第六十七話 人の身で出来ること
「作戦を説明するぞ。この機体はミナミが操縦、俺は降りて買ったばかりのコイツで不意打ちを仕掛ける」
『乗りたくありませんね、その作戦は』
「本気で言っているなら正気を疑うっスよ」
仲間の二人から冷たい視線を浴びつつも、傭兵は問答無用と言わんばかりにハッチを開けた。ある程度分解してコックピットに収めていた対物レールガンを取り出し、機体の上で組立始めた。
『ああもう、上手くやってくださいよ!』
「多分増援が来るぞ、俺の勘だがな」
『レンヤとカナミのためにかき回す気ですか?』
「戦況を見て考えただけだ、助けなきゃいけないのは二人だけじゃないしな…」
歩兵が行う対人型兵器戦闘というのは、戦車を相手にするよりも厄介な場合がある。それは今回のような市街戦であり、あまり正面切って戦う気にはならない環境だ。戦車と違って装甲の裏に弱点があるわけではなく、四肢に命中しても即座に致命傷となることがない。
『振動増加、言ったとおりに増援が来ましたね』
「タンクデサント…いやメックデサントか、どこからともなく現れた歩兵はコイツらに乗って来たんだろうさ」
「どう分担するっスか、正直近接戦は苦手で」
「子供を連れて区画の外、俺の仲間が居る方向へ逃げろ。連絡は入れてやるから、一時的には匿ってやれるさ」
ミナミが傭兵の頭を一発ぶん殴った後でコックピットへと滑り込み、彼は側頭部を押さえながら膝をついたとはいえかなりの高さがる機体から飛び降りた。防弾装備の性能に物を言わせたものではなく、彼自身の身のこなしで衝撃は大きく緩和されていた。
『…連絡は入れてあげますけど、その分働いてもらいますよ』
「ハイッス!」
『全く、これでマスターが死んだら恨みますからね…バックアップも最近とってないし…』
「え?」
『あ、お気になさらず』
二機の秋月を囮に、傭兵が奇襲を仕掛ける。敵で警戒すべきは特務仕様の外套付き、それ以外は特に強くもない。無論そこらのザコよりか優秀だが、それでも中の下といったところだ。しかし電波妨害は先ほどよりも少しマシになっている、外套付きは少し距離を取ったらしい。
「敵の数は?」
『恐らく増援が三ですね、先ほど処理したような第一世代に第二世代の装甲を被せた改造機かと』
「ガワだけマシになっても、中身がオンボロじゃ幾らでもやりようはあるさ」
彼は戦闘によって外壁の一部が壊れた建物の中に入り、日の当たらない箇所で息をひそめた。ミナミから共有される情報を頼りに敵を待つが、人型兵器の足音はすぐ近くにまで来ている。数は三機、第一世代とはいえ手に持つ火器はこちらを一撃で殺せることを忘れてはならない。
「この通りに三機が入ったらぶっ放せ、外套付きは?」
『この場を離れたようです、カナミ達の方に向かった可能性がありますね』
「特務部隊の目的が何なのか分からんが、どうせレンヤが連れてる連中が絡んでるだろ。見るからに怪しかったしな、なんかあるぜアレは」
『あるでしょうね、あの空気は』
増援として現れた三機は秋月の駆動音を聞いて大通りの一つへ到達したが、彼らを歓迎したのは対戦車ミサイルだった。秋月の右肩部に搭載された四連装ミサイルポッドによるもので、直線的な軌道を描いて先頭を歩く機体へと突進する。
『ご注文通りぶっ放しましたが、これは…』
「どうした」
『盾です、古典的なものですが有効ですね』
ミサイルに使われている成形炸薬弾だが、機体に直撃すればある程度の損害を与えることが出来る。だが盾によってその威力は大きく減衰させられてしまい、機体側への被害はほとんどなかった。だが目くらましにはちょうど良く、傭兵は対物レールガンの出力を最大にまで引き上げた。
「正面ばっかり見てていいのかい、市街戦は素人らしいな」
最後尾を歩く機体の背中にあるコックピットハッチに向け、窓枠から身を乗り出して三発ほど打ち込む。ハッチの上から装甲が被せられていだが材質は単純な防弾鋼であり、この近距離から放たれたレールガンには紙同然だ。放たれた弾丸はパイロットにまで届いたのか、機体は不自然にふらついた後、機体側のバランサーがそれを抑え込み始める。
「じゃ、コイツは頂くぜ」
歪んだハッチの固定部品を単分子ナイフで切断し、コックピットから死体を引きずり出して地面に放り投げる。計器が血だらけだがなんとか動く、傭兵は手始めに操縦桿のトリガーに指をかけた。最後尾に位置しているこの機体であれば背中を撃ち砲台だ、ミナミの陽動によって他の機体は後ろを振り返る余裕もない。
「撃ちやすくって助かるのなんのってね」
半ば押し付けるようにして発射された機関砲は列の真ん中に居た機体の背中を引き裂き、動力源である燃料電池をも破壊した。それにより爆発と火災が発生するが、お構いなしに蹴り倒して戦闘の機体を撃つための射線を確保する。
「ナイスだ、協同撃破だな」
『そんな機体鹵獲して何に使う気ですか』
ミナミの問いに答える前にナイフを取り出し、通信機の類を破壊した。アンテナも電源を切り、外部との連絡手段を絶つ。
「第二の囮さ、これで俺がこの機体を鹵獲したのは外套付きにも伝わった」
『我々が第一の囮で、更にこちらの作戦を気、取られないよう第二の囮を使うと』
「戦って分かったが奴は強い、念には念を入れてさ」
敵の増援を処理した傭兵達は、狙われているであろうレンヤ達の方へ向かう。彼らが敵歩兵に囲まれれば対処できなくなる、地下が無事なのも少しの間だけだろう。敵が侵入してこないはずがないが、残念ながらそう簡単に全員が逃げ出せる隙などなかった。
「レンヤ達が逃げる隙を作りつつ、外套付きをぶっ倒して、それから誘拐されたっていう孤児を探す。これでいいか?」
『出来たら苦労しませんがね!』
「いいだろやれば、そういうもんだよ」
傭兵はコックピットハッチのない機体越しに笑い、周囲に現れない外套付きの動向に疑問を浮かべていた。こちらが策を弄する前に勝負に持ち込まれれば厄介なことになっていたが、なぜあのタイミングで離脱したのだろうか。そして今も現れず、何処かで待機している。
「特務仕様機が何をしようとしているかは分からん、が…」
『倒せば同じですよ』
「出来たら苦労しねぇよ」
『そっちが言ったんでしょうが!』




