第三十四話 対策
「傭兵、謝りたいことがある」
「どうした急に、柄でもない」
珍しく防弾装備を脱いだ傭兵は手当を受けてベッドに寝転んでいたが、見舞いに来た隊長は帽子を脱いで椅子に座った。
「お前がスパイである可能性を疑い、今の今までレンヤ達に探らせていた。今回ゲリラの少女と引き合わせたのもボロを出すかどうか試すつもりだったが、このザマではな…」
「やっぱり探り入れてたんだなアイツら、向いてないからやめさせた方がいいぞ」
「スパイだなんだと疑っておきながら基地で機関銃をぶっ放されたんだからな、立つ瀬が無い」
「気にしてくれるなよ、俺が怪しいのは事実だからな」
「…そうか」
隊長も一部隊の長というだけであり、治安維持隊のトップというわけでもない。そこまで気に病むことはないと言いたいが、そう言っても彼は負い目を感じ続けるだろう。今必要なのは慰めや否定の言葉ではない、この空気を完全に払拭出来るような何かだ。
「なあ、俺はゲリラの連中が気に食わないんだが隊長はどうよ」
「同感だ、人の街で好き勝手してくれる」
「防衛隊も頼りにならねぇ、ここまで来たらやるだけやらないか」
「…ほう?」
折角の防弾服がオシャカになったのだ、この怒りはゲリラにぶつけよう。それに街が壊されれば船の修理も出来ない、本来の目的が更に遠のいてしまう。
「これまでの計画通り俺は大会に出て囮になる、ゲリラの連中に俺が治安維持隊の紐付きだって情報を流してくれ」
「本気か」
「ヒットマンが送り込まれてる時点で襲撃計画がこっちに渡ったのは知られてる、奴らは計画通りに事を進めるために俺を排除しようとする筈だ」
「その隙に俺達は何をすればいい、悪いが陸上艦を破壊出来るような装備は無いぞ」
「俺からの注文はありったけの武器弾薬とホバークラフト一隻、後はこの機体をカザマキの所から買い戻してくれ。それ以外は頼む」
「…何か考えがあるんだな、勝機は?」
「無かったらとっくの昔に居なくなってるよ、ゲリラの少女一人のために機関銃に撃たれたりなんてしないっての」
やられっぱなしというのは性に合わない、隊長もその気になったようだ。彼は立ち上がって帽子を被り直し、準備を進めるために医務室を去っていった。
「焚き付けた以上、俺もやる事をやらなきゃなぁ」
「何を勝手に決めてるんですか」
「…トバリ、いつの間に?」
「パイロットが怪我して心配しないメカニックが居るもんですか。それなのにゲリラと戦うって、こっちの気持ちも知らないで!」
彼女は泣いていた、機関銃で撃たれて医務室に居ると聞かされた時の心情を思えばこうもなる。心配して来てみれば平気そうな顔でまた命を投げ出すような計画を立てていたのだ、言いたいことの一つや二つあるだろう。
「すみませんでした、本当に」
「…何に対しての謝罪なんですか?」
「相談せずに決めたことだ」
「次から私も話に入れて、危険だとしても巻き込んでください。だって一蓮托生なんですから」
彼女から発せられる圧力は相当なもので、さしもの傭兵でも首を縦に振ることしかできなかった。
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ーー
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医務室から出て来た傭兵が最初にしたことは、少女を格納庫の一角に連れて行くことだった。
「えっと、ここがボクの部屋?」
「暗殺されたくないならそこで暫く大人しくしてな」
ゲリラの箱入り少女は前みたいなことがあっても困るので、傭兵が持ち込んでいた多脚車両に押し込むことになった。多少狭いが子供の体格ならそこまで窮屈というわけでもない、申し訳ないが我慢してもらおうということになった。
「分かった、凄く綺麗な機体だね」
「おお分かるか、センスあるな」
「今まで見た子よりずっとスマート、四本足じゃなくて六本足なのも気になるけど…」
これからの事を考えると多脚車両はある程度独立して動けた方が良い。彼女が操縦出来れば楽だが完全に信用する訳にもいないだろうし、何かしらのAIを用意した方が良さそうだ。
「操縦系は協商連合系だけど、駆動系の人工筋肉配置は帝国寄り?」
「驚いたな、機材を見ただけで分かるのか」
「この見た目だからずっと機械の中で過ごしてたんだ、多脚でも人型でも動かせるよ。この子はちょっと自信ないけど…」
最低限の自衛は出来そうだ、火器に電子的な使用制限はかけるとしても多少の移動は彼女でも出来るようにした方が良いかもしれない。
「支援AIを用意しておく、そうしたら一人でも動かせるさ」
「乗せてくれるの!?」
「乗せんと死ぬだろ、お嬢ちゃん」
「それは…そうですねェ……」
「下手に動かすなよ。何かあればすぐに通信入れろ、いいな?」
多脚車両とはいえ性能はこの星ではオーバースペックだろう、相手が第二世代機なら正面から戦えるだけの力がこの機体にはあるのだ。問題は主砲を偽装のためにレールガンではなく火薬式の機関砲に載せ替えてあることだ、火力不足は否めない。
「大会までは大人しく…」
「お届け物だよォ、物騒な兄ちゃん!」
「武器屋のお婆さん!?」
格納庫の外に現れたのはトラック二台、調達を依頼した武器弾薬が積載されていた。しかしそれにしては量が多いと思えば、隊長に言ってあった地雷も運んで来てくれたらしい。
「何がお婆さんだい、武器屋のババアと呼びなババアと」
『あ、お婆さん』
「ミナミちゃんは許すよ」
「訳分からん」
整備士達と共に荷物を運び、傭兵は隊長と地雷の様子を見た後で敷設する箇所について話し始める。ミナミはゲリラとの戦闘を前にカナミへ様々な経験を共有し、レンヤはカザマキが人型兵器用のトレーラーで運んで来たある機体を見て目を輝かせていた。
「カザマキが運んで来てくれたのか、助かった」
「何、この街のためならお安い御用さ」
「ゲリラの陸上艦に肉薄するにはコイツの力が必要だ、少々中身を弄る必要はあるんだがな」
被せられていたシートを外せば、そこにはヒロイックな外観が特徴的な第二世代機の姿があった。輸送船から奪取した後、カザマキの伝手で売り払ったあの機体だ。
「我儘を言って済まないな、買い取ってくれたあの人は怒ってなかったか?」
「見たい箇所は見たと言ってたぞ、治安維持隊が買い取った以上好きにしろと」
傭兵はレンヤに向かって手を振り、トレーラーの荷台に上がるように促した。彼は第一世代機とは違うシルエットの機体に興味津々だったが、傭兵のある一言によって更に気持ちを昂らせた。
「乗ってみてくれ、この機体は任せる」
「でっでもこれ、第二世代機ですよね!」
「中身が少々厄介でな、アンドロイドとのタッグで操縦して欲しい。その機体は温存しなきゃいけないが俺は大会に出る必要がある、頼んだぞ」
「はい、任せてください!」
新しい機体、しかも特別製と来て喜ばない彼ではない。あの年頃なら誰でも格好のいい機体に憧れるものだ、あの表情からして随分と気に入ったらしい。
「兄ちゃんよ、ナカガワ繊維の五型だったかい?」
「ババア…なんで防弾装備なんか…」
「隊長さんからだよ、貰っときな」
いつ自分がナカガワ繊維の五型を着ていると知ったのだろうか、正確には改良が重ねられた八型なのだが。
「…あっ!検問か!」
確か検問で怪しまれぬようわざと古い型を申告したのだ、つまりその時からマークされていたということになる。肝が冷えたなと傭兵は思いつつ、それほどの人物が味方に居るという事実に勝機を見た。
第一章も終盤に差し掛かりましたので、投稿ペースを一日一話に下げます。その分文字数は増しますし内容も濃いものになると思いますので、どうぞよしなに。




