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第五十一話 出自


「聞いたぜ傭兵、俺達の名前をやっと聞く気になったんだってな?」


「ちょいと遅いんじゃあねぇのか?」


「だがまあ、やっと腹を割って話せるって訳…」


 ミナミから話を聞いてやって来た屑鉄兄弟だったが、彼らの目に映ったのは腹を見せる少女を前に頭を抱える傭兵の姿だった。三人は顔を見合わせ、揃って首を傾げながら近づいた。


「お、オイ傭兵…何やったんだよ」


「腹に名前が書いてあるかどうかで、その、困っててな」


「腹に?」


 アルビノ少女改めロゼは服をたくしあげたままで、今の状況の元凶となった腹の文字とバーコードは三人も見ることが出来た。傭兵は何か知っているようだが、言語化に難儀しているようだ。


「なんだこれ」


「いや、心当たりはあるんだが」


「あるのかよ、じゃあ早く言…」


 急かす弟を制止し、長男が傭兵の肩に腕を回した。そして二人して少女に背中を向け、何やら小声で話し始める。


「言い難いってことか?」


「察しが良くて助かる、そういうことなんだ」


「言ってみろ、合わせてやる」


「…彼女は恐らく人工的に作られた人間だ、一昔前に惑星開拓をクローンとかで行うって計画が流行った時期によく見た」


 確かに年端も行かない少女に貴女は普通の人間ではなく、人工的に作られた人間とは違う何かです…と言い放つわけにはいかないだろう。本人が気にしていなかったということは、彼女の護衛達もこの件に関しては説明をしていなかったようだが、それも頷ける話だ。


「一昔前の流行ってことは、何かあったのか」


「色んな意味で歩留まりが悪かったんだ。未だに脳がどうやって外界から得た情報を処理してるのか完全に理解していないのに、同一の人間を作り続けるなんて無理な話だろ」


「詳しいな」


 話せば長くなるので概要だけにするが、製造して管理するコストが他の星から入植者を連れてくるコストよりも高くなったのだ。こう言った人材不足はただ単に紛争によって入植者を運ぶ宇宙の交通インフラが一時的に乱れたからであり、混乱が収まってからはあっという間に姿を消した。


「見る限りこの星の開拓は移民で行ったように思える、わざわざ人造人間を使うための機材なんて設置するわけが…」


 人造人間に遺伝的多様性は無い、生殖能力を持っていたとしても彼らの間で数代重ねるだけで近親相姦を重ねた末路と同じような結果になることが報告されている。


「話が脱線してるんじゃあないか?」


「すまん、そうだな」


 屑鉄兄弟の弟二人がなんとか場を持たせようと少女に話しかけ時間を稼いでくれているとはいえ、不慣れなようでそう長くは持たないだろう。傭兵はあと数分とかからずに彼女へ適切な言葉を用いて話しかけなければならない、経験豊富な彼でも難しい局面だ。


「な、なあ」


「…」


「そんなに気にしなくても、いいんじゃないか?」


「……そう?」


 あまりに無責任な言葉に長男が目を見開くが、ことロゼ本人はその言葉を素直に受け取っていた。確かに腹に何かあるからと言って不利益を被ることはないだろう、何せ彼女が人前でそれを見せる機会などないからだ。


「それが何か気になるならまた今度話そう、知ってる限り教えるさ」


「お兄さんがそういうなら、まあ…後で聞こうかな」


 そう、この男は彼女の命の恩人兼現在の保護者なのだ。信頼されているのもあって真摯に向き合えばそう拗れることもない、落ち着いて話せる機会を設けるべきだろう。


「じゃ、ボクは一旦部屋に帰るよ」


「おう、後でな」


 どうにかこの場を治ることには成功したが、彼女の出自について説明しなければならないという新たな問題が発生した。それにしてもこの星の謎は深まるばかりだ、中央工廠に向かうことで何か明らかになればよいのだがと傭兵は頭を悩ませる。


「名前、後でいいか?」


「聞く空気でも、答える空気でもねぇな…そうしてくれ」


ーーー

ーー



 傭兵が地雷の解体に勤しんでいた頃、自分の仕事をこなしていたミナミは謎のコンテナを前に行き詰まりを感じていた。入れ物自体は多少頑丈なだけの筐体だが、いざアクセスしてみると異様な硬さだ。


『付け入る隙がないですね…見たことない構造してますし』


 ハッキング用のツールが軒並み弾かれる、この星の外から持ち込んだ最新に近いものですらだ。外部と内部を隔てるファイアウォールの構成は見たことが無い形であり、今までの経験が活用出来ない。大抵古い防壁はハッカー達の手によって大量の穴が見つけられては晒されているものだが、これに関しては情報が全くない。


『どの企業の癖とも合致しませんし、まさか個人製?』


 ここまで独自色の強い防壁を組み上げられるとなると、そんじょそこらには居ない凄腕だろう。早急に解析する必要があると判断したミナミは、高い演算能力を持つカンナギの力を借りることにした。


『にしても想定が分かりませんね、民生品とも軍用品とも違う視点で作られているような…趣味の産物というのもあながち間違いではないのかも?』


 重力制御の片手間なので出せる演算能力は限られるが、それでも十分な能力を持っているのは間違いない。その力を使いファイアウォールがどのように情報を監視、判断しているのかを片端から洗い出していく。


『…構成が変動している?』


 しかし開始して数十秒、ミナミが異変に気が付いた。防壁の状態は一定ではなく、変化を続けているのだ。得られる範囲では法則性がなく、物によっては消されては作り替えられていく。アクセス出来る入り口が何故か多かったのにも合点がいく、これはひたすらに新たな防壁を作り続けているのだ。


『AIによる自動生成にしては複雑過ぎる上に学習元が全く絞り込めませんね、どうやったらこんな形容し難い代物を作れるんでしょうか』


 まるで人間で言う創意工夫を常に続けているような姿だ、あまりに異様と言える。軍が突破されないファイアウォールを作るために自己変化を続ける代物作ったこともあり実用化もされているが、それは鍵を持ったユーザーのアクセスが可能な範囲での変化に収められている。


 ここまで無秩序な変化を遂げればアクセスなど不可能だろう、まるでこれを開けられる存在のことを想定していないようだ。だからこそミナミがこれを異常と感じるのだ、ここまで固めるなら最初から外部からのアクセスを全て拒否してしまえばいいのだから。


『…ま、開かない金庫を開けるのも一度や二度ではありませんし』


 無線で傭兵に支援を依頼しつつ、彼女の大仕事が始まった。

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