第四話 交戦
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姿勢を低くして脚を曲げ、低く鋭い跳躍を行う。脚に詰まった人工筋肉はあっさりと機体を持ち上げ、それどころか大きく前に押し出したのだ。
「跳んだ、人型が?」
1G環境下で18mもある機体全長を超すほどの脚力、生半可な機体では既に脚が四散していることだろう。その跳躍は本来乗っている人間が耐えられる加速度ではないが、彼らは少し揺れる程度に収まっているのも機体の機能によるものだ。
「言ったろ格闘戦用だって、機動力はアイツら第二世代機と比べ物になるかよ」
泥棒女の仲間は相手に追い詰められつつあり、このままでは殺されそうだ。しかし数回の跳躍でトレーラーが死ぬ気で稼いだ距離を一気に踏破し、戦場はもう目の前だ。
「退いてろ!」
「突っ込む気、当たるわよ!?」
「この程度で倒されるようならコイツに乗ってないね」
海賊の物だという機体はこちらに銃を向けるが、小口径弾など怖くない。飛来する砲弾は機体の周囲に展開された力場によってすべてが逸らされており、真っ直ぐ突っ込んでくるカンナギに対応できない。
「邪魔だから下がれって仲間に伝えろ、斬っちまうぞ」
「聞こえたら今すぐ相手から離れて、急いで!」
半ばから折れた鉈を構えていた人型兵器は距離を取り、敵がこちらに注意を向けている間に逃げていく。敵機の数は三機、分厚い装甲を着込んでいるのは改造によるものだろうか
「そうそう、これでやり易くなる」
「機器は正常な筈だ、何故当たらん!」
「撃て、撃つんだ!」
相手は有効打にならない火器に頼るのを辞め、装備されていた手斧やナイフを取り出した。どれも扱い易く威力も出やすい武器だが、ことリーチにおいては刀に劣る。
「近接戦用意、迎撃する!」
「いい判断だ、多少は動けるか?」
だが覚悟が足りていない、格闘戦用の機体と戦ったことは無いようだ。グローブを介してある武装のトリガーを引けば、機体頭部の砲門から何かが発射された。
「知らない武器に襲われても、と注釈が付くがな」
「貴様何処の所属だ!我々の任務を知っての行動なら容赦せん…」
弾頭は敵に向かって飛ぶ間にカバーが外れ、幾つもの閃光弾がばら撒かれた。この手の装備は自分にも影響があるため扱いが難しいが、経験の足りないパイロットの思考を置き去りにして戦いを進められるメリットがある。
「ぬうッ!?」
「ビビっちゃってまあ、お里が知れるぞド素人!」
閃光弾や演技を用いた絡め手は彼の得意分野だ、傭兵であるからこそ磨かれて来た技術とも言える。彼が生き残っているのがその手段の有効性を示しており、目の前の敵機も術中に陥っている。
「オラッ!」
「馬鹿な、追加装甲ごと…」
振るわれた刀は手斧を持っていた腕を切断し、相手が状況を理解出来ていないのを見て追撃に移る。残っている方の腕を掴んで機体を抑え、膝蹴りを胸部に叩き込んだ。
「小型機だから潰せるかと思ったが、追加装甲が邪魔だな」
割れた装甲板の一部が飛散し、機体は背中から地面に倒れ込む。反撃しようと火器を向けて来るが、既に弾は切れていた。大体の見当を付けて胴体を二度角度を変えて突き刺し、確実に内部を破壊する。
「一機、お次は?」
「アイツ…殺しやがった、本気かよ!」
呆気に取られる残りの二機だが、傭兵の機体が仲間の残骸を片手に近づいて来ているのを見て血相を変える。撃てば味方に当たるだろうが、どうせ砲弾は全て逸らされてしまう。これは彼らの精神力を削ぐためだけの行為だ、思考を放棄した敵機は遮二無二突っ込んでくる。
「片手で追加装甲込みの人型を…?」
「二機!」
しかし機体性能の差の前に圧倒的な技量の差がある、後者が勝敗を分ける近接戦において彼らが傭兵に勝てるわけがない。一機は袈裟斬りの要領で胴体を両断され、もう一機は斬った勢いをそのまま乗せた回し蹴りで吹っ飛ばされる。
「操縦上手いわね、鹵獲出来る?」
「こんな改造機欲しいのかよ、成功したら報酬貰うからな」
蹴りのダメージから立ち直れない最後の敵機に歩み寄り、ひしゃげた装甲に手をかけて力を込める。一枚目を思い切り引っ剥がすと同時にどうにか抵抗しようとする敵機をそのまま抑え、刀を逆手に持ち直した。
「えーと、ここら辺か」
コックピットハッチを探し、その奥を狙って突く。するとすぐに動きは止まり、引き抜いた刀の先には液体が付着していた。それが機体によるものなのか、それともそれ以外によるものなのかは調べたくない有様だろう。
「終わったぞ」
「強いのね、貴方」
血拭いをしてから納刀すると、鞘が動き出して自動的に刃が研磨され始めた。単分子の刃を持つこの刀はあらゆる装甲を切断出来るが切れ味の劣化が非常に早い、その弱点に対応するためのそうびだろう。刀を扱う際の彼の動きは少し粗雑だが、経験者の慣れと技術が垣間見える。
「強くなかったらどうやって稼ぐんだよ、これでも上澄みだぜ?」
「そうなの、つい惜しいなと思って」
そう言った直後に彼女は拳銃を抜き、首に銃口を押し付ける。見るからに装甲が施されている頭部ではなく、比較的防御がうすい関節部を狙う辺り殺意は本物だ。
「危険なのよ」
「…んなことだろうと思った、ミナミ!」
「なっ!?」
女が拳銃の引き金を引くのと同時に、何者かの手が背後から彼女の首を抑える。後部座席のすぐ後ろのスペースに存在していたAIブロックだが、そのハッチは大きく開かれていた。
『寝坊してしまったようですね、ご無事ですか?』
「ソイツ抑えとけ、あー痛ってぇ…」
彼女が息を出来ずに悶える中、拳銃を持っていた方の腕も捻り上げられた。泥棒女を瞬時に捉えたのは人間と同じ背格好をしたアンドロイドであり、中身は機体の操縦補助AIだ。
「やっぱり高い防弾服で正解だったな、多少着膨れするが安心感が違う」
『私のボディと同じ値段する高級品ですからね』
「貯金が貯まらない理由の一つって訳だ」
失神する女から拳銃を奪い取り、弾丸を抜く。実際に触ってみて分かったが、操作もし難い粗悪品に油を塗りたくって使っているようだ。
「…きったねぇ」
この女と相容れないのは分かったが、この場で殺すわけにもいかない。逃げた人型兵器は多少なりとも整備を受けているように見え、補修痕も残っていた。あの手の兵器をこの星の現状で運用出来る組織となると、小規模とは思えない。
「俺を殺そうとしたのがこの女の独断なら、まあ少しは話が出来る筈だ」
『そんな面倒なことをする気ですか』
「船を直さないとこの星から出られないからな、別の街に行くってのに騒ぎを起こすのは良くない」
『本音は?』
「この様子じゃ直ぐにでも増援が来るだろ、情報収集を済ませてサッサと逃げるぞ」
この場で傭兵自身が始末せずとも海賊とやらが片付けるだろう、カンナギは生憎敵機に見られてしまったがコックピットを破壊したので記録映像の修復には時間がかかる筈だ。なんにせよガスマスク達が近くに居るような場所にはもう二度と戻りたくない、船だけは移動させなければならないだろう。
「幸い死んでるのは次元跳躍機能だけだ、惑星内外の航行に支障はない」
『飛べはする、ということですか』
「しかし空からアクセスした情報によると、営業してたドックがあそこだけだったんだよな…」
逃してやった機体と泥棒女のトレーラーが合流しているのを見て、ひとまず身柄を返しに行くことにした。
「戦場に辿り着くのはいつになるやら、災難だぜホントに」