始業と言葉
カーテンのかかっていない窓から、光が差し込んできた。
その光に照らされた俺、【小檜山時】は、光をどけるかのように反対向きへ顔を向けた。しかし、その向きからもアラームの音がうるさく鳴ってきたため、仕方なく俺は起きることになった。
スマホを見ると、どうやら今は5時。朝ごはんを食べれる余裕があるぐらいの時間はある。
直ぐに布団をどけて立ち上がり、リビングに向かって歩き出した。いつもいつも朝食を摂っていなかったので、ストックがあるか確認してなかったが、幸いにもまだ豊富にストックはある。全部カップ麺だけど。
とりあえずプレーン味のカップ麺を手に取り、湯ポットに入っていたぬるめのお湯をカップに入れる。この光景に謎の懐かしさを感じたのは、俺が異常だからなのか。そうでなくても、朝食ということ自体にも懐かしさを感じる。
.....昨日の電話、あれは「"時雨に近づくな"」という明確な警告。どこから俺の電話番号が漏れたのかは知らないが、確実に小檜山の家からかかってきたきたものだ。声も俺の知っている人の声だ。多少の声の違いはあれど、喋り方の癖も全開に出しいたのですぐに判明した。
「ほんと、めんどくさい奴らだな。」
俺自ら関わろうとしない、というか関わろうとしたくないってのに用意周到である。実例があるのか疑わしくなるほどだ。
カーテンのない窓から学校の屋上を見ながら、俺は独り言と愚痴つぶやいていた。
「___時さぁぁぁあん!大変ですぅぅう!」
職員室の印刷室で頼まれたプリントを刷っていた時、唐突に叫び声で俺を呼んできた。
あの人は、確か1年国語担当の「芝浦古作」さんだ。頭頂部に髪がなく、しばしば"シバナシ先生"という愛称で親しまれている。そんな人が、唐突に俺のことを呼び出すとはかなりの大惨事だろう。
「どうしたんです?」
印刷室の扉を横にスライドさせて、デスク室に顔を出す。古作さんは顔面蒼白といったところで、俺の方を掴んできた。
「し、時雨さんの.....その、"護衛"が急に校門を通ってこちらに来てですね.....生徒達が怖がってなかなか入ってこないんです....」
「....つまり?時雨さんのガードマンのせいで皆怖がっていると」
古作さんはブンブンと顔を縦に振り、俺に対処を求めてきた。いや、そんなんどうしろって言うんだ?俺が到底対応できる事態なのは明らかなのだが。
「ッフ.....俺に任せな。」
これまた唐突に声を上げた厳つい男が一人。教員主幹の「久芳孝」だった。時や芝浦、それにとどまらず、学校全体では"熱血教師"として有名である。その熱血さゆえに、横井朝の所属するサッカー部の副顧問として顔を出すときは、まるで駅伝に出てくる監督になるらしい。
「し、主幹っ!?しかし、相手方は小檜山の家で....」
「....こっちにも、最終兵器があるだろう?」
その言葉に、俺と古作さんは息をのんだ。主幹が備えている最終兵器、それはこの状況を劇的に改善する薬なのだろう。さあ、どんなものを出してくるんだ?
「時、ちょっと喝入れてこい」
「「結局人頼りじゃないですか!?」」
「なんでこんなことになったかなぁ.....」
玄関の前に屯している時雨と、その護衛。確かに、あの場所にずっと居座ってたら恐怖だわな、俺でも理解できる。
一方の生徒達、校門付近に離れて偵察している。誰か威力偵察しに行けよっていうサッカー部員、ガタガタ震えてる合唱部の部員、ただポカーンとしてる夏や、サッカー部員に押されてる朝などなど....ハルマゲドンの前哨戦のようだ。
俺が渋々職員玄関から玄関前に出ると、護衛達はすぐに俺の方に向かって要人の防御態勢を取ってきた。なんで刺客扱いなんだ?流石にひど過ぎるだろう。
「あの~.....生徒達怖がっては入れてないんで、屯してないで入ってもらってもいいですか?」
くたびれた声で護衛達に話すと、一人の男が立ち上がり、俺に顔を向けてきた。
「へらへらと面を出してくるな"裏切り者"、お前に指図されるほど、我々は堕落していない。」
「いや、学校の全権持って壇上に上がってきてるんだが?」
やっぱりめんどくさい世話係が出てきたか。こいつ、俺がまだ家に居たときにも大分うざかった記憶がある。
「....なんだったか、八幡神だっけ?お前の名前」
「八幡真治だッ!二度と間違えるなこの裏切り者!」
怒号を浴びせられ、俺の体は無意識に萎縮してしまう。それを聞いていた生徒達は笑うもの半分、涙ぐむもの半分。誰か助けに来いよ。
「とにかくだ、玄関前に屯してないで速く入ってくれよ。生徒達が校門から出てこなくて困るんだが....」
「___兄様、あの人が来ておられません。」
時雨が、二人の間を遮って声を出す。真治や護衛達は一瞬、体を震えさせた。
「"春様"がまだ来ておられませんの。兄様、私どもに構わずご学友の皆様をお通し願いたいのですが。」
「し、時雨様!?あやつに易々と"兄様"など....」
真治の喚きを無視して、護衛達の横を通り過ぎると、俺は生徒達に向けて手招きをする。
「お前たち~、職員玄関に並んではいってこ~い。」