軋轢と記憶
もう10時ちょうどになってくるころだ、あの惨事から3時間ほど経過している。
相変わらず護衛達と真治は教室や廊下周辺に立っており、生徒たちを威圧していてこっちはたまらない。というか、俺が素通りする時だけ他生徒と違い、目つきが鋭くなってくるのは含みがあるからなのだろうか?
そんな時雨はそんな事も知ってか知らずか、特に変わらず春や女子生徒達と会話をしている様子が眼に入った。一瞬、時雨が俺の方へ視線を向けてくる素振りを見せてきたため、慌てて廊下に向き直し、再び廊下を歩きだす。
「お、ちいトキじゃん」
階段近くで男子生徒3人、そして横井朝とバッタリ出会った。昨日弁当に誘ってきた四人組である。何か顔が神妙な生徒を取り囲んで、話をしている途中らしい。
「どうしたんだ?なんかいつもと雰囲気違うけど」
「いやぁ、実はこいつ"一夜春"さんの事好きらしくてさぁ」
そんな生徒の恋愛事情を唐突に刷り込まれた俺、興味はあるが、そんな他人に近い俺になぜそんなことを離すのか。
『朝ッ!なんで暴露すんのさ!』
「あ、すまん。つい無意識で.....」
[朝、こういうところ最低だよな]
〈無自覚攻撃が一番つらいわ〉
「.....まあ、頑張れよ。」
そう言い残して、俺は一階に降りようと階段に....
「そこでだ!ちいトキ、お前ちょっと春さんにコンタクトを....」
「『[〈正気か????〉]』」
四人の素っ頓狂な声が廊下に響き、流石に生徒たちの注目を浴びた。この状態で話を続けるのは流石にまずい.....
「いやだから、お前がこいつのために春さんと....」
[ストップストップ!こいつの口を塞げ!]
口を塞がれた朝だったが、流石に"春""コンタクト"という言葉は聞こえたらしく、廊下で交流していた女子や男子達は、一斉にこちらへ視線を向けてきた。女子はその中でも「キャーっ!!」という、黄色い悲鳴に近い声を発してきているし、男子達は寄ってきて「お前春様の事好きなのかよ!」と詰め寄ってきたりで大分沼ってきている。
「ああもう!ちょっと一回下がってくれ!」
廊下を当たり一面見渡すと、無数の人が階段に寄ってたかって話を聞こうと熱心なよう。そんな状況になれば、当然"あの人たち"も来るわけで、直ぐに教室から一夜春....そして、小檜山時雨と八幡真治が顔をのぞかせて出てくる。そんな状況に、また女子たちは叫び声を出し始めた
「ああもう!全員一度一回用務員室に避難するぞ!」
『なんでこんなことに.....』
押し寄せてくる生徒達を背中に、俺たち5人はそそくさとすばしっこく逃げだした。
「なんで午前中からこんな動いてるんだっけ?」
今は学食が始まって20分が立ったころだ。10分間の休み時間中にこれらを鎮圧するのはかなり難しく、最終的に先生達の介入で生徒たちは散りじりに解散していったらしい。
その4人を送った帰り際、なぜか真後ろに居た真治に「昼休み、屋上へ来るように」という言葉だけを言われて、謎に格好つけているのか、スタイルを見せつけるようなしぐさで背中を向けて階段へと姿を消していった。俺はその体を見たいんじゃなくて、もうちょっと詳細を聞きたかったんだけどなぁ?
兎にも角にも屋上に行くとして、多分時雨の事で何か釘付けされるんだろうなぁ。行くのも怠いし行きたくもないしで、割と最悪だ。というか、真治とかいうめんどくさいランキングトップ10に入る男とは話したくないんだよ。
そんな理由でバックれたらまた電話を掛けてくる可能性があるので、めんどくさいことは先に終わらせておこうと思った。帰結的に見れば、たいして結果は変わらないのは明白だったからな。
4階まで登り切り、もう一階上がると、何回も見た屋上につながっている扉にたどり着いた。屋上に誰も居ないのか、扉は既に閉まっている。ったく、呼び出したなら呼び出したで速く来いよ。
ため息をつきながら扉を開けると、横から黒いスーツとサングラスをかけた2人の男が、俺の腕をグッとつかんできた。
「ういうい~、抵抗しないからそこらでやめてくんね?」
『黙れ。青二才の稚拙な思考で暴れられては困る』
なんとも信用されていない態度に感心を抱きつつ、何もできないこの状況にただ護衛達に引っ張られていった。
「....ッフ、何とも無様な.....先ほど生徒達を扇動して時雨様やそのご学友に自らを注目させようとした男が、今じゃこんな格好か。」
「お、八幡神じゃねえか、さっきぶりだな。」
「誰が八幡神だ!ぶちころがすぞ!」
「お前だよお前、目の前の神様だが?」
護衛に腕を掴まれても生意気に応戦している時、真治はとりあえず無視することを決め込んだが、その顔には怒りが満ち溢れていた。
「.....さて、本題から話そう。時....いや、裏切り者に伝えなければいけない事が....」
「すまん、まだ昼飯食ってないから1分で頼むわ。」
「.....マジで殺してやろうか?」
ガチトーンでそういわれると、流石に俺も委縮.....するはずはなかったが、とりあえず聞き耳を持つことに
決めた。ガチギレされると本当にめんどくさい。
「もう一度言う、裏切り者に言うのはやや"不本意"だが、当主様からの伝言を明確にして伝えなければいけない。」
間を開けずに言葉を詰め込んできた真治。真治も速く事を済ませたいようだ。それは、真治にとって、とても受け入れがたい内容だったからだ。
「.....「時、お前は小檜山家に戻ってこい」と、当主様が言っておられる。」