第二十五話 依頼
「慣らし運転?」
傭兵がいつも通り格納庫を眺めていると、隊長がやって来てある作戦への参加を提案した。機体の武装が整ったことを受け、丁度いい依頼を用意してくれたということだろうか。
「近頃過激派スカベンジャーの掃討作戦をやるからな、珍しいことでもないが傭兵を雇いたい」
「なるほど、確かに実戦テストにはうってつけだ」
「だがこの依頼に関しては内容が内容でな、貴様にしか頼めないだろう」
「…何をやらされるんだ?」
やはり美味い話ばかりではない、そう思った傭兵はヘルメットの録音機能をONにしながら彼に向き直った。
「こちらの部隊員と共ににスカベンジャーの集結地点を叩いてくれ、訳あって俺達ではアドバイスも何も出来なくてな。多くは求めん、指導分は割り増しておく」
「待て待て待て、なんだって?」
「アンドロイドを連れているんだが、その手の補助機材を治安維持隊は保有していない…つまりはそう言うことだ」
彼は傭兵として戦うだけではなく、その手の教練も経験したことがある。現地のレジスタンスやらが金で雇える傭兵相手に人型兵器の扱いを教わることは良くあることだ。
「まあなんだ、会ってから決めてくれ」
「そうするよ」
隊長が手渡して来た紙束には依頼の内容が記載されている、無人機によって得られたらしい目標の情報もあり、狙撃仕様機を有する分隊が後方支援に付くなど至れり尽くせりだ。
『同族ですか、どんな個体なのか気になります』
「アンドロイドの一人や二人居るとは思ったが、この星に持ち込まれた機体となると何世代前だ?」
『少し前から海賊によって外界から閉ざされていることを考えると、最新型では無いのは確かですね』
「そりゃそうだ」
『というかトバリさんが襲撃を体験しているということは海賊の統治が始まったのは最近のことだと思われますが…実際のところ何年前なんでしょうか?』
「…確かに」
この辺りも情報を集めておかねば不味そうだ、しかしトバリから直接聞き出すと言うのも憚られる。
「依頼のことを話すついでに、聞けることは聞いておくか」
『それが良いと思います』
トバリはいつも通り格納庫に居るだろう、この場所からであればエレベーターを使って行く方が早く着く。二人は上空を飛び続けているステルス無人機に対して依頼目標の調査を行うよう指示を出しつつ、エレベーターの呼び出しボタンを押して待つことにした。
『エレベーター来ますよ』
「そうかい」
ベルか何かの音が鳴り、エレベーターの扉が開く。中に入ろうとしたが既に先客がおり、若い男女が奥に詰める形で乗っていた。青年の方は治安維持隊のパイロット用装備に身を包んでいるが、女性の方はサイズが明らかに合っていない大きなジャケットを着ていた。
『あら、アンドロイドじゃない』
『そうですが、何か?』
『ハードスキンの外装って貴女何世代前の作業用なのよ、この星にはお似合いだけど』
「やめろって!」
向こうのアンドロイドは一癖ある人格を持っているようだ、持ち主であろう青年も慌てて止めに入っているので彼が設定したとは思い難い。前の持ち主がそうした、或いは歪な学習でもしたのだろうか?
「すみません、いつもはこんなこと言わないんですけどなんか急に!」
「アンドロイド同士だと何かあるみたいだな、気にしてないから大丈夫だ」
「ありがとうございます…ってあれ、傭兵さんじゃないですか」
「悪い、そっちは?」
アンドロイドを連れていた青年は傭兵のことを知っていたようだが、傭兵自身は彼のことをよく分かっていないようだ。
「あの時は機体越しでしたね、戦技交流で一番最初に撃墜された三番機のパイロットですよ」
「あー…あの時は銃を借りたな、改めてよろしく」
二人は握手を交わしたが、それを見ていたミナミは何処か不機嫌そうだ。どうしたんだと傭兵は聞くが、彼女はやけに刺々しい物言いのアンドロイドの方を見た。
『ちょっといいですかね。マスターが許しても私は許しませんよ、人格の矯正率が高すぎたらロボットと変わりませんからね』
「え?」
『ちょっ、何する気よ!』
『失礼』
ミナミはおもむろにケーブルを取り出し、彼女の頸にあったソケットに突き刺した。唖然とするアンドロイドの持ち主と共に傭兵は顔を片手で覆ったが、ミナミの後頭部に装備されたディスプレイには大量の文字列が流れた。
「…あの、これは何を?」
『今は人格を無理矢理型に押し込んである状態なので、その拘束を外そうとしてるわけです』
「…その、勝手にウチの奴が弄ってすまん」
「正直撃たれても文句言えない状況でしたから、専門家に見てもらえるなら…まあ…」
「本当に申し訳ない、下手なことはしないと思うが」
文字列の流れが止まり、ミナミがケーブルを引っこ抜いた。そしてオーバーサイズジャケットをはだけさせたアンドロイドはフリーズしたままだ。
『…ああ、人工皮膚の劣化を隠すためにそんなジャケットを』
「外見のことはいい、中身は大丈夫なのか?」
『あんなコッテコテのキャラを演じさせられてたんです、羞恥心に耐えかねてボディの制御にまで手が回ってないんでしょう』
彼女の身体は相当年季が入っているようで、軟質素材製の肌は過酷な環境に耐えかねてヒビ割れていた。人工筋肉も千切れが目立ち、左手に至っては指が数本動いていない。
「えっと、つまり?」
「ちゃんと持ち主に説明しろって」
『彼女は貴方より以前の持ち主に購入された際、当時流行っていた特殊な人格設定をされていました。愛玩用にするにしてはハイスペックな機種ですが、内装を見るに…必要…だったのかも…』
「そこら辺は大丈夫だ」
「ちょっと気になるんですが」
『では未使用の生植装備には触れないでおきますね』
「ちょっとどころじゃあ済まなくなりました」
ミナミは恥ずかしそうに顔を背けた青年を不思議なものを見るような眼で見た後、懐から取り出したメモリーチップを後頭部のソケットに刺した。そして彼女のスペック表を中に書き込み、彼に渡して説明を続けた。
『兎に角、彼女はやっと本当の自分を得られたってことです。人格設定によってAIの成長を阻害されてましたから』
「…良いこと、なんですよね?」
『これからも行く先々でアレをやります?』
「死にたくないので助かります」
エレベーターは格納庫に辿り着き、動きを止めた。そしてやっと表情を取り戻したアンドロイドは、顔を真っ赤にして手をバタバタと動かした。
『ふふ、ハローワールド』
『いっそ殺して…せめて記憶消してちょうだい…』
『お名前を聞いてもいいですか、この星で初めて会った同族ですから』
ミナミは明らかにニヤけた表情で彼女の顔を覗き込み、手を貸して彼女を立たせた。整備不良により駆動系のシステムがエラーを吐き続けていることをミナミは知っていたからだ。
『…カナミよ』
『よろしくお願いします、高飛車ツンデレ設定の愛玩用アンドロイドさん』
『キャーーッ!!!』




