悪役令嬢は一足先に卒業した
シモン王子は、幼い頃からの私の婚約者だった。
春には桜の園でピクニックを。
秋には月明かりの下でダンスをした。
私の中は、彼との思い出で溢れている。
けれど、王立学園に入学すると、すべてが変わってしまった。
彼は下位貴族の令嬢に誑かされて享楽的な生活を送るうちに体を壊し、ついには病魔に襲われた。
余命は半年と、医師は宣告した。
まだシモン王子を愛していた私は、魔法の国と言われている遠い異国ロストークからの留学生、ルミール王子を頼った。
銀髪に赤い瞳が印象的なルミール王子は、真面目で誠実な性格で、私の友人でもあったから。
「ヒルダ、僕が魔法を使ってシモン王子の余命を伸ばすことはできる。でもその代償に、君はシモン王子のことを忘れることになる。それでもいいかい?」
「………………ええ。お願い」
魔法の代償は残酷なものだった。
けれど、それで彼が助かるのなら――
卒業式と卒業パーティーの一週間前。
ルミール王子は、私に魔法をかけた。
***
「ヒルダ・ノルドマンはどこだ! 貴様がフレヤに嫌がらせをしていたことはわかっている! 早くこの場へ出てこい!」
「ヒルダなら、一足先に卒業した」
宴もたけなわの卒業パーティーを台無しにするシモン王子の怒声に、僕は返事をした。
勿論親切心からなどではなく、わからせるためだ。
美しく心優しいヒルダは、お前の前から永遠に消えたと。
僕は薄く笑った。
「婚約破棄でもするつもりだったか? 生憎、彼女と君の婚約はもう破棄されている。ヒルダはこのままロストークへ行き、僕の花嫁となる。その準備のために彼女は卒業を繰り上げ、今日は欠席している」
「なっ……嘘を吐くな、ルミール王子! あいつは俺のことを……」
「花嫁が待っているので、失礼する」
随分前から僕はシモン王子の不貞と行き過ぎた暴虐な振る舞いを調査し、国王とノルドマン公爵双方に告発した上で、ロストークの王子として正式にヒルダに求婚し許可を得ていた。
シモン王子の記憶をなくしたヒルダの心に入り込むのは、容易かった。
馬車で待っていたヒルダは、僕にほほえんだ。
「用事は終わった?」
「ああ。もう何も心配することはないよ」
シモン王子は魔法で一時的に余命を伸ばしたが、それもせいぜい一年程度。
再び病魔に侵されても、救ってくれる優しいヒルダはもういない。
「ヒルダ。春も、夏も、秋も、冬も、ずっと一緒にいよう」
「ええ、ルミール」
愛しい君の中を、これから、僕で埋め尽くす。