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第六十六話 人と巨人と

 市街地で派手な近接戦を繰り広げるのは、傭兵が駆る第二世代機こと秋月だ。頑強な四肢から放たれる一撃は重く、掴み合いになってもトルクで勝る。隙を最小限にするため肩や肘で一撃入れ、敵の体勢が崩れたところに攻撃を集中するのが彼の戦い方だ。


「そらっ…固いな、一応40mmだぜ?」


『見た目こそ第一世代ですが、装甲は第二世代機ですね』


「ならまあ、こっちでやるか」


 ライフルを手放し、胸部の下側に設けられた武装コンテナを開く。そしてその中からナイフを引き抜き、そのまま敵機の胸部へと突き刺した。単分子の刃は分厚い装甲とフレームを容易く貫き、機体へと致命傷を与える。敵は見た目のボロさとは裏腹に手の込んだ性能をしていたのだが、傭兵の前では意味をなさなかったようだ。


「あと何機だ、サッサと始末してレンヤの援護と誘拐されたっていう子の回収に…」


『観測している範囲では三機、なのであとは二機ですね』


「先輩!助けて下さい、不味いっス!」


「待ってろー」


 フジカネを襲う敵機を後ろから刺し、燃料電池と電装品をひとまとめに破壊する。すると燃料タンクから漏れ出た水素と酸素がスパークによって引火し、哀れな敵は内側から装甲を捲り上げつつ吹っ飛んだ。


「安物じゃなかったらしいな、二回目まで使えるとは」


 あらゆる物理的な装甲を貫通可能なポテンシャルを持つこのナイフだが、非常に繊細でもある。極限まで薄く研ぎ澄まされた刃は耐久性に難があり、下手な方向から力をかければ一発でへし折れる。傭兵は使い物にならなくなったナイフを敵機の残骸に向かって投げ捨て、銃を拾いなおした。


「た、助かりました…ホントに…」


「見た目に反して頑丈だからな、まあ共同撃破ってことで気にするな」


「気にしますけど、あの…地下に避難を先輩の後輩が手伝ってくれたんスよね?」


「そうらしいな」


 レンヤ達は一度地下通路へ戻ったが、敵が歩兵を展開し始めたことから地下も安全ではない。移動する必要があるのだが、残念ながら安全な場所など現状ない。ならば作れば良いだけだ、それにこの区画は孤児達の庭でもある。


「ここを出たら、お礼を言わないといけないっスね」


「それは気が早…」


 機体のレーダーが飛来物を捉え、傭兵は咄嗟に回避するか装甲の分厚い箇所で受けるかを思案した。しかし物体の速度が砲弾よりも明らかに遅いことから、違和感を覚えて回避した。その判断は正解であり、避けられたことで建物に突き刺さったそれは、太い柱を粉砕した。


「珍しい物を使ってくれやがる!」


『成形炸薬弾を仕込んだHEATナイフですか、廃れたものだとばかり』


「廃れるもなにも、物好きしか使ってねえよあんなの」


 機体を覆う外套のような布をはためかせ、特務仕様機が建物の影から現れる。四肢の動きは外套によって遮られて見ることができず、単純な読み合いでは秋月が不利だろうか。脳波制御による動作の柔軟さでは勝るが、相手はこの星で人型兵器狩りをして来た熟練者だ。


「で、その物好きは大抵ひねくれものさ」


 再度飛来したナイフをライフルで迎撃し、その奥に居る敵を撃つ。しかし敵機は建物の影へと隠れてしまい、有効打にはならない。だが隠れるのであれば追えばいいだけのこと、アイギスは再度跳躍した。そして近接戦の間合いになり、先手を取ったのは特務仕様機だ。


「もし刺されたら不味いな、コイツの装甲でも耐えられるかどうか…」


 敵機の突き出したHEATナイフを手の甲で外側へと受け流し、腰だめに構えたライフルを精度など気にせずにぶっ放す。敵機を覆う布は防弾装備と同じ繊維で構成されているようだったが、流石に砲弾が相手では紙一枚と同義である。


「有効打になってねぇや、数発じゃ無理か」


「先輩!」


「こっちは抑える、フジカネは別の機体を潰せ!」


『私の補助があるんです、さっきみたいな醜態は許しませんよ』


 ナイフは見切られたと判断したのか、特務仕様機は別の武器を構えた。それは戦車砲の砲身を短く切り詰めたもので、まるで散弾銃かのような外装を持っていた。その威力は秋月であっても無視は出来ないためか、傭兵は背中の機関砲タレットで牽制しつつ、建物の影へと逃げ込む。


「弾は何を撃ってくる、徹甲弾ならこの程度の建物なんて豆腐もいいとこだが…」


 傭兵が危惧したものとは異なり、敵の砲口から放たれたのは無数の矢だった。金属製のそれはフレシェット弾と呼ばれ、貫通力を有した散弾である。どうしても装甲化できないセンサ類や関節部など、弱点が多い人型兵器に対しては有効な弾種といえた。


「それならまあ、一回や二回は喰らっても即死はない!」


 散弾の雨に萎縮することなく、建物から半身を出して機関砲を撃つ。しかし相手もまた傭兵の攻撃を警戒し、建物の間に隠れては間から撃ってくる。互いに決定打に欠け、精神力と体力を大きく削る戦いが始まった。周囲への土地勘は双方無いが、傭兵は持ち前の経験、特務仕様機のパイロットは地上から地下までも網羅した最新の地図でもって相手を睨む。


「埒が明かないな、それに時間を稼がれて困るのはこっちか」


『特務仕様機はかなり高度な電子戦能力を持つようです、電装品に手を加えていない秋月では太刀打ちできませんよ』


 恐らく強力な電波妨害も発信源は目の前の機体だろう。その証拠に、妨害の被害はあの期待に近づくほど大きくなり、遠ざかるほどノイズは減っていく。あらゆるセンサが目の前の敵から以上の数値を読み取っている、この状況でよくも無事なものだ。


「つまりだ、敵からすればアイツが撃破されるわけには行かないってことか」


『かもしれません』


「ちょいとつつくか、援護が出来たら頼むぜ」


憎き特務仕様機に引導を渡すべく、傭兵は一計を案じることにしたようだ。それが果たして有効なのか聞くよりも前に、ミナミは無茶をする気に違いないと感付いたのは、長年連れ添ってきた相棒であるが故だろうか。嬉々としてコックピットハッチを開ける彼に、多少の心配は無用なのかもしれない。


「機体が警戒されてるんだ、生身で仕掛けよう」


『…自殺行為って言うんですよ、それ』

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