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第五十〇話 中継地点へ

「我々は真っ直ぐ中央工廠へ向かう訳ではない、この地図を見てくれ」


 司令室のディスプレイに表示されたのは街から中央工廠の航路を示した地図だったが、その道筋は少々曲がりくねっていた。


「このルートは昔から中央からの補給ルートとして整備されていて、今も燃料電池の稼働に必要な燃料が道中で得られるようになっている」


「交易商として堂々と正規ルートを行く訳か」


 傭兵は大胆不敵とも言えるこの案にそう溢す、リスクはあるが道なき道を行くより余程安心だ。しかし統治機構からの攻撃を受ける可能性は大いにある、彼らが何処まで建前を守るかは不明なのだ。


「ああ、だが問題が幾つかあるんだが…カザマキ嬢から説明を頼む」


「ここからは私が説明しよう!この交易ルートは実家が年に数回使うのだが、大きな問題となるのが近隣の村を拠点とする砂賊だな」


「海賊…砂賊…ああ、なるほど」


「そういうことだ傭兵殿、優秀な人型兵器パイロットを商会が欲するのもこう言った治安の悪さが理由だな!」


 この星に降り立って直ぐに襲って来たような者達が組織的に犯罪を繰り返しているらしい、その道のプロともなれば危険度は跳ね上がる。


「凧を見つけたら警戒してくれ」


「凧?」


「最初の中継地点に繋がる峡谷群を通る際、岩の隙間に強い風が吹く。人間一人浮かせる程度は簡単だ、船に侵入されると面倒なことになるぞ」


 峡谷の上や中に潜み、通りがかる船を襲っているらしい。彼らも餓死するかどうかという瀬戸際で戦っているのだろう、その手の覚悟が決まった人間を相手にするのは非常に面倒だ。


「そのために機関砲を抱えて来てるんだ、人型兵器を甲板に上げて迎え撃つが…事前に配られた資料を見る限り、そう一筋縄では行かないんだよな?」


「車輌が攻撃を仕掛けてくるのでな、陸にも目を配る必要がある」


「なら長男に頼むか、アイツのホバーなら船と並走出来る。レンヤの機体は偽装と追加装備が重くてな、甲板に配置するしかない」


 アイギスの追加装備は調整が終わっている、機体のシルエットを大きく崩すために大胆な物となったがレンヤ自身は気に入っているようだ。制御と補助を担当するカナミは少々頭を悩ませているようだが、まあ使いこなしてくれるのを期待する他ない。


「峡谷に辿り着くまであと三日ある、万全の迎撃体制を整えるように」


「「「了解!」」」


ーーー

ーー


『疑問なんですが』


「なんだよ急に」


『アルビノ少女といい屑鉄長男といい、何故本名を聞かないんです?』


「そりゃ名乗られてないからな、俺も名乗ってないし仕方なくはあるが」


 傭兵のスタンスとしては向こうから話さない限り聞き出そうとはしない、協力関係ということで気兼ねなく聞けるトバリは別だが。


「その…なんだ、やっぱり聞いた方が良いか?」


『人型兵器部隊の隊長として格好がつきませんよ。私は私で仕事があるので、三日のうちに親交を深めておいて下さい』


 陸上船から打ち出されたものの撃墜に成功した謎のコンテナ、その解析はミナミの担当だ。傭兵は格納庫で待機しなければならず、部下となった者達と話す機会はある。


「今まではビジネスライクな付き合いで済んでたからな、困った困った…」


 格納庫の多脚車両にもたれかかり、頭を悩ませる。敵は撃てば死ぬが対人関係はそうではない、組織の崩壊にも繋がる上に定量的に表せないという判断が難しい案件だ。


「どうやって話しかけるか悩むな」


「さっきからどうしたのお兄さん、そんなになるなんてらしくないね」


「うおっ」


 ハッチを開けて車両の中から現れたのは件のアルビノ少女、街に残しても暗殺されそうだということでついて来ていた。機械弄りに関しては相当な知見があるようで、トバリの手伝いをしているらしい。


「その、色々聞きたいことがあってな」


「…えっと、ボクに?」


「おう。名前とか好きな物とか、兎に角何でもだ」


「やーーっと聞いてくれる気になったんだね!こっちも意地になってたんだからさ!」


 彼女は両腕を組んでそり返りつつ、そう言い放った。やはり会った時に聞いておけば良かったと、傭兵はそう痛感し始めた。


「Hb-202!ニーゼロニから取ってロゼって呼んで!」


「…うん?」


「だーからHb-202だって、お兄さんと一緒に居るミナミだって373でミナミでしょ?」


「待て、待て待て待て」


 陸上船の捕虜にもそんな型番じみた名前の者は居なかった、彼女の自称する名前は何なのだろうか。


「それはその、お父さんとやらに付けられたのか?」


「やだなぁ、みんなお腹に書いてあるでしょ」


「書いてないぞ」


「え?」


 彼女は目に見えて狼狽え始めた。紫外線に弱い体を守るための防護服を脱ぎ始め、腹にまるで印刷でもしたかのように存在する型番とバーコードを手でなぞる。


「…じゃ、じゃあさ…これって……何?」


 名前を聞きたかっただけだが、傭兵はとんでもない地雷を踏み抜いてしまったらしい。これだから対人関係という物は危険なのだ、何が藪の中に居るのか想像も出来ない…他人は他人なのだから。

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