悶々と思い
私は【小檜山時雨】、今年で15を迎える予定の女子。
私は、親の勧めでこの「ヤグルマギグ私立高等学園」に入学する運びとなった。
実際、新入生歓迎式の時にも超絶なパフォーマンスで、皆からの熱狂的な歓迎を受けたとき、自然と一瞬だけ「ここを目指してよかった」と思っていた。父が「中途入学試験の方が、時雨にふさわしい試験だと思う」と言われたのも、このためなのかもしれない。
一緒に新入してきた一夜春さんとも、とても仲良くしている。半日の間で、これほど仲良くなれる人が居たのは、今まで家族や親戚以外では初めてだった。だからこそ、学園生活が楽しいと思った。
...."あの人"がいることが、一つの悩みだけど。
「春様は、今から学食に行かれるのですか?」
「ん~?そうですよ~。なんなら、ご一緒にいかが?一人で食べるのも少し面白みがないので....」
「いいのでしょうか?でしたら、是非ご一緒にご食事いたしましょう」
私は一夜春様とのご食事を共にできることとなった。ご学友との食事、という、私にとっては初めての体験に、少し胸が躍っている。ダメだ、落ち着かないと春様にご迷惑をかけてしまう。"私らしく"、少し落ち着かないと。
私と春様は、教室を出て連絡通路に飛び出した。そうすると、廊下で友人と話していた生徒から直ぐに注目を受けた、その次に連絡通路を移動していた生徒達からも、より大きい視線を浴びる。
「かわいいよねぇ....ほんっと、美人揃い」「夏さんの妹分だよね?でもなんかにてないよなぁ~」
「あの人達とご一緒したいなぁ....」「お前じゃ相場以下だろ~」「でも少し秋ちゃんと似てない?」
学園生徒達の声が、透き通って聞こえる。外見をあまり見たことがなかったが、春様はどうやら秋さまと似ているらしい。秋さまはかわいらしい人で、それでいてカッコいい。春様も、いつかあの人のような人になれるのだろうか。
そんな事を考えていた時だった、一人の生徒の声が、私の耳に痛烈な攻撃を加えてきた
「ちいトキと時雨さんって、やっぱ仲いいのかなぁ~?」
その打撃を加えられ次々と、【時】という言葉が私の耳に入ってきた
「でもちいトキって、小檜山の家を捨てたんじゃなかった?」「え~?あんな名家もったいない!」
「家族間のもつれって聞いたな」 「俺は単なる家出が長引いたって聞いたな」
「ちいトキって悩みもなさそうだし人当たりいいよね、でもなんで家を捨てたんだろう?」
....やっぱり、"時"はこういう人間だ。常に猫をかぶって生きている。私の前でも、いや、誰の前でも本当の自分を隠している。本当の自分をさらけ出そうとしない"兄"だ。
「そういえば時雨さん、兄がこの学園にいらっしゃるって本当なんです?結構噂が立っておりますし。」
唐突な春様の質問、私は少し言葉に詰まるも、何時もと同じ回答を返す。
「.....正確には兄ではありません、もう縁のない他人です。」
「ねえ!食堂にあの二人いるって!」「おや、例のお二人?これは写真に収めねば....」
「はぁ~....眼福」「お前、そこまで行くと流石にキモいぞ」「その写真1000円で買ったッ!」
何時ものように二人を一目見ようと、民衆もとい令嬢子息が群がってくる。もはやこの規模は暴動に相当するほどだ。そのような状況に陥っても、二人は箸を進めながら話を続けていた。
「春様には5人姉妹に生まれたのですね。」
「ええ、皆さまそれぞれに個性があって、楽しいですよ。両親からも、私たちのことを信頼して、尊重していただいています。」
当の時雨は春との会話に夢中で、弁当にはほぼ手を付けていない。当人はそんなこと気にしていないらしいが....
「時雨さんのご両親はどうだったのですか?」
「とてもかわいがられて、楽しい家庭でした。兄弟姉妹や、親戚からも愛されて楽しい日々を過ごしています。」
そう答えると、なぜだか春様の表情が一瞬暗くなった気がした。しかし、瞬きをしたときには元の顔に戻っている。どうやら私の勘違いだったらしい。
....そうだ、そういえば、今度本家で宴をやるんだ。これを機会に、小檜山家と一夜家の接近を図りましょう。そうすれば、両親も喜んでくれるはず。
「....そうだ春様、今度私の家で宴をやりますの、ぜひご家族とどうですか?」
「いいですね!僭越ながら行かせてもらいたいです」
前向きな回答、良好だ。この調子なら、春様との友好もさることながら、一夜家全員の距離も縮めることができるだろう。
.....何か、生徒の皆様が羨ましそうな目で春様を視ているのは気にしないようにしよう。
「なんかちいトキいるくね?挨拶かな」
___時、その言葉が再び耳につんざいてきた。
時という言葉を先ほども痛いほど聞いてきた。しかし、今回は違う。明確に「時がいる」ことを示唆している言葉だ。
「,,,,あら、時さまがいらっしゃっているようですね」
春様が、興味深そうに奥の方を眺めた。私もつられてその奥の方へ視線を向けた....が、その時には既に、彼は後ろへ歩いていた。少し小走りに歩いていることが、容易にわかった。
"どうせ、また小檜山の家を避けているのだろう"
"桐の兄様"に言われたその言葉が、自分の頭を殴ってくる。
確かに彼は逃げた。人格も変わった....血はつながっていても、温かみはもう既になくなっている。
....こんなこと、考えるのは人間としては異常かもしれない。しかし、小檜山家の人間としては、もう既成事実なのだ。
なぜ、こんなことになったのだろうか。そんなことを考えても、今更それを変えることはできない。だからこそ、私はこう言うしかない。
「....もうすでに他人なんですよ、春様」