第五十二話 偽装と調査
人型兵器四機を擁する格納庫では、傭兵とレンヤが機体を前にして話していた。中身こそ変わっていないが、陸上艦から鹵獲した部品を用いて外見は大きく変えられている。
「機体の調整、やっと終わったらしいな」
「はい、カナミとトバリさんのお陰です」
レンヤのアイギスは様変わりしており、特徴的な頭部を覆い隠すようにセンサーが増設されたことで印象を大きく変えていた。弱点だった武装の搭載数不足を補うため、武器を保持するための機構も胸部に取り付けられている。追加装甲の存在も目立ち、一気に分厚くなったと思わされる出立だ。
「…完全に別物じゃあないか、使い熟せるのか?」
「重量は増えましたが、全体的なバランスはむしろ向上してます。背中側ばかりが重かったのが解消されたので、射撃姿勢は安定し易くなっているかと」
「暫くは甲板の上で砲台代わりだ、走り回る機会が無い。慣らし運転の機会は設けたいが、機動戦となるとぶっつけ本番になりそうだな」
武装は傭兵と同じ機関砲を用いる他、小型の30mm砲を保持機構に収めている。まだ準備中らしいが、陸上艦から鹵獲した多数の武装達も使用する予定だそうだ。
「火力不足とはおさらばだな、レンヤがこの方向性にすると決めたのは少々意外だったが」
「意外…といいますと?」
「第二世代機の機動力を殺しかねない改修内容だ、模擬戦や実戦で見せた自由度の高い動きを阻害するんじゃあないか?」
武器を扱うだけなら第一世代機でも出来る。見た目よりも余程強固な装甲という強みもあるが、やはり機動力こそが第二世代が発揮すべき最大の能力だ。
「偽装のためというのもありますが、船の砲台としての運用と市街戦を考えた結果こうなりました」
「いい判断だ、自分の強みを理解しつつも固執せずに他を優先できる奴は早々いない。総合的に見て良くなったのなら文句も無いさ、ヤバかったら止めてるしな」
「……試しましたね、教官!」
「そりゃあ教官だからなぁ!」
この機体の出番が来るということは、あの峡谷での戦闘が始まるということだ。未だ未熟な彼が激化する戦闘で生き残れるのかどうかは、傭兵にとって少々心配な所だろうか。
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「でだ、このコンテナのセキュリティは相当分厚いらしいな」
所変わってある一室にて、ミナミから連絡を受けた傭兵が両手に何かを持って合流していた。レンヤとの話は途中で切り上げて来たようで、着込んだ防弾装備の冷却機構が騒がしく稼働していることから急いで駆けつけたのがよくわかる。
『少々本腰を入れる必要がありそうです、コルベットのメインコンピュータがあれば一時間とかからずにこじ開けられるんですが…』
「そんな危険な真似出来るか、最悪帰れなくなるぞ」
拾い物を大切な機材に繋げてはいけない、常識である。しかしそうすれば手っ取り早かったのも事実、まず外殻をこじ開けるのに手間取ったのが良くなかった。
「カンナギの演算能力をフルで使うなら船が止まってないと無理だ、足回りの点検で止まる3時間で方は付くか?」
『何も分からないのでなんとも言えません、単純な出力でどうにかなる相手でもないので』
本腰を入れてやる必要がありそうだと傭兵は呟き、運んで来た機材を広げる。鹵獲した機材に対してクラッキングを仕掛ける際に使用する物だ、反撃を喰らった際にそれを遮り受け止める機能もある。
「なあ、中身はなんだと思う?」
『無人機周りの何かではないかと、自爆や打ち上げ機構からして重要度が違ったのは明白です』
マルウェアによって完全に動きを止めた陸上船のシステムとは違い、このコンテナを打ち上げるための機構は正常に動作していた。物理的に切り離されていたのだろう、確かに一番確実な策ではある。
「やっぱりそう思うよな、俺も同意見だ。機体内の電脳を纏めて吹っ飛ばした辺り、コイツがコピー元のオリジナルなんじゃあねぇの?」
『そうであれば大金星ですね』
パターンが掴めない以上長期戦になるのは間違いない、どうにか糸口を見つける必要があるだろう。こうなればミナミが即興で組んだ解析プログラムを走らせつつ、脳のひらめきに頼る他ない。
「AIがファイアウォールを展開しているということは、逆説的に言えばアクセスを受け付けてはいるということだな」
『何入れても弾かれますけど』
「試しに何の害もないデータ入れてみるとかさ」
『それもやりました、私と同じ結果になるだけ…』
傭兵が入れたのはちょっとした長さの動画、無人機との戦闘記録をそのまま出力した代物だ。ミナミはいつの間に用意したのかと思ったが、これで傭兵のやりたいことを理解した。
『AIが学習すべきと判断するような素材を入れて様子を見るわけですね、これなら確かに興味を引くかもしれません』
「こんな防壁相手にマトモな鍵があるとは思えねぇしさ」
そうすると反応は顕著なもので、幾重にも張り巡らされたセキュリティを突破して動画ファイルは内部へと取り込まれた。
「海賊の方も案外こうやって使ってるのかもなと思ってさ」
『確かにこれを作れる人間が居たら陸上艦があのザマにはなりませんよね』
あそこまで動きの良い無人機を作れる技術者が海賊に身を置くだろうか、ましてやこんな惑星で実証実験というのも不可思議だ。現在の主力は第二世代機と第三世代機、時代遅れの第一世代機相手に弱い物虐めでは何の意味もない。
「かなり上等なAIなのは間違いないが…」
『得体が知れません』
「会話が出来ると良いんだがな、打診してみるか」
『通じますかね?』
「共通語でいいだろ、言語ファイルを送ってみようぜ」
それなりの大きさがあった言語ファイルはファイアウォールで検査を受けながらも通り抜けることに成功し、中へと消えていった。このAIにも興味というものがあるのだろうか、先ほどの動画データよりも取り込まれる速度が早かったように思える。
『…ファイアウォールに変動確認、アクセスポートが閉鎖されています』
「外部との通信を遮断したのか、なんだって急に」
『解析の邪魔をされたくなかった、とか?』
「だったら可愛いもんだがな」
傭兵とミナミは二人揃って首を傾げ、未だ中身の正体が不明なコンテナから通信用ケーブルを引き抜いた。何かしらの処理を続けるAIのために電源ケーブルだけは繋げておき、部屋を施錠する。
『…』
物言わぬコンテナに過ぎなかったその物体が、防壁の裏で自己を大きく作り替えていたということには気が付かずに。




