第三十五話 釣り餌
「陸上艦は大会に突っ込んで来る筈だ、俺がそこで出来る限り情報を集める」
「そしてその情報を元に我々の迎撃作戦を最適化する…か、負担が大き過ぎやしないか?」
「この程度切り抜けないと後がない、そうだろ」
大会前日、隊長と傭兵は試合会場近くの待機場にて話し合っていた。ゲリラのスパイに聞かれないよう装甲車の中で二人は向かい合っている、周囲の警戒も怠ってはいない。
「街の準備は?」
「ありったけの人型と通常兵器を稼働状態に移行中だ、上手く進めばそれなりの数になる」
「敵からの砲撃を防ぐ手段はあるか」
「…無いな、建物への被害は諦めるしかないだろう」
この星でマトモな迎撃対象と言えば古びたUAVくらいだ、大規模な砲撃など初めから想定していない。街への被害は甚大なものになるだろう、既に侵入されることを想定してトラップの敷設まで行っているそうだ。
「そうか…」
「だがやれることをするしかない、危険な任務ばかりを任せてしまってすまない」
「気にするなよ、一緒に戦うと決めたんだからな」
話すべきことは話し切った、傭兵は装甲車から出て機体の準備を進めているトバリの元へと向かう。今回の偵察で陸上艦の武装配置が分かれば少しは有利に戦えるかもしれないが、その危険度は今までの任務を遥かに凌駕する。
『早かったですね、機体の準備はほぼ終わってますよ』
「ちょいとな、トバリは?」
『素早く撤収出来るように工具を片付けるそうです、襲われるのが分かっているなんて嫌な任務ですね』
「全くだ」
トバリカスタムに装備された戦車砲や30mm砲は既に弾薬が積み込まれており、腰部のロケットモーターも固形燃料が嵌め込まれている。いつでも戦えるだろう、コックピットの中も綺麗なものだ。
「傭兵さん、どうですか?」
「トバリ、戻って来たのか。もちろん文句なしだ、これなら何とだってやり合えるさ」
「無理だと思ったら撤退を優先してくださいね、機体を捨ててでも帰って来て下さい」
「その時はそうするよ、ありがとう」
状況が状況だ、彼女も不安そうな顔を隠せていない。一蓮托生だのなんだのと言いながら彼女抜きで隊長と話を進めたのは良くなかった、その場の雰囲気に流されてしまったかと傭兵は反省した。
「そろそろ試合開始です、行きますか?」
「ああ」
『機体立ち上げますね』
傭兵が機体に乗り込むと、時を同じくして周囲の人型兵器も動き始めた。多種多様な機体が揃っているが、しきりに傭兵の機体を見る者も居る、警戒が必要だろう。
「こっち見て来た奴らはマークしとけ、物珍しさで見られているとは思えん奴が何人か居たな」
『露骨ですねぇ、狙撃用の装備なのも暗殺する気満々というかなんというか…』
「戦車砲で吹っ飛ばしてやればいいさ、ほら行くぞ」
試合会場は広い、どのタイミングで接敵するのか分からないが陸上艦が来る前にある程度片付けておきたいものだ。
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周囲の機体とは一定の距離を持たせた状態で始まるが、それは裏を返せば何処に行っても敵と当たるということだ。その証拠に人型兵器の駆動音は小さくない、特に歩行時の振動で動きは分かる。
「これよりィ!サンドロワイヤル第一試合を開始します!!」
実況席からの放送が響いたかと思えば、一気に振動が増した。遂に動き出したのだ、この大会が。
「フライングしてる奴が何人か居るな、元気なこった」
『ここからどうしますか?』
「良いポジションを探して戦車砲を使いたい、このままじゃタダの重りだ」
戦車砲は実際に使わねばプレッシャーを与えられない、上手く当たれば第二世代機でも大きな損害を受けるだろう。しかしその重量と大きさは運用上の足枷となる、うまく使わなければならない。
「やるだけやるか…良さそうなポイントはあるか?」
『狙撃に適した場は候補が幾つかあります、この調子だと既に奪われていそうですか』
「同時に潰せて好都合だ」
いつ襲撃されるかも分からない恐ろしい大会が幕を開けたが、参加者の大多数はそれを知らないだろう。傭兵はこの状況を楽しむように笑いつつ、建物の陰に向かって砲門を向けた。
「まずは一機目、行ってみようかァ!」




