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安息と終日

太陽が夕日となって光が差してきた。

時は、用務員室から出て、最後の備品点検を行うところだ。これが終われば、今日の仕事は終了。さっさと終わらせてさっさと寝たかったので、雑っぽく点検し、そのまま30分程ですべてを終わらせた。

今は階段を降り、"自分の家"へと戻っている。この時間になると、吹奏楽部や合唱部の音がぶつかり合い、体育館や武道館では運動部の活動が始まっている。ここの廊下でも練習前の間走をしている生徒を見つけ、度々声を掛けられた。

.....時雨は、どの部活に入ったんだろうか?合唱部なら夏と同じだし、むしろ都合がいい。あんな約束してしまったのだから、どこかで関係を築けるホットラインを作っておきたいものである。そんな簡単に行くほど、この世界は単純でないことはわかりきってるはずなのだが、そんな願い事を心の中で唱えていた。

「....あ、時さん。もうご帰宅ですか?」

職員室前を通りかかっていると、扉から一夜秋が体を出してこちらに顔を向けてきた。

「ええ、そうですが.....また物でも壊れました?」

「あ、そういうわけじゃないんですが....」

バツが悪そうな顔をして、話を切り出す。

「うちの姉...保険教諭のことなんですけど、その人に"これ"を渡してくれませんか?今日の終わりに渡すはずだったんですが、忙しくて手が回せず.....」

すると、秋が取り出してきたのは学生カバン、主に教科書や道具類などを持ち運ぶためのものだ。察するに、下校後、生徒に渡すのを忘れていたことに気づいたから、保健室で預けさせたいということだろう。

「わかりました、では直ぐに行ってきます。」

断る理由もないし、何しろこんな頼み事は断れない。まあ、これでやっと終日を迎えられるのだから、請け負うことにしよう。

俺は体を180度ターンさせ、直線の連絡通路を歩く。

確かに職員室から保健室は遠い。職員室近くの空き教室を保健室にしてしまえばいいのにと思うが、立地的には生徒用階段が近いから運びやすいからここにしたのだろうか。

そんなことを考えているうちに、保健室までの分岐道を過ぎてしまった。すかさず戻ろうと後ろを向こうとすると.....隣の教室が目に入る。その中には、"夏"がいた。

「....アイツ、何してんだ。」

夏がこちらの視線に気づくと、身を隠してどこかに隠れてしまった。俊敏性だけは一人前だな。

こんなこと気にしてるほど暇じゃないので、無視して保健室の扉を開けることとした。あんな話をした手前、今日は余り話す気力がない。

「...あら?珍しい客面ね。」

「あ、ちいトキじゃん。」

中に入ると、真っ先に目に入ったのは"保険教諭"、そして、今日昼弁当に誘ってきた男子生徒の「横井朝」の姿だ。

「....カバンを届けに来ただけです。」

「あ、そう?まあ"あの子"のだし、持ってくるのも当然か。」

なにやら意味深な言葉を吐いてきた保健教諭の言葉に少し怪訝な顔を浮かべるも、詮索するのはよくないので、とりあえずは話を切り上げることにした。

「それで....お前、何したんだ?」

「俺?いや~、ちょっと6時間目に....」

話を聞くと、どうやら家庭料理実習の時に包丁を自分の指に入れたらしかった。傷は浅めだが、安静のため、保健室で休んでいるとのことだった。

「深く切らなかったことが救いよねぇ、最悪、感染症と大量出血で救急車呼ばないといけなかったし」

「お前、実習の評価高かったろ?急にどうしたんだ。」

「いや、大したことない理由だから....」

俺が質問を重ねるが、その答えを朝は話さない。何か、特別な理由があるのだろうか?

「わかった、保健室の外で聞いてやるから、とりあえず話せよ。」

「え、ちいトキに一番聞かれたくないんだけど」

唐突にそんなこと言い出す朝、その一言で、俺は大体察してしまった。メモ帳を取り出し、ボールペンでその"名前"を書きだした。保険教諭も、興味深そうにメモ帳を覗いてきた。

「....こいつ?」

俺はメモ帳に書いた"時雨を見た"という文字を指さす。朝は激しく頷き、俺の勘が当たったことを証明した。

つまるところ、朝は包丁を扱っている時ふと目に入った時雨に見とれて、そのまま指を....ということだろう。

「....次から気を付けろよ。」

それだけを言い残し、俺はやっと保健室を出た。なにか、メモ帳を見せてきたときに朝の顔がベッドに向いたのは気のせいだろうか。気にするのもアレなので、忘れよう。






「疲っかれた....」

家に戻って来た俺は、早速ソファーに寝転ぶ。今日はいつもの日と違い、大分疲労が溜まった。直ぐにでも気絶してしまいそうなほどだが、なんとか耐えて風呂に入る。

風呂はいい。体も温まるし、なにしろ癒される。仕事の終わりの風呂は、水道光熱費を上乗せしてまで入る価値があるのだ。

蛇口をひねり、風呂に温水をため込む。この時点で少しゆけむりが立ち始めて、肌を微妙に温めてくれた。

溜まるまで20分ぐらいか、その間寝落ちしないよう、何か他のことをしよう。ここで寝落ちしたら、水道光熱費がインフレーションしてしまう。

といっても、何もすることはないのだが....普通の学生とかなら、"友達"と通話するらしいが、如何せん俺は家出の身、気軽に通話できる友達などは全然おらず、なんなら連絡先もスカスカだ。持つべきものは友とはよく言われることだな。

そんな事を思っているのも時間をつぶす一つの手段なのだが、これじゃ流石に虚しすぎる。どうしたものか。

そうしていると、携帯から一つの通知音が鳴り響く。いや、通知音ではない。電話の発信音だ。

「....俺に電話をかけてくる奴もいるんだな。」

連絡先には、自発的に電話をかけてくるような奴はいない。電話番号が流出したとか?よくわからないが、携帯を手に取り液晶を見てみると、見覚えのない電話番号がそこにあった。

誰からの電話だろうか?俺は一度、電話に出ることにした。緑のボタンを横にスライドさせる。

「もしもし?」

「.....」

相手方からの反応はない。しかし、背景の雑音は聞こえる。システムの障害ではなさそうだ。

「....小檜山時、であっているな?」

唐突な言葉、俺は少し血の気が引いた気がした。なんで、こいつが俺の名前を知っているんだ?

「お嬢....時雨が、そちらの校に入学した。下手に手出しはするな、我々は常時、お前の事を監視している。」

「....ああ!お前___」

言いかけたところで、電話が切断されてしまった。正体破られたことを受け入れたくないからって、そんなわかりやすい行動しなくてもいいだろ。

といっても、困ったな。あの約束、やっぱ結ばないほうが良かったかもしれん。それか、バックれるか?いや、直ぐにバレてお叱り受けるな。それでも、小檜山家を敵に回すよりかはマシか?

そんなことを考えているうちに、風呂は半分まで沸いていた。

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