第四十〇話 正体
格納庫の屋上にて、男二人が夜空を見ていた。生きて帰れるか分からない作戦を前にしてか、場の空気は重苦しいものだった。
「レンヤ、あの機体に名前は付けたのか」
「名前ですか?」
「XH-09だったか、型番ってのも味気ないだろ」
「ああ…そうかもしれませんね」
陸上艦が現れるまでまだ猶予はある、治安維持隊の面々は家族や仲間と過ごす時間を取っているようだ。防衛隊への支援要請は却下されており、今ある戦力で対抗しなければならないという事実は戦う人々に重くのしかかっていた。
「質問があります、教官」
「どうした」
「あの機体を任せてくれた理由をお聞きしたく」
彼の眼差しは真剣そのものだ、傭兵はこの場で相棒のアンドロイドが居たからなどと消去法極まりない方法で決めたことを言い出す気にはなれなかった。それに単純な理由以外にも言語化していないだけで何かある筈なのだ、期待か…それに近い何かが。
「ミナミと話すカナミを見ていて色々と感じたことがあってな、彼女は人格の制限を解かれてもレンヤから離れようとはしなかった」
「所有者だから、という理由では無かったのですか?」
「どうやって手に入れたんだ、言ってみろ」
「治安維持隊の初任務でコンテナの中に入っているのを見つけました」
「何も機械を通してないなら所有権が移譲されることはない、あの子は自分の意思でついて来たんだよ」
彼が設備も部品も無い中で彼女の面倒を見ていたのはよく分かった、ミナミも整備をしながらしきりに感心していたからだ。
「AIに自我が生まれるなんて今や当たり前の話になったが…昔と比べて好かれるのが難しくなった、人間同様なんだから当然だがな」
「…」
「機械と上手くやれる奴は信用出来る、だから任せたまでだ」
「そういう、わけですか」
「俺となんか話してないで相棒と話して来い、理由は言わんでもわかるだろ」
「…はい、了解です!」
彼は敬礼をした後で走り去っていった、カナミの居所には心当たりがあるのだろう。ミナミが一方的に彼女を救ってしまったことで思うところがあったのかもしれないが、これで吹っ切れてくれたなら嬉しい限りだと傭兵は笑みを浮かべた。
『教官役も板について来ましたね』
「ミナミか、何か話でもありそうな顔してるな」
『あるから終わるのを待ってたんですよ…本気であの違法建築マシーンに突っ込む気ですか?』
「一蓮托生だからな、この街を守らないと船を直せない」
トバリとの約束はまだ果たされていない、回りくどくはあったものの大会参加には漕ぎ着けていたのだが結果はこれだ。
『他の街を探すという手もあります』
「ここまでの協力者を次も得られるとは考え難い」
『第一世代機でやるのは無謀ですよ』
「カンナギを出せば外から来たとバレる」
『違いますよね』
ミナミは傭兵の胸部装甲に人差し指を突きつけ、自分の胸に聞いてみろとでも言わんばかりの顔を向けてくる。
『今まで嘘をついて来ましたし、スパイ疑惑だってかけられました。でも今では信用されて作戦立案にも深く関わっている…』
「そうだな」
『ここで正体を明かしてしまいたくない、貴方は関係の変化を恐れているというのが私の見解です。そんなことで無駄なリスクを抱えないで下さいよ』
この街での生活が良くも悪くも興味深いものだったが、それは発展した科学によって人より長い人生を歩んできた彼にとって尊い物になっていた。砂漠の惑星で出会った人々との交流は知らず知らずのうちに心の中へと入り込んでいたようだ。
「…それもそうか」
『多分バレても大丈夫ですよ、トバリさんには既に話してますし…第一船を荒らされた時に海賊の機体と戦ってるんです、早いか遅いかの違いですよ』
ミナミは傭兵と心中するのは別に構わないが、わざわざ生き残れる戦いで死ななくてもいいと言っているのだ。それに短い間とはいえ積み重ねた信頼は本物だと彼女は判断していた、それは常に彼の横で関わって来た人々を観察し続けて来たからこその知見だ。
『カンナギを装備Aで緊急射出、承認しますか?』
「承認する、ここまで来たら全員で生き残ろう」
『機体が到着したら皆さんに謝りに行きましょう、説明するのも少々大変ですが…取り敢えずトバリさんには話を通しに行かないといけませんね』
ーーー
ーー
ー
格納庫の外にある広場には、作戦の参加メンバーが集められていた。隊長達治安維持隊の面々は傭兵からの急な呼び出しに驚いたようだが、それでも快く応じてくれた。
「…一つ、謝りたいことがある」
傭兵はミナミとやけに挙動不審なトバリの三人で彼らの前に立ち、ヘルメットの拡声器機能を使って話し始めた。
「皆に言わずに伏せていたことを明かそうと思う、嘘をついていたような物だから言い出しにくかったというのが本心だ」
『あと3秒で来ますよ』
「あー…俺は他の星から来た」
少しの静寂の後、広場には一機の人型兵器が飛来した。彼の愛機であるカンナギであり、重力制御装置と慣性制御装置を搭載した第三世代機だ。動力炉は核融合炉、この星では破格の戦力と言えるだろう。武装も強奪された時とは違って多数装備しており、目を引くのは小銃型の粒子砲だろうか、第一世代機が撃ち込まれよう物なら一秒と持たずに蒸発すること間違いなしだ。
「…驚いたな、感じた違和感の答え合わせがこれか」
「外から来た証拠になるかは分からないが、俺の機体だ。今の今まで隠していたが、出さずに居られる状況でもないと思って呼び出した」
機体以外にも予備の武装を抱え込んだコンテナが逆噴射をかけて着陸し、見物していた整備士達の度肝を抜いた。粒子砲にレールガン、ミサイルにレーザーと戦争を始めるのには充分な数が揃っている。
「いいのか、統治機構や防衛隊がこの機体を見れば何をしてくるか分からないぞ」
「実はこの街に来る前に統治機構側の機体を撃墜してるんだ、いつかは露見する」
隊長はもう何度目か分からないため息を吐いたが、何処か安心したかのような表情を浮かべて笑い出した。それを見て他の聞いていた人々の表情も和らぎ、早く続きを言えとヤジが飛ぶ。
「黙っていてすまなかった、許して欲しい」
「許すも何もない、それを言い出せば我々が不甲斐ないばかりにこの作戦へと巻き込んだことを謝罪するべきだろうな」
「…ありがとう、隊長」
「やっと腹を割ってくれたな傭兵、病室で話してくれても良かったんだが」
突入部隊には新たな戦力が加わり、勝率は大きく増した。相手は巨大な陸上艦、粒子砲の一門くらいは欲しいと思っていた所だ。
「勝つぞ、この話の続きはその後でゆっくりと聞きたい」
「任せろ、全員薙ぎ倒してやる」




