込んで来た。
「そう、これはね冒険者ギルドを通さない、私達<夕暮れの乾杯>直々の依頼よ」
ほう、直々とは。
依頼書を見ても、ある森に生息しているCランクモンスターの討伐で、別に私達でなくてもいい依頼なのだ。しかも依頼者が誰なのかも分からなかった。
「ふぅむ、5人でかかればCランクモンスターは倒せるけどな」
「お金は半分前払いで、もう受け取っているって言うか、封筒の中に入ってたの。※金貨2枚」
※約20万円で、後払いを含めると40万円になる。
「それを早く言え馬鹿リーダー」
そうそう
「5人で分配しても贅沢しなけりゃ、何とかギリギリ一月は食いつなげる。欲を言えば金貨3枚は欲しかったところだ」
「欲を出し過ぎだけど依頼を受けなかったら、その金貨はどうやって返すのさブレンダン」
むむむ。
「ネコババはいけないわよ」
だな。
金を前払いで半分受け取っていると訊いて、4人の疑問は都合のいい勝手な想像へと膨らんでいった。
「分かった! 俺達が金欠なのを知っていて、わざわざ指名してくれたんだ。もしかして俺達のファンじゃないのか? 特に俺の?」
「グレッグ、そんな馬鹿な」
「じゃぁ......この依頼は受けていいのね? 前金......もう貰っているって言うか返せないし」
「「「もちろん!」」」
私達Cランク冒険者は多く存在する。
それが意味する事は、依頼の奪い合いとなって仕事に有りつけないパーティーが、大勢いると言う事。
出所が分からない怪しい依頼でも、明日を生きる為には受けざるを得なかったのでした。
これが<夕暮れの乾杯>最後の晩餐になろうとは、ロレーンだけではなくパーティーの誰もが思わなかったのです。