第五十四話 砂賊
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「俺の名前はバック、バック・スクラップ・モレノだ」
「そんな名前だったのか…」
「まあここらでは珍しいか、大抵が旧アジア圏がルーツの名前だろう」
レンヤ、カナミ、カザマキ、確かに彼の言う通りだろう。格納庫で傭兵と話す彼は今まで屑鉄兄弟の長男と名乗っていた男であり、改めて自己紹介の機会を設けていた。
「俺達を育てたのは介護用のケアロボットだったからな、容量の少ない電子頭脳でマトモな名前を考えてくれたのには感謝している」
「気になる話だな、どうしてそのケアロボットに?」
「それは俺達三つ子を出産した母が体調を崩していたからだ、急遽代役が必要にな…」
気になる話を遮って響いたのは艦内のスピーカーから一斉に放送された警報で、敵の接近を知らせるものだった。話をしている場合ではなくなった二人は目を合わせた後で頷き合い、それぞれの愛機へと飛び乗る。
「こちらレンヤ。アイギス、甲板に出ます!」
「こちらトバリカスタムⅢ、同じく甲板から出る!」
エレベーターを通じて傭兵は甲板に出たが、彼が目にしたのは峡谷の下から見える空を埋め尽くす凧の大群だった。あの一つ一つに武装した砂賊が乗っていると思うと、かなりの脅威だろう。
「豪勢なもんだな、こりゃあ」
空から来る凧だけではなく、陸路からも車輌が接近して来ている。そこまで多くないと思っていたが、砂賊の部隊は進むに連れてかなりの数になりつつあった。
「後方はこちらで崩します、教官は予定通り前方を!」
「分かっちゃいたが中々忙しくなりそうだ、機関砲を担いで来て正解だったな!」
傭兵がコンテナ船の前に出ようとしていた車両に榴弾を叩き込むと、燃料電池に命中した。すると酸素と水素を抱えていたタンクに引火、派手に吹っ飛んで周囲を巻き込んだ。
『空からも来てますよ、良くもまあ原始的な代物で…』
炸裂した弾頭から飛散する破片は布や人間程度簡単に貫く、一瞬で穴だらけになった凧は揚力と操縦者を失ってバランスを崩していった。直撃した者は血煙となり、40mm砲の前では死体すら残らない。
「長な…バック、そっちは大丈夫か?」
「人型が出て来ない限りは持たせるが、少しばかり援護が足りんぞ!」
屑鉄長男ことバックはホバーユニットにより縦横無尽に駆け回り、手に持った機関砲と槍で船に近づく車輌を破壊している。反撃してくる敵も居るが、第二世代機の装甲に換装したタンブルウィードの前では車載出来る程度の砲では有効打にならない。
「こっちも空と岩壁の相手で手一杯だ、何せ動かせる機体が少ないもんでね」
「ここまで襲撃が大規模だとはな、今まではどうやって中央工廠から荷物を運んでいた?」
「…艦橋のカザマキ嬢によると、ここまでの数は異常だそうだ」
「だろうな、何かの差金か?」
全戦力を投入しているかのような有様だ、既に砂賊は大量の戦力を失っている。車輌も悉く潰され、凧は誰一人として船に取り付くことが出来ていない。賊も船を襲う以上ビジネスだ、そろそろ損切りの時期だとは思うが相手の行動が読めない。
「まあいい兄弟、そのまま撃ちまくれ」
「…兄弟?俺がか?」
「そっちの名前が明かせないのは分かった。だが偽名の一つでも用意しておけ、傭兵ではしっくりこないので兄弟と呼ばせてもらう」
兄弟と呼ばれたことで呆気に取られる傭兵だったが、長男は喋りながらも槍を装甲車の下に入り込ませた。そしてタイヤに引っ掛けつつ振り上げると、車体は横に転がりながら岸壁に激突して爆散した。
「教官、敵が引いてます!」
「やっとか!」
断続的に現れていた凧も姿を消し、車両も減速して船から離れていく。それを容赦なく撃つ辺り傭兵もレンヤも冷酷だが、油断して乗り込まれれば仲間が死ぬのだ。
「このまま峡谷を出るんだろうが…まだ道半ばだな、二機とも警戒は緩めるな!」
「了解!」
「言われなくてもしてるさ」
ひとまず第一関門は突破、といったところだろうか。砂賊は諦めたのか一時的に引いただけなのかは不明だが、今のうちに補給を済ませなければならない。エレベーターを介して上がって来た予備機からマガジンを受け取り、甲板の二機は機関砲を再装填する。
「長男、補給はどうする」
「後部ハッチを開けるのは危険過ぎる、俺は峡谷を抜けてから回収してくれ」
「大丈夫かよ、残弾はあるのか?」
「弾倉はあと二つだ、それに槍はまだまだ使える」
長男はサンドロワイヤルや交易拠点防衛戦で使用していた滑腔砲ではなく、使い勝手の良い30mm砲を携行していた。車両相手には少々過剰な威力だが、人型兵器を相手にするには必要だ。
「上から援護してくれよ、兄弟」
「ハハ、任せろ」
峡谷を抜けるにはもう少しかかる、だがここまで損得勘定を抜きにして必死に攻撃を仕掛けてきた相手があきらめるだろうか。答えは否だ、壁面に隠されていた砲台が一斉に擬装用の布を剝がしてこちらを向く。ミナミの画像識別機能を用いていち早く反応した傭兵は即座に発砲、片っ端から破壊していく。
「やっぱり終わりじゃあなかったか!」
「後方から新手です、敵車両多数!」
「レンヤは後方、長男は砲台の相手はせずに前方を警戒してくれ」
「いいのか?」
「隊長命令だ。砲台相手に無駄弾を使うな、この調子じゃあまた何か来るぞ!」
砲台が対戦車ロケットを放つが、それは発射したと同時に撃ち落とされる。その爆発は発射装置や予備の弾薬をも巻き込み、爆炎が風に乗って後ろへ流れた。
「安い火薬使いやがって、煙が多すぎる!」
『これでは空が見えませんね、まさかここまで織り込み済みでしょうか』
「なるほどな、これじゃあ凧が見え…」
その予感は的中し、凧が煙を突き破って現れた。それを撃ち落とすべく武器を向けようとしたが、それよりも早く誰かが迎撃した。アイギスは既に後方から迫る車両群を片付けており、コンテナ船のクレーンを避けて狙い撃ったようだ。
「空はこちらで対処します、教官は砲台を!」
「助かる!」
幸いにも砲台の数は多くない上に、どれもこれも偽装工作が十分ではないために発見しやすい。これならばなんとかなるかと傭兵が感じた矢先、前方から高速で接近する物体を機体のレーダーが探知した。
「来るぞ長男!」
「もう見えてるさ!」
現れたのは三機の人型兵器であり、下半身を装輪式に換装していた。通行のためにある程度整備されているこの峡谷では大きな脅威になることは間違いないが、相手の想定外だったのはホバークラフトを装備した直掩機が居たことだ。
「コイツか…」
敵機は被弾しながらも手に持った鉈で長男の機体へと果敢に切りかかるが、滑るような回避機動によって避けられる。そしてその回避に繋げて振るわれた槍の穂先は敵機の胴体を捉え、そのまま致命的な損傷を与えた。
「やはり良いな、新しい機体とOSってのはァ!」
ミナミの手によって中身を第一世代機の作業用から第二世代機相当の戦闘用に書き換えられた機体は、今までとは一線を画す機動性を獲得していた。ホバークラフトの制御もより精密に行うことが出来るようになり、咄嗟の回避も自由自在だ。
『私謹製の代物ですからね、蛮用に答えられるのがモットーです』
「だとさ、こっちも忘れてもらっちゃ困るんだよ」
先頭の機体を失ったことで槍を構えるタンブルウィードばかりに目を向けていた残りの二機は良い的で、傭兵の砲撃によって撃破される。制御を失った機体が加速するが、そのまま壁面に衝突して爆散した。
「渓谷を出るまであとどれくらいだ?」
『もう出口は目の前ですよ、そのまま警戒を』
峡谷から飛び出たコンテナ船は周辺を見渡したが、砂賊の待ち伏せは無い。甲板の上で警戒していた二機は一気に広がった空に安堵し、船と並走していた一機は槍の汚れを払って構え直した。
「峡谷を抜けた!」
『やったわね、こっちは慣れないセンサーのせいでちょっと酔ったけど…』
「後で最適化しよう、手伝うよ」
『そうしてくれると助かるわ、久しぶりの戦闘で疲れちゃったし』
レンヤとカナミはいつも通りだ、疲れはあるものの平静を保っている。それにコンテナ船もこの状態で峡谷の中を衝突せずに走り切ってみせた、艦橋の人員は自分の仕事を全う出来たようだ。
「…ああ畜生、空が綺麗だ」
目まぐるしい戦場を駆け抜けた傭兵はそう言い、守り切った艦橋に向けてピースサインを作ってみせた。
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