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第六十三話 スクランブル

「準備終わり、出るぞ!」


『すみません、シャッターを開けて下さい』


「わっかりました!」


 二機の人型兵器、買ったばかりの二四式秋月が格納庫の外へ出る。脳波制御にも対応させたことで、彼らの動きは滑らかなものだ。相性の悪いOSにより不当な評価を受けていた面影はなく、勇ましく武器を構えて見せた。


「お客さん。敷地外に出たら火器のロックは解除されますが、何かしたらそこらじゅうの治安維持隊機が殺到しますからね!」


「分かってる、ありがとう!」


 この機体は脚部に搭載されたタイヤを使い、滑るように移動することが出来る。大通りの人型兵器用通路へと飛び出し、周囲の機体を追い越してスラム街へと急ぐ。傭兵の乗る機体のコックピットにはミナミの姿はなく、彼女はフジカネの後部座席に収まっていた。


『あまり考えすぎないで下さい、今はマスターの後を追えば問題ありません』


「そ、そうは言っても!?」


『慣らし運転をする時間なんてないんですよ、ほら集中!』


 脳波制御はそこらの人間でも簡単に人型兵器を扱えるようにする劇薬のような代物だが、何の設定もしなければ機体と自分の肉体のギャップを埋められず、その場で転ぶ。そのギャップを荒療治にはなるが、動かしながらミナミが埋める。


「そう遠くはないか、このままスラム街の区画に突っ込むぞ」


「え、ちょっと!?」


『飛び降りますよー』


 形が不揃いな橋脚の上に立つ道路から飛び降り、そのまま明らかに整備が追い付いていない雑多な区画へと突っ込む。幅のある機体では少々キツイが、この町の建設が人型重機によって行われているであろうことから、道を選べば移動は出来た。


「…待て、これは」


『電波妨害、いえ電磁波攻撃ですね。最低限の防御しかない電子機器は今ので吹っ飛びますよ』


「機体の方はそこまで影響無さそうだな、このまま行けるか?」


『多少の性能低下はありますが、市街地の交戦距離では然程大きな問題にはならないかと』


「え、え?え!?」


 機体に搭載されているセンサーの一部が異常値を示し、そのまま戻らなくなる。そして傭兵は手慣れた様子で幾つかのスイッチを叩くが、フジカネは状況を吞み込めていない。そして爆発音と思わしき波形までもマイクが拾う、これは大事件に違いない。


「何か起きたか、今回の誘拐と関係はあるかどうか…」


『あったとすれば、大いに面倒ですね』


ーーー

ーー


 遡ること少し。普段とは違う服装に身を包んだ男と、二人目と数えたくなる程に精巧なアンドロイドが街を歩いていた。


「うーん、やっぱり人が多い」


『ミナミにマップデータは共有してもらってるわ、何処に行きたい?』


「取り敢えず何か食べようかな、折角休みを貰ったんだしさ」


 中央工廠の周囲に広がる街へと繰り出していたのはレンヤとカナミ、治安維持隊のエース二人組だった。パイロットは船を守るために誰かが居なければならない都合上街へ出る機会は少なかったが、それでも無いわけではない。


『あの教官サマは連日この街で過ごしてるみたいだけど』


「正確にはこの街の外でだろ、まさかあの機体が壊されるなんて…」


『あの人は相変わらず危ない橋を渡ってるみたいね、レンヤは真似しないで欲しいわ』


「しないし出来ないよ」


 レンヤは交易拠点に居た時とは違い、治安維持隊の制服に袖を通してはいない。代わりに傭兵が宇宙船から持ち出した最新式の防弾装備に身を包んでおり、格納式のフード型ヘルメットが特徴的だった。彼も久しぶりの教え子に対し、色々としてやりたい気持ちがミナミ同様にあるのだろうか。


『まあいいわ、ご飯ならこの先のお店に行きましょ』


「何か検討が?」


『ミナミがメモ付きで残してる飲食店の座標があるの、気にならない?』


「確かに!」


 二人には治安維持隊の給与と陸上艦迎撃作戦における特別手当があり、多少物価が高かろうとも贅沢が出来るだけの蓄えはあった。二人は飲食店に立ち寄り、パンに似た何かに甘く少し塩辛いクリームを塗ったものを買った。


「これ美味いけど、なんか凄い味だ」


『一人分で良いって言ったのに、私の分まで買っちゃって』


「一緒に食べたかったんだ」


『…貰っとくわね』


 カナミの劣化と損傷が激しかった身体は完璧に近い形へと修復され、人工皮膚も新しい物に張り替えられていた。それは傭兵の船に搭載されていた機材を利用したことによるもので、ミナミが焼いたお節介の一つだ。


『次は何処に行くの?』


「このまま市場を回ろう、何かあれば買って…」


 周囲を見渡した彼は市場に繋がる道に目を向けた瞬間、耳を覆うヘッドセットの遮音機能が有効化された。振動に二人は体制を崩したが、周囲の人々は耳を抑えて蹲っている。


「な、にが?」


『分からないわ、兎に角通信を…』


 カナミは通信機を使おうとするも、装備している機器のほぼ全てが不調を訴えていることに気がつく。ミナミが手を加えた身体の内部こそ無事だが、外部に搭載した機器は全滅に近い。手に取った通信機は軍用グレードの筈だが、うんともすんとも言わなくなっている。


「電波妨害どころじゃない、相当強力な電磁波攻撃だ」


 同じく防弾装備の不調を感じた彼だったが、身を守るためにフード型のヘルメットを展開する。すると電磁波の影響によってか、再起動中という表示が網膜に投影される。流石は最新型、ダメージは殆どないらしい。


『通信機器がやられたわ、外付けの装備は全滅』


「治安維持隊の避難誘導に従おう、きっと人型が急行してくる筈だ」


『…で、何する気?』


「遮蔽物が無いと危険だ、周囲の人だけでも誘導する」


『お人よしなんだから、まあ手伝うけど!』


 先程の爆音がなんだったのかは不明だが、耳栓など身につけている筈もない市民達への被害は甚大だった。二人はそんな彼らに駆け寄り、物陰へと誘導し始めた。


「こっちです、皆さんこっちに!」


『ひとまず物陰に隠れて、まだ何かあるかもしれないから背を低く!』


 耳の不調を訴える人々とコミニュケーションを取ることは難しいが、それでも誘導はある程度上手く行った。レンヤが治安維持隊員として一通りの訓練を受けていたということもあるが、混乱の中藁にもすがる思いで市民達が従ったというのも大きいだろう。


「…振動は聞こえるけど機体が見えない」


『近くに来てるならいいわ、下手に動かずに救助を待ちましょ』


「違うんだ、振動が近づいてこない」


『無人機が飛ばせたら見られたけど、さっきのでオシャカよ』


 こうなれば振動がする方に行ってみるしか無い、レンヤは護身用に持って来ていた拳銃に弾倉を叩き込んだ。安全のために薬室には弾丸を込めなかったが、使う可能性を考慮したようだ。


「行ってみよう、カナミはここを頼む」


『ツーマンセルが基本でしょ、一人で何する気よ』


「見てくるだけだよ、それにコレがある」


 そう言って再起動を終えた防弾装備を手で叩き、建物の陰から出た。そして周囲を見渡した瞬間、先程と同じ轟音が鳴り響いた。そしてそれと同時に建物が崩れるような音も聞こえたが、それはヘッドセットが爆音を処理した上でレンヤの耳に音を届けたからだ。


「…何が起きてるんだ、ここで」


 装備のお陰で難聴にならずに済んだ彼は救援を求めるために走り出し、区画を一つ過ぎようとした所で巨人の影を見た。それは見慣れた青い塗装に身を包んでいたが、どうにも周囲を警戒しているようだった。


挿絵(By みてみん)


「中央工廠の治安維持隊機!」


 ヘルメットの画像認識機能が作動し、目の前の機体がデータベースから検索される。そして合致したのは第二世代機の中でも構造が単純で安価な機体であり、同じ世代でも彼が知るアイギスとは何もかも違う外見だった。彼が両手で手を振ると、機体は頭部を向けてスピーカーから声を発した。


『止まって下さい!』


「は、はい」


『申し訳ありませんが、この区画は防衛隊からの要請により封鎖されます。封鎖が解かれるまでは待機をお願いします』


 救援は望めないらしい、レンヤは不可解な現状に顔を顰めた。外部スピーカーで音質は落ちているとはいえ、機体のパイロットも明らかにこの状況に困惑していることが分かったからだ。


「先ほどの音で耳をやられた市民が多く居ます、どうにか…どうにかなりませんか?」


『すみません、誰も出してはならないとの指示です』


 大型トラックが来たかと思えば道路を塞ぐように鉄板のような物が並べられ、瞬く間に壁が出来上がっていく。本当に誰も出さない気らしい、こんな物を負傷した市民達に見せればパニックを起こすことだろう。


「これは…」


『すみません』


「本当に逃げられる場所はありませんか、治安維持隊が動けないなら僕が動きます」


 身分を隠しているとはいえ、彼もまた治安維持隊員だ。レンヤの覚悟を見たパイロットは機体に膝をつかせ、スピーカーの音量を下げて話し始めた。


『…もし貴方が誘導して下さるのなら、52番通りに向かって下さい。区画内に治安維持隊の施設があります、他の場所よりは良いかもしれません』


「分かりました」


『感謝します、誰から聞いたのかと言われれば五番隊のA04とお答え下さい』


 耳を劈く爆音に電磁波攻撃、何が起きているのかは全くもって不明だが良くないことが起きていることだけは分かる。レンヤは得た情報を伝えるべく走ったが、この区画での戦いが思わぬ方向へと加速していくとは思ってもみなかったのである。


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