第五十八話 次の仕事
「というわけで、仲間のために機体を用意したいんだが」
「まあ事情は分かりましたけど…」
傭兵と話すのはメカニックであるトバリであり、彼の機体を整備士終わった後で話を持ちかけられていた。彼女はその役職上船を離れることが出来なかったが、傭兵が街で買った物を持ち帰っては渡しているようだ。
「取り敢えず、これ食べちゃってから考えます」
「飲み物いるか?」
「むぐ……いります」
その証拠に彼女の手には茶色のシリアルバーが握られており、表情を見るに美味しいらしい。無論一番最初に持っていくのが彼女というだけで、傭兵は船員達に土産を配っている。
中央工廠はあまりに巨大な街を持て余しているらしく、物資の供給網は歪な物だ。外側とは分厚い壁で隔たれた中心部にも居住者が居ることは分かっているが、そこへ運び込まれる大量の資材が何に消費されているのかは気になる所だろうか。
「新しい機体を用意するのは良いんですけど、本当に大丈夫なんですか?」
「何が?」
「その現地協力者さんですよ、ミナミから話は聞いてるんですから」
「…まあ、完全な仲間につける算段はつけるさ」
このまま金で釣るのが一番良さそうだ、この水準で稼げる人間と継続的に組めることの価値を彼女は分かっている。問題は大量の子供たちだが、それに関しては情報が足りない。
「まあ傭兵さんが良いなら私は何も言いませんけど、背後から撃たれて死んじゃ嫌ですよ」
「任せろ、撃たれる前に撃ち殺すさ」
「まず撃たれないようにして欲しいんですよ私は…」
何はともあれ、機体の用意は進めてくれるらしい。市場に出回っている中でも戦闘向きの第一世代を調達する必要があるが、改造に関しては心配する必要のないだけの人員が揃っている。
『すみませんが私からも少しお話が』
「どした?」
『コンテナの調査は子機に任せるので、私も貴方に同行します』
そう言ったミナミだが、いつもの筐体とは違う身体に電子頭脳を収めているようだ。偽装の一環なのかもしれないが、以前とは毛色の違うカラーリングと必要ないであろう伊達メガネが印象的過ぎる。
「心配してくれるわけか」
『街の情勢が気になりましてね、何かと居た方が便利でしょう?』
「さては街を満喫するつもりだなお前」
『情報量の多い場所は自分のセンサで見て回りたいんですよ、観光地は他人が撮った写真で行った気になるなるものじゃあないですから』
「どうだか」
確かにミナミが居た方が出来ることの幅が増えるのも確かだ、機体の制御もアンドロイドのあるなしで差がある。街の調査を並行して行うならば、防弾装備のヘルメットよりも高性能なセンサを搭載した彼女は適任だろう。
「…まあいい、行くか」
『今日のお仕事はどういった内容でしょうか』
「詳細送っとく、言うより見た方が早いだろ」
今回の仕事はもちろん危険な部類で、またもや現地勢力の小競り合いだ。以前の塹壕戦と似たような様相を呈することになるのは眼に見えていたが、前よりも面倒な点が一つあった。
『敵も有力な傭兵を雇ったようですね、それも第二世代機乗りの』
「ああ、その名をパイルドライバー」
『杭打ち機…特殊な武装を搭載しているタイプですね、面倒な予感がします』
「第二世代機の装甲も一撃でぶち抜くらしい、残念ながら今の俺じゃあ情報が殆ど集まらなくてな」
傭兵達がこの街に入ってまだ少ししか経っていないのだ、情報を得ようとしても難しいものがある。有名になり名声を得れば情報屋が窓口になってくれる可能性があるが、そのためにはまず働かなければ。
「現地協力者に集合時間は伝えてある、俺達もそれまでに行けば良いさ」
ーーー
ーー
ー
あらかじめ決めていた時間になり、集合場所には二機の人型兵器が向かい合っていた。傭兵の機体に変わりはなかったが、もう片方の機体は前回と違い鹵獲品と思わしき30mmライフルを手にしていた。
「しっかり用意して来たみたいだな」
「そりゃあ…私も死ねないんで、当たり前の準備っスよ」
そして正面装甲と盾には市場で手に入れたらしい安物の爆発反応装甲が貼り付けられ、短時間で出来る限りのことはして来たようだ。機体の整備は完璧とは言えないが、それでも子供しか仲間が居ない中でよくやっている方だろう。
「では改めて、名前を聞いても?」
「このまま聞かれずに終わるのかと思ってたんスけど、聞くんですね」
「すまん、俺の悪い癖でな」
「…フジカネっス、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
現地協力者改めフジカネを僚機とし、二機で目的地へと向かう。依頼内容としては膠着した現状を打破するため突破口を開けというもので、死んでこいと言うのと同義だった。
「最終確認だが、そっちは援護に徹してくれ。具体的に言えば銃を持った第一世代機だけを相手にしろ、第二世代は位置を教えてくれればいい」
「わ、分かりました」
「これを貸すから、撃ちまくって敵を抑えろ」
そう言ってトバリカスタムが持って来た機関砲を彼女の機体へと手渡し、予備弾倉も腰のラックに入れておく。敵にもエースが居るのだ、傭兵はパイルドライバーの相手をしなければならない。
「そろそろ目的地っスよね、それにしては静かというか」
「待て、時間になったのに通信が来ない」
「…マジっスか?」
疑念を胸に進む二機は丘に差し掛かり、その上から塹壕の様子を見ることにした。敵味方共にそれなりの数の人型兵器が居たはずだ、それが一発も撃たないと言うのは異常でしかない。
「煙しか、動いてない」
「いいや、一機だけ俺達を見てるぜ」
塹壕の中にある残骸に紛れ、一機の人型兵器が二人を見ていた。第二世代機が持つ人に似たシルエット、そして機体の全長程もある縦長の武装。傭兵は確信した、アレこそがパイルドライバーだと。
「…ハ、ハハ!弓か!」
あの機体がパイルバンカーではなくパイルドライバーと呼ばれる理由、それはあの武装にあったのだ。第二世代機の装甲を撃ち抜くために考え出された苦肉の策だろうか、人間の創意工夫というものは計り知れない。
「フジカネ!横槍が入らないように見ててくれ!」
「ちょっ…!?」
「アレは俺がやる、思っていたよりヤバい奴だからな!」
トバリカスタムは丘を滑り降り、ライフルの薬室に砲弾を送り込む。そして対するパイルドライバーは周囲の残骸から杭を引き抜き、矢としてつがえて弓を引き絞った。
機体の性能差はあるが、特殊な武器には癖がある。傭兵は知らない武器に出会ったことに高揚しつつも、冷静に回避機動を脳内で組み立てから機体に実行させた。しかし矢は放たれず、敵機はまだ狙いを定めている。
「射程は短いと見た!」
二機の戦いは傭兵の発砲によって火蓋が切られた。この状況がどこまで仕組まれた物なのかとミナミは考えていたが、巧妙に偽装された多脚戦車がカメラをこちらに向けていることに気付くことは出来なかった。
感想ありがとうございます、気力が湧いてくる…!




