第五十六話 仕事探し
とある建物の屋内にて、スーツに似た制服に身を包んだ女性と防弾装備を着込んだ男性が壁越しに向かい合っていた。壁と言っても分厚い防弾ガラスが設置され、物騒な形の受付窓口といった印象を受ける。
「大会出場経験アリとのことですが、結果の記載がありませんね」
「ゲリラに潰されたんで結果出なかったんですよ、今年のサンドロワイヤルは散々だったので」
「なるほど、あの大会ですか」
中央工廠でも人型を扱う仕事は多く、人手は足りていないのが現状らしい。斡旋窓口に並ぶ長蛇の列は建物の外まで続いており、並んでいる人々の多くが身分証を持っていなかった。
「治安維持隊発行の身分証ですね、確かに…確かに確認しました」
窓口の女性は何度も目視で確認した後、読み取り機に通しては他の職員も呼びに行く有様だ。ここまで怪しまれると偽造を疑われていると考えるのが普通だが、傭兵は色々と通り越して面白さが勝ったらしく笑みを浮かべていた。
「ありがとうございます」
「紹介出来る案件はこちらになります。貴方の技能が本物かを調べるためのものでもありますので、慎重にお選び下さい」
そう言って見せられた書類を見比べ、傭兵はその中でも危険な依頼を手に取った。三ヶ月で有力な情報を得るのならば、多少のリスクは許容範囲だ。
「この職場、案内した人間の生存率は?」
「それは…お答え出来ません。個人的な意見にはなりますが、お勧めは出来ないと申し上げておきます」
高額の報酬に危険な現場、他の依頼より頭一つ抜けているヤバさだ。ここで生き残れば箔が付く、やるだけやってみるのも悪くなさそうだ。
「すみませんね、こんなこと聞いて」
「いえ、職務の内ですので」
「この職場に決めたので、斡旋お願いします」
受付は話を聞いていなかったのかと言わんばかりに目を見開いたが、傭兵は何を言われようと変わらず意思を貫き通した。
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ーー
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『お仕事初日ですけど、今はどちらに?』
謎のAIに対しあの手この手で解析を試みるミナミだったが、合間の時間に一人で出かけた傭兵に対して連絡を入れていた。機体側のコンピュータを入れ替えたのでミナミ抜きでもある程度の動きは可能だが、それでもパフォーマンスは落ちる以上彼女としては心配なのだろう。
「職場だけど」
「腕が!腕がぁ!」
「テメェの腕じゃねぇだろ、サッサと下がれ!」
「足がやられ…おい待てッ!置いていく気かよ!」
「共倒れになるのがオチだ、死ぬなら一人で死になァ!」
彼が乗る機体のコックピットからは、人々の悲鳴が通信機越しに聞こえていた。発砲音や振動も大きく、傭兵自身も戦っていることが分かる。平静を保つ彼とは対照的な周囲の人々だったが、そうなるのも無理はない状況だった。
「とまあ、こんな有様でな」
『…おおよそ街の中だとは思えない音してますね』
傭兵は損耗が激しいと噂の民間軍事会社、略称で言うところのPMCに雇われていた。といっても正社員ではなく日雇いというレベルで、扱いも囮同然だった。今も砲撃に晒されており、中央工廠郊外にて戦闘中だ。
「街の外でちょっとした小競り合いに加担してるのさ、第二世代が混ざってるのがちょいと怖いが」
『羨ましい話ですね、こちらは今も第一世代でやりくりしているというのに』
「だよなぁ、PMCの連中は第二世代機だぜ?」
雇った肉壁が敵の数と弾薬を減らしたら本命の彼らが突入するのだろう、よく見る手だが自分たちが上だと信じて疑わない姿勢は気に入らない。傭兵は持ち込んだ機関砲を構え直し、敵に向かって反撃を開始した。
「それなりに高い報酬で釣って、失敗すれば報酬は10分の1。遺族が居なきゃ受け取り手が居ないんで払わなくても良しとは、中々酷い話だよな」
『なんで受けたんですかそんな仕事』
「1日市場で突っ立ってるだけじゃあ情報なんて入って来ねえよ、それに大会での活躍が本物ってことを教えてやらにゃあ…」
本隊が動く前に雑魚を蹴散らそうとして出て来た敵機に徹甲弾を撃ち込みつつ、被弾した味方機を引き摺って遮蔽物の裏まで運ぶ。既にこの丘の裏は機体の墓場になりつつあり、突撃させられた24機は殆どが使い物にならないだろう。
「オイ、生きてるか!」
「…」
「死んだか気絶したか分からんな、まあ暴れられるよりかはマシだが」
コックピットに直撃弾を喰らった第一世代は悲惨なものだ。コックピットが被弾した際のことなど考えていないため、衝撃で剥がれた内壁が飛散して人体を切り裂く。傭兵が必ず防弾装備を着込むのもそういった理由故だ。
「生きててまだ戦える奴、居るか?」
「悪い、もう無理だ」
「な、なぁ、首切っちまって、血がよ、止まらないんだが」
「両腕共に動かん、突っ込むなら囮にもならんぞ」
「なぁおい!誰か、血を止められないか!?」
「喋れてんだろ、黙って両手で抑えてろよ」
「止まんねえっ!止まんねえから聞いてんだろ!」
「黙ってろっつったろ、役立たずがァ!」
首に怪我をした男の機体が複数人から殴られ、終いには蹴られて黙らされた。両手が使えるのに簡単な処置程度出来ないようでは遅かれ早かれ死んでいただろう、彼が言う通り傷が深かったのなら運が悪かったとしか言いようがない。
「俺は生きてる奴じゃあなくて、戦える奴は居るかと聞いたんだが」
その言葉に生き残りは黙った、何故なら傭兵は一度目の突撃と敗走で最も活躍していたからだ。機関砲を持った機体を撃破して突破口を作り、誰よりも前に居た。しかし後続の機体は動きが悪く、数発被弾してパニックに陥っては足を止めて撃破されていったのだ。
そして今生き残っている機体の殆どは敵が潜む塹壕へ近付こうとせず、この丘に近かっただけの者達だ。腰抜けの癖に自己主張だけは一丁前、傭兵は心底呆れていた。
「じ、自分!いけるっス!」
「誰だ?」
「あっえっと、この機体です!」
そう言って手を上げたのは安物の第一世代機で、作業用だった機体を再利用したためか黄色で塗装されている。装甲も武装も貧弱だが、ここで名乗りをあげる程度の度胸はある。
「そこの盾を持った機体、アレは生きてるのか?」
「なんか機体を捨てて逃げちゃったみたいで…」
「なら遠慮は要らんな、有り難く盾だけ貰って来い」
「使うんスか?」
「お前が持つんだよ、装甲すら無い奴がどうやって前に出るんだ」
無人の機体から盾を奪い取った黄色の機体だったが、どうにも腰が引けている。操縦桿を持つ手も震えているのか、銃口が揺れているのがよく分かった。
「俺が前に出て囮になってやる、煙幕を使うから真っ直ぐ走れ」
「分かったっス!」
「ハハ、良い返事だ」
煙幕は持ち主が死んだ機体から引っ剥がしたものだ、恐らく自分が逃げる時に使う算段だったのだろう。想定外だったのは狙撃手にコックピットを一撃で破壊されたことだ、使う暇も無かったらしい。
「煙幕なんてあったのかよ!」
「最初に使ってりゃこんなことになってねぇぞ!?」
しかし拾ったことを知らない者達はギャアギャアと喚き散らすが、傭兵は彼らの機体に武器を向けて黙らせる。使い物にならないのに口だけ達者とは、傭兵が共に戦った治安維持隊や屑鉄兄弟が如何に上澄みか分かるというものだ。
「死にたくないってんなら隠れてな、腰抜けにはお似合いだ」
「わ、わぁ…」
「何固まってんだ、行くぞ」
「ハイ!」
敵側の塹壕に飛び込むべく、まずは厄介な狙撃手と機関銃手を撃破する必要がある。背中のロケットモーターで飛び出し、トバリカスタムは走りながら発煙弾を前方に投射する。
「第一世代が飛ぶとは思わなかったって顔してやがる、このまま流れに乗せるぞ」
「つ、突っ込みまぁす!いいんスよねぇ!?」
「いいぞいいぞ、そのまま走れ!」
撃ちながら前へ前へと進めば敵陣から爆煙が上がり、あっという間に距離は縮まっていく。傭兵からの攻撃を受けて爆散したのは機関銃手の機体だ、背負っていた弾薬箱が原因だろう。
「さあて、接近戦のお手並み拝見ってねぇ!」
塹壕の中へ飛び込み、すぐ近くに居た敵機に向けて空になった弾倉を放り投げた。相手が狼狽えている間に久しぶりの出番が来た拳銃型の40mm砲を構え、コックピットハッチと股関節に一発ずつ撃ち込んだ。
「この調子ならやれるな、塹壕戦ってのはここまでやるだろうに」
傭兵は取り回しの悪い機関砲を置き、敵から奪った小銃型のライフルを手に持つ。鹵獲されないためのセキュリティはあるが、星の外から来た彼からすれば時代遅れ過ぎて解除に1秒とかからないだろう。
「このまま塹壕の裏に回って、全員背中から蹴飛ばすか」
「ほ、本気ですかァ!?」
有言実行と言わんばかりに敵陣を荒らし回る傭兵ともう一人は、雇い主にとって大きな誤算となった。これまで有り得なかった事態、捨て駒による勝利という想像も出来ない結果を産んだのだから。




