第六十五話
どうにか地下通路に逃げ込んだレンヤ達だったが、所属不明機は彼らをどうにか捕えようと地上を徘徊していた。巨大な人型兵器の足音に怯えつつも、いつ通信機を使うかで悩んでいた。地下では電波が届かず、どこかで外に出なければならない。
「すげー、姉ちゃんホントにアンドロイド?」
『ふふ、人間にしか見えないでしょう』
その地下にメンテナンス用として設けられたであろう一室では、逃げ遅れた孤児たちと、明らかに怪しい防護服姿の一団がそれぞれ固まっている。カナミは孤児たちの相手をしているが、レンヤはもう片方と何やら込み入った話を始めていた。
「…貴女が器材を自称したのは、ソレのせいですか」
「ええ、まあ」
情報の共有を申し出た防護服側の代表者はガスマスクを外し、素顔を晒していた。その身体的特徴はどういうわけか見覚えのあるもので、それを見たレンヤとカナミは更なる情報を得るべく会話を続けていた。
『白い髪と肌、色素が薄いのね』
「製造過程での初期不良だと聞いています」
人間が産まれる際のことを製造過程とは言わないだろう。彼女はミナミから得た知識の中に、クローン技術を応用した人造人間の項目があることを思い出したが口には出さなかった。傭兵が保護しているアルビノの少女も、もしかしたら出自を同じくするものなのだろうか。
『…それに後頭部に無理矢理埋め込まれた外部接続用デバイス、脳波制御を行うための機材みたいね』
「良くご存知で」
『まあちょっと、詳しい先輩が居たのよ』
後頭部から突き出したデバイスはかなり大きく、頭蓋骨や脊髄にも手が入っているようだ。緊急停止スイッチなるものまで取り付けられており、押したらどうなるのかは考えたくもない。
「え、脳波制御って…」
そんなことをしなくても出来るのではないか、そう言いかけたレンヤは慌てて口を塞いだ。そうしていないのには何か理由がある筈だ、事情を知らない身で言うことではない。
「すみません、見苦しいものを」
「いえ!そういうわけではありませんので!」
『コイツは傷の状態を見て驚いただけよ。デバイスは関係ないし、それじゃあ痛むでしょ』
そう言ってカナミは誤魔化しがてらに痛み止めを彼女へと手渡す、小さな容器には数錠の錠剤が収まっていた。頼れる彼女のフォローにレンヤは感謝しつつ、平静を装った。
「免疫力が弱いらしく、この有様です」
「ここを出たら治療を受けましょう、乗ってきた船に船医が居ますから」
「…対価など、あまりありませんが」
「訳ありなのは分かってます、僕らも防衛隊とは少々因縁があるので」
『故郷を焼かれかけてるのよコッチは、運が良かったわね』
対価は情報で良いわよとカナミは言い、それを聞いた彼女は少し笑った。未だに癒えぬ手術痕は酷く荒れており、その施術のためか乱雑に短く頭髪も合間って非常に痛々しい。
彼女の仲間も同じ施術を受けていたが、まだ幼い数人にはメスが入っていなかった。脱走したのは少女達を守るためなのだろうとカナミは独りごちた。
「では…」
「待ってください、音が変わった」
人型兵器の歩行音が激しくなり、爆発と思わしき振動が部屋を揺らす。レンヤは上で何が起きたのかを数秒考えた後、戦闘が発生したと結論付けた。誰が誰と戦っているのかも分からないが、今の状況では利用できるものは利用しなければならない。
「カナミ、通信機を使おう」
『上ではドンパチよ、本気で言ってるわけ?』
「今なら監視の目も緩いかもしれない、隊長と教官ならこの状況でもなんとかしてくれる…筈」
希望的観測だが、何処かで助けを呼ばなければ孤立したままだ。二人は意を決してメンテナンス用の縦穴を使い、地上へ出てみることにした。孤児と脱走者達に簡単な説明をした後、梯子に手をかける。
『私が先に行くわ、撃たれたらよろしく』
「アンドロイドだからって前に立ちたがるのはどうかと思うよ、装甲はこっちのほうがある」
『センサではこっちが上よ』
梯子を上り、地上と面したハッチを開く。音はするものの、運よく敵影は周囲に無かった。素早く建物の影に駆け込んだ二人は銃を手に警戒を続けていたが、彼らが有するセンサーは敵の存在を検知していた。簡単に逃げられはしないようだ、レンヤは借り物のライフルを構え直した。
「人型の歩行音に…何か混ざってる」
『こっちで解析するわ、気になる箇所を教えて』
音声解析機能のインターフェースを視界に投影し、表示された波形から気になる瞬間を選択する。カナミが雑音を消し、彼が気になると言った部分から奇妙な波形を取り出した。
『出来た、再生するわ』
そうして抽出されたのは人型兵器のものよりも遥かに小さな歩行音、しかし逃げる人々にしては規則正しく重量がある。
「…歩兵だ、敵は歩兵を投入してる!」
『猶予はないわね、通信機使うわよ』
「やってくれ」
カナミが通信機に自身を繋ぎ交信を試みるが、それは敵にも伝わった。暗号化はされていて内容こそ筒抜けではないが、発信源は特定されてしまう。彼らにとって運が良かったのは、一瞬で駆け付けられる距離に仲間が居たことだ。
『不味いわ、人型がすぐ近くに…』
「通信を見て驚いたぞ、こんなところで何をしてんだ?」
「教官!?」
路地の間から狭そうに機体を擦りながら出てきたのは、横に広い体格を有した人型兵器だ。その機体の外部スピーカーからは、やけに聞きなれた声がした。
「まあ詳しいことは後だ、協力してここを乗り切るぞ」
「了解です」




