身のために
「....驚いたな。お前が相手取ってるやつに、わざわざ戻ってこいってか?」
俺は真治に嘲笑しながら、思考を巡らせた。まさか、俺が時雨に手を出すと思ったのか?俺がそんなに堕落していると思っているらしい。
「こう言えば背任になるが、俺だって心外だ。お前のような裏切り者を家に何事もなく戻すなど、許されざる行為だろう。」
「俺もそれに同意。俺も戻りたくないな。」
わざわざ抜け出したんだ、せっかく手に入れた自由を易々と手放したくない。
.....自己中心的な思考だが、両方身のために小檜山の家とは関係を絶たなければいけないから、仕方ない事なのだ。これで時雨や兄弟が不利益を被ったとしても、俺にはもう関係のないことだし、関係を続ける方がむしろ不利益になるだろう。
「.....そういう事でいいんだな?」
「ああ、問題ない。」
そう言いつけると、真治は嬉しそうな顔つきで、俺を解放するように男達へ命令を下した。これでやっと自由になれたわけだ。
どのようなことがあれど、円満解決を果たした真治が鼻歌を歌いながら屋上を出ようと歩いていった。続けて男達も、真治に連れられて行くかのように歩いていく。俺はただ一人残されてしまったのである。
「勘弁してくれ全く、何で俺に執着するんだ.....」
家出してから、もう小檜山家との関係は完全に途絶えたと思っていた。だだ心安らかな生活を送れるはずだった。だが、何でかまたも小檜山家との関係を続ける羽目になって、しかも家に戻ってこいと.....頭が痛くなってきた。なんでわざわざ逃避行を繰り返してきたのか、よくわからない。
露骨にテンションが駄々下がり始めてくる。真治の前では、弱点を探られないよう何事も気にしていない風に装う必要があったが、その条件が無くなると途端に気力が無くなってくる。
....まあ、いいか。これ以上屋上に居ても、時間を潰してしまうだけだ。早く、校舎の点検でもしよう。
「おぉ~トキっちじゃん、何してんの?」
校舎の点検を終えて、委託された仕事をしようと職員室へ行くため、廊下を歩いている所で、夏が急に現れた。今日は確か部活休みだ。下校の準備でもしていたのだろうか?
「....古作先生に頼まれたプリントの印刷とか」
「シバナシ先生、最近大変そうだもんねぇ~。」
どうも古作さんは、学校祭....もとい、"花金祭"の準備に追われているらしい。まあ、金持ちと頭がいい奴が集ってるこの学園じゃ、大分重責だろう。
「それにシバナシ先生、最近子供が生まれたらしいしね。子育てとかも大変なんじゃないかな。」
「ん?そうなのか?そんな話聞いたこともないんだが」
「一夜家の情・報・網☆」
なんか急にウザイ言葉遣いになったな。喋り方変わり過ぎだろ。
「あぁ~!今ウザイって思ったな!」
「.....事実だがなにか?」
「女の子に対して調子に乗って....フンッ!」
「グォェっ!」
夏は抗議の意を込めて横っ腹にパンチを食らわせてきた。無論まともに防御ができなかった俺は、痛みに悶絶することとなった。
「っつ~!何すんだよ!」
「トキっちが悪いんだからねぇ!?ピュアな女子の心にナイフを立ててきたのは!」
「はぁ~.....ったくよ、これだから繊細なやつは.....」
「もう一発パンチ食らわすぞっ!」
ほぼバトル漫画モノの場面に移り変わったここ廊下、そんな声は"隣の部屋"にも聞こえたらしく、唐突に扉が開いた。
「もう夏ちゃん、暴力なんて淑女らしくないわよ?」
「だって春姉、トキっちがナイフで突き刺してきたんだよ!?」
「デマ拡散はやめてくれ。名誉棄損で訴えるぞ。」
冬姉と呼ばれた女性....まさか一夜冬って保護教諭のことだったのか。そういえば、あの時秋さんが途中姉って言いかけてたな。
「ほら、やっぱ夏ちゃんの戯言じゃない?まだ言い続けるなら保冷剤貼っちゃうわよ~?」
「あ、それ普通に欲しい。」
まあ確かに、もう初夏だからな。そろそろ温かい気温からじわじわ熱くなってくるころだ。
「.....夏、備品の私的使用は許されませんよ。」
声がした方向を見ると、ベッド近くの椅子に座っていた一人の少女を見つける。なんか、どっかで見たことあるような気がしなくもないが.....
「え?春居たの?ほぼホラーじゃん」
「人を怪物扱いするのはやめていただきたいですがね。」
頬を膨らませて夏に抗議する春。そうか、妙に見覚えがあると思ったら新入生だったのか。
「....それにしても、時様は噂で聞くより大分老けてますね。ケアはしてらっしゃらなくて?」
「スキンケアもメンタルケアもしてませんよ。」
その回答に、春と言う少女はクスっと密かに笑った。冬さんは呆れて春に向かって「めっ!」っとしかりつけたものの、反省する素振りは見せていない。
「ごめんなさいねぇ、春、普段はいい子なのだけれど....」
「気にしてませんよ、事実は事実ですし。」
「私より人との接し方ヘタクソじゃん!」
「夏はコミュニケーション能力がバグってるだけ。比較法で私を選ばないで?」
.....なんだ、割と真面目な子かと思ってたら、案外そうでもなかったんだな。ただ、時雨と友人関係にあるのがやや厄介か.....それは後で考えとくとして、速く仕事に戻らないとだ
「そんじゃ、俺は古作先生の仕事をやってくるので.....ここら辺でお暇させて頂きますか。」
「あ、そういえばそうだったね。そんじゃがんばって~」
3人に見送られ、改めて職員室に向かう。その後ろ姿を、春は湿った眼で見ていた気がした。