第四十四話 大型機
投げ上げられたアイギスは甲板へと飛び乗ったが、そこには傭兵からの反撃で手痛い被害を受けた砲台群があった。復旧に当たっていた第一世代機を80mmで射抜き、敵機が居る船体後部へと向かう。
「あの機体が、レールガンの持ち主か」
『フレームの構造からして第一世代機でも第二世代機でもない…何にせよあの主砲は脅威よ、警戒して』
人間離れした骨格と突き出た胸部の正面装甲、脚部は安定性を重視してか重厚な外見をしており、その手には件のレールガンが握られていた。さらに特徴的なのは大量のケーブルやパイプが接続されているということであり、冷媒が漏れたのか冷気が漂っている。
「80mmで機体以外を破壊する、補助を」
『分かってるわよ。守ってあげるなんて言ったのに、コイツのおかげで赤っ恥かいたんだから勝ちなさいよね!』
甲板に降り立ったアイギスは武器を構え、敵大型機に向けて砲弾を放つ。命中するかと思われたそれは見覚えのある逸れ方を見せ、当たることなく飛び去った。
「やっぱりダメか!」
予備として持ち込んでいた30mm砲を単発から連発に切り替えて引き金を引けば、アイギスやカンナギ同様に砲弾が逸らされる。慣性制御装置の効果範囲はアイギス以上であり、周囲の設備を丸ごとカバーしているようだ。
『今使える武装だと有効打を与えられない、別の方法を狙うしかないわ』
「となると近接戦?」
『ハイリスクだけど…今ならやれるわ、今日の私は昨日までの私じゃないの』
アイギスの動作は今まで以上に滑らかで有機的だ、人工筋肉の一本一本全てを操るような動作精度がそれを産んでいる。カナミはレンヤの高い適性を完全に活かし切れてはいなかったが、実戦の中で蓄積された操縦データを元に操縦支援を最適化し直していた。
「よし、行くぞ!」
『任せなさい!』
治安維持隊で正式採用されている近接装備は何度か登場している鉈だ。斬れ味はそこまでだが分厚い刀身は強度が高く、人型兵器の膂力にも充分耐えうるというのは頼もしい。
80mm砲を腰に下げ、抜いた鉈を下段に構える。敵機は顔のみをこちらに向け、何処か観察しているように見えた。
「なんでその試作機がここに居るんだ、スカベンジャー辺りに分捕られたと思っちゃいたが…街の奴らがどうやって手に入れやがった?」
『通信…暗号化無し、指向性も持たせずに無差別で出してるわね』
「答える筋合いはない!」
「困るんだよなぁ……そういうことされると。こっちのモンなんだからさぁ!」
敵大型機の頭部が変形し、内部からモノアイ型のセンサーが露出する。内部には六角形に見えるような形でセンサーが配置されており、口径こそ違うがアイギスの眼と同じ物に見える。
『熱量増大、アレだけ冷却装置を繋げてるわけね…』
「来るッ!」
相手の予備動作を見抜き、センサーが警告音を発する前にその場から飛び退く。敵機は背中から脇の下へとサブアームを伸ばし、機関砲弾をばら撒いたのだ。
『逸らさないの?』
「教官からのエネルギー供給はもうないんだ、下手に使えば電力切れでパワーが落ちる!」
甲板は広いが障害物も多い、特に巨大な放熱機構が両者の間に存在している。ケーブルを通じて船から電力供給を受けることで慣性制御装置をフル稼働させられる相手に射撃は効かない、遮蔽物を活かして接近するしかない。
「鹵獲されるとはなぁ、スカベンジャーごっこしてた連中も定期連絡をよこさねぇしよォ……」
機関砲はベルト給弾式になっており、機体脚部に大きな弾倉があるのを見るに弾切れは遠いだろう。慣性制御装置を使って大気の流れを操作しているのか、砲身の冷却も早いように思える。
「統治機構の輸送船から機体をこっちが回収したら鹵獲って、やっぱりそうなのか」
『アイギスは元々彼らに渡る筈だった…そうだとしたら防衛軍どころか統治機構すら私達の敵じゃない』
「分かってたことだろ。それに教官のお陰で違う使い方が出来るんだ、あのレールガンで街を撃たれでもしたらどうなるか分からない!」
障害物の上へと登り、排熱と排煙で機体を隠しつつ奇襲を狙う。だが砂嵐の中からホバークラフトを狙撃した程の索敵性能を有する相手だ、その程度の小細工は見抜かれた。
「コソコソしやがって、だいたい下で暴れ回ってる機体は何なんだよ。あんなの工廠で作ってた玩具の中には無かったぞ、どっから用意したのか気になってしょうがねぇ」
『被弾!』
「損害は?」
『第二世代機の装甲が頑丈っていうのは本当みたいね、まだ凹んだ程度よ』
一つ前には進めたが、ある程度は被弾前提の移動だと割り切るしかない。何故かレールガンをアイギスに向けてこないのは不思議だとレンヤは思いつつ、再度機体を走らせた。
「相手は遮蔽に使ってる排熱口までは撃ってこない、多分壊したら困るからだ」
『パイプで船と繋がってるし冷却だってそっち任せ、確かにその通りね』
「船と繋がっていなければ全力で動けない、けれどパイプが邪魔をして甲板の限られた場所以外には移動出来ない…レールガンもパイプの長さが足りないのか?」
アイギスの慣性制御装置もミナミが手を加える前にはソフト面の出来が良くなかったが、目の前の機体はハード面からして無理をし過ぎているように見える。まるでカンナギのように慣性と重力の二つを操れるようにしたかったが、基礎的な技術が足りていないが故に異形と化した、そうとしか思えないのだ。
「前には進めることが分かった以上作戦を組み立てる、使える武装は?」
『80mm砲とマガジンが8つ、徹甲弾は4つで成形炸薬弾と榴弾が2づつ。今持ってる鉈と脚部に二つナイフが格納されてるわ、最後に30mmは破損』
「分かった」
彼はおもむろに取り出した榴弾のマガジンにナイフで傷をつけ、薬莢に穴を開けた。これでは装薬が溢れてしまい本来の用途で使うことが出来ないが、彼には何か策があるのだろう。
『ちょっ…説明してから始めて!』
「奴は慣性制御を防御以外にも砲身の冷却に使ってた、センサで大気の流れをと砲身の温度を見たら分かる」
『それで?』
「撃たせて冷却させる、そうすれば砲身に風を当てるために周囲から風を巻き込み始める。背中にはアイギスと同じで制御装置が収まっているから排熱があるから吸入には適さない」
『邪魔な熱源が無い前から吸い込んで砲身と背中を冷却するから、その気流を利用するってこと?』
「ああ、そこにこれをばら撒いて引火させる」
投擲物を検知すれば慣性制御装置が弾くかもしれないが、それでも炸薬が大気の流れに乗れば機体の周囲に集められるのは確かだ。多少火がついたところで敵を倒せるとは思えないが、虚仮威しにはなる。
傭兵が海賊の機体に閃光弾を使っていたように、このやり方は彼からレンヤが学んだものだ。実技だけではなく座学も行っていた、その時に聞いた戦術の一つだろうか。
「奴はセンサを信用してるし防御を絶対の物だと思い込んでる、飛んでくる砲弾は確実に機体を狙ってたのに微動だにしなかった」
傭兵でさえ盾や装甲の分厚い武器を砲弾に向けて最悪の場合に備える、だがあの大型機のパイロットには驕りからかその警戒心がない。
「防御を貫通して何かされたと感じてくれれば少しは隙が出来る!」
『センサからして周囲の温度には敏感な筈よね…何かの警告だって出るかもしれないわ』
背部の放熱口に大量の冷媒を供給するパイプ、熱に関して鈍感な筈はないだろう。周囲の大気を冷却に使うという機能がある以上温度変化を無視するとは思えない。
『賭ける価値アリね、致命傷になりそうな砲弾だけは逸らしてあげるから突っ込みなさい!』
「任せろ!」
遮蔽物から飛び出して鉈を片手に突進するが、敵の機関砲がそれを許すはずも無い。ばら撒かれる砲弾を左右に跳ぶことである程度避けつつ、頭部や関節部に飛来する砲弾は逸らすという芸当を見せつける。そして距離が少し縮まった瞬間に鉈を思い切り投擲、それに隠れて傷を付けた弾倉も投げた。
「効くかよォ!」
『「今っ!」』
慣性制御装置の問題点として、あまりに質量が大きな物は逸らすのが難しいというのがある。これは傭兵の機体が格闘戦を視野に入れ、追加装甲を多く持つことからも分かることだが、防御が強固になったからこそ近接戦が重視されているのだ。
敵機は鉈を逸らしきれず、その刃で肩に傷を付けられる。弾倉を投げつける際に視線を誘導するために行った攻撃だったが、それは相手に大きな衝撃を与えたようだ。
「俺の機体に、当てやがったってのか…?」
「榴弾、信管は空中炸裂」
『言われなくても!』
「ぐぉわッ!?」
本命の火薬が敵の周囲で炸裂、派手な炎でカメラの視界を埋め尽くす。半狂乱になって正面に機関砲を放つが、アイギスは側面から回り込んでいた。それでも相手は腰を回して射角に収めて来る。
『対応された、装甲が持たない!』
「片腕くらい持っていかれてもいい、慣性制御装置は!?」
『背中の排熱口!』
機関砲弾が肩部装甲を削り取り、右腕を根本から脱落させる。しかしそれにも怯まずナイフを突き立て、そのまま引き裂くように腕を引く。そして熱を帯びたそれを相手の首元に差し込み、人工筋肉を力任せに裁断していく。
「今なら!」
徹甲弾を装填した80mm砲を至近距離から脊椎関節部に叩き込み、頭を飛ばす。そして支えるものをなくした首元に砲口を押し当て、上から胴体内部に向けて次弾を撃ち込んだ。
『爆発するわ、離れて!』
内部で何に当たったのかは分からないが、内側から敵機が弾け飛んだ。実際のところは損傷により圧力がかかった冷媒が機体内部に入り込み、更に熱によって気化したのが原因なのだが、コックピットの惨状には触れないでおく。
「…やった、みたいだな」
『無茶したわね、付き合った私も私だけど』
「困ったな、予備の部品はもうないのに」
弾痕が目立つアイギスは投げ飛ばした鉈を拾い上げ、レンヤ達は下で戦う仲間とどうやって合流するかを考え始めた。片腕を失ったことでバランスを崩してふらつくが、それでもコックピットに目立った損傷が無いのは彼らの技量の表れか、それともアイギスと名付けられたこの機体の意地だろうか?




