第五十九話 弓と銃
「弾くのは無理、逸らすのも無理、避けるしかねぇ!」
『ああもう、射程外から撃てば楽に終わるでしょうに』
「塹壕の制圧が任務だ!」
傭兵の機体はパイルドライバーが放った杭を横に跳んで避け、銃の引き金を引く。第二世代機の装甲相手に30mmでは分が悪い、かなりの数を叩き込まねば致命傷にはならないだろう。
「これ以上近付くのは不味いな、この機体じゃ避けられなくなる」
『ですが接近戦に持ち込まないと敵の強みは潰せません』
「だな、隙を見て突っ込むしかない」
奥の手と言えるロケットモーターを装備しているが、相手にまだ見せていない。隙を見て一気に距離を詰める必要がある、この距離での戦闘を強いられているのには変わりないのだ。思ったよりもあの弓は脅威だったと、傭兵は敵への評価を一段階引き上げた。
「連射が効かないのは見て分かる、問題は近接戦だが…」
『来ますよ』
敵機の放った矢が掠め、装甲表面の塗料が剥がれる。直撃さえ避ければ良いという傭兵の大胆な回避だが、相手はそれを予想していなかったようだ。互いの読み合いが産んだ好機を逃さず、傭兵は前へ出る。
「こっからが本番だなァ!」
トバリカスタムは手に持ったライフルが弾切れになるまで引き金を引き続け、流れるように拳銃へと持ち替えた。相手が射線を切るために塹壕の中へ逃げ込むまで、その僅かな時間で最大限のダメージを与えたのだ。
「どうだ?」
『あまり効いていないようですが、上半身に集中して命中しています。なんらかの装備を破壊した可能性は大いにありますね』
「感触が軽かった、アイツはまだピンピンしてるさ」
予備の弾倉を取り出して銃の再装填を行いつつ、機体のセンサーで周囲を見る。塹壕の中で何をする気だろうか、足音もしないということは大きく動いてはいないはずだ。
『追いますか?』
「咄嗟の近接戦はリスクが高過ぎる。塹壕の中じゃあ動きも制限されるし、細身の第二世代機が勝つだろうさ」
完全な膠着状態だったが、塹壕から何かが空へと打ち上がる。レーダーと動体センサーがその存在を警告したことで傭兵は存在に気が付き、咄嗟に防御姿勢を取った。
「使うばっかりだったが、コレを自分で喰らう羽目になるとは…」
『閃光弾!光学センサが焼けちゃいますよ!』
「厄介だな!」
攻撃を避けるために横へと跳んだ傭兵だったが、何かが機体を襲う。それは巨大な杭であり、パイルドライバーの弓が放ったであろう一撃は脚部を貫通していた。そして数発の砲弾が飛来するが、機体の胸部装甲はそれを弾く。
「損害報告!」
『脚部破損、歩けなくなりましたよ!』
敵機はトバリカスタムのことを第一世代機だと思い込んでいたようだが、装甲だけは第二世代機相当なのだ。それに気が付いたのか射撃はすぐに止まり、傭兵は改造を行ったトバリに心の中で感謝した。
「しまった、やられたか」
『敵機来ますよ!』
「ああクソ、賭けになるな!」
矢が命中したことを見たパイルドライバーは何処からか拾い上げて来た武器を手に走って来る、どんな武器かは分からないが横に振りかぶっているのだけは見えた。相手の狙いがコックピットであることを願いつつ、左腕をその軌道上へと置いた。
「ビンゴ!」
『何がビンゴですかァ!』
「言うだろ、肉を切らせてなんとやらだ!」
振るわれた剣が腕の装甲が砕き、フレームをへし折る。しかし傭兵が人工筋肉へ瞬間的に力を込めたことで機体は刃を受け止め、武器を伝って相手に衝撃を返した。相手の不意打ちは傭兵を殺し切ることは出来なかったとはいえ、片腕と片足を喪失したのは致命的だ。
「このまま逃げられるのは不味い!攻めるぞ!」
『片脚が駄目になりましたが…重心の制御はまだ行けます、飛んでも転びませんよ!』
「上等ォ!」
油断せず一歩引いたパイルドライバーにライフルを投げつけて右手を空け、近接戦用のナイフを引き抜く。陸上艦の無人機が使っていた代物で、単分子の刃は第二世代機の装甲であっても貫ける。
「第一世代機の間合いなら確かにそれで正解だが、こちとら普通の機体じゃあないんでね」
『点火』
駆け出したトバリカスタムに向けて剣を構えるパイルドライバーだったが、相手が一気に加速したことで隙が出来た。その結果腕を振り下ろす前に懐へと潜り込まれ、剣は機能を喪失していた左腕の肩部装甲に食い込んでしまう。
「これでェ!」
『これは…相手も!』
流石は名の知れたパイロット、パイルドライバーは即座に剣を手放してナイフを抜いた。だがそれでも傭兵の方が早く、トバリカスタムの刃が敵機の胸部に食い込む。
『待って下さい、近距離回線から降伏信号です』
「…死ぬ気は無いってことか、助かるな」
ナイフの刃が装甲を切り裂いたのを見ると、敵機はナイフを捨て両手を上げた。トバリカスタムが片足で器用に後退すると、追加で近距離回線からの通信を受信する。送られて来たコードは組合直営の銀行で使えるもので、一定の金額を引き出すことが出来る。
『これは…銀行の小切手コードですね』
「手打ちにしてくれってことか」
しかしこのコードを使うには発行した本人が有効化する必要がある、つまり生きて帰さなければ大金を受け取ることは出来ないのだ。
『彼を殺しても追加報酬は出ませんし、優秀な組合員を殺して信用を落とすのも今後に響くかと』
「じゃあ交渉成立だな、金額で誠意を見せてくれた以上背中を撃つ気は無いさ」
パイルドライバーに大きな損傷は無い、自力で歩いて帰れるだろう。問題はこちらだが、そこは組合に回収車両を手配してもらう必要がありそうだ。
「フジカネ、終わったぞー」
「勝った…ってことっスか?」
「おう!」
満身創痍だが勝ちは勝ち、塹壕の制圧もパイルドライバーが実行済みだ。通信に応答もなく、あるのは矢に貫かれた残骸だけだ。
「これで実力の証明になるな、機体の修理が終わるまでは情報収集に回るか」
「死にかけたのにそれって、どれだけタフなんだか分かんないっス」
「周辺警戒頼む、このザマなんでな」
「了解っス」
ーーー
ーー
ー
身を潜めて塹壕を眺めていた多脚車輌だったが、戦闘が終わったのを見て通信機を使った。すると同じく隠れていた特務仕様の人型兵器が少しだけ顔を上げ、機体を覆う布についた砂を払った。
「…まさか、パイルドライバーを降すとは」
「で、あたしにやれってこと?」
話す二人はコンテナ船を追跡し、砂賊をけしかけてきた特務仕様機に乗る男女だ。傭兵が派手なデビューを決めたことで彼らも動かざるを得なくなり、組合の上層部を誘導して今回の依頼を回したのだ。
「上に映像は送っていました、アレほどの存在となると手に負えないと判断されるでしょう」
パイルドライバーは統治機構の息がかかった傭兵の一人であり、定期的に大金を支払い続けるという条件で雇われていた。特異な戦闘方法で数多の第二世代機乗りに杭を突き立てて来た、実力に関しては折り紙付きの男だ。
「発砲許可出ましたよ、構えてください」
「あいよ」
そんな彼が負けるとなっては統治機構でも制御しきれない、飼うよりも殺す方が楽だと判断された。上官の指示と同時に射撃準備を整え、敵機に向けて狙撃用の80mm砲を構えた。
「この状況なら撃って終わりでしょう、狙撃出来ます?」
「まあ、引き金を引くくらいは出来る」
「そうですか、では終わらせて帰りましょう」
そうして放とうとした特務仕様機の女性パイロットだが、レンズからの映像は目を見開くものだった。敵が機体のマニピュレーターで中指を立てているのだ、それも真っ直ぐこちらに向かって。
「…いつの間に?」
丘の上から飛来した砲弾が多脚車輌に命中し、そのまま正面装甲を食い破った。伏せていた二機は即座に飛び退き、そのまま周囲よりも低い位置へと滑り込む。フジカネに預けていた機関砲が役に立ったのだろう、制圧射撃が彼らへと降り注ぐ。
「映像を中継していた多脚が吹き飛びましたね、上も驚いたことでしょう」
「どうすんだ、このまま場所を変えて撃つか?」
「ええ、事前に選定した別のポイントへ…」
『…待て、交戦を中止せよ』
しかし部隊長である男の通信機が異音を発した後、上司が誰かと話し始めた。そしてすぐに通信機からは交戦中止の命令が下される、上位の権限を持った人間が通信に割り込んだに違いない。
男は態度を変えた上官に対して顔を顰め、せめて誰からの指示なのかを聞き出そうと口を開いた。何日も追跡に費やした上に死者も出たのだ、黙って引き下がれと言われても彼は許せないだろう。
「中止ですと?」
『その傭兵はたった今特務部隊の相手から外された。我々のリストから彼が抹消された以上、武器を向ける理由は無い』
「何故です、陸上艦が沈められたあの一件は要調査対象に指定されたばかりの筈です」
陸上艦はそこらの街が返り討ちに出来るような戦力ではない、文字通り鏖殺出来るだけの火力を有していた。それが今ではあのザマだ、鉱山だと言わんばかりに船体から資源を切り出されている。何故そうなったかを秘密裏に探るために特務部隊が存在するのだ、そのための障害も排除しなければならない。
『これは統治機構直下の治安維持局、局長代理からの強い要望だ』
「我々は防衛隊の所属です、治安維持局とは指揮系統が…」
『この手の調査は元々特務部隊が所属する防衛隊の領分ではない、無理に進めたとはいえここらが引き時だろう』
こんな星であっても組織間の縄張り争いというのは健在らしく、他局からの横槍で彼らは撤退せざるを得なくなった。燃料と弾薬が燃え盛る多脚車輌を見つつ、二機はその場を後にするようだ。
「…了解です、失礼しました」
「中止ィ?」
「そうです、帰りますよ」
この借りを返せるのはいつになることやら、初老の男はそう呟いた。




