第二十二話 売却
「機体についての資料がここまで整っているとは…優秀なメカニックを仲間にお持ちのようだ」
「ええ、伊達に大会優勝を目指してはいませんから」
喫茶店というには少々花のない外観だったが、内部はかなり豪勢な構造になっていた。貴重な筈の木材で作られた家具や内装もあり、そこらの木っ端傭兵が利用出来る店では無さそうなのはよく分かる。
「機体自体は多少弄られたとはいえ協商連合製と思わしき第二世代、品質に関しても装甲及び内装には劣化が見られません」
「ふむ…この改造を受けた箇所に関してはどうなのかね?」
「胴体の動力区画に直結する形で背部に件の慣性制御機関を載せています、小型船用の物とはいえ性能は確かです」
改造箇所に関しても中々理解のある奴が手を加えたらしく、かなりの大改造だというのに機体への負荷は少ない。電力周りも気を使ってあり、ハード面での完成度は非常に高いと言っていい。
…アンチデブリシステムの使い勝手を見るにソフト面は未熟も良いところだという注釈は付くが、それをどうにかするために運んでいた可能性もある。
「機体OSはシキシマ社の第二世代向け汎用タイプ、試作機としては破格の操作性であることは乗った者として保証します」
「詳しいのだね。つかぬことをお聞きするが、人型兵器にはいつから?」
「物心というものを認識した頃には既に」
「筋金入りだな、妹が入れ込むわけだ」
商人に対して揺らがぬ心を見せつけた傭兵は、交渉を見事成功させた。商人は機体に高い価値があると判断し、第一世代機が何機も調達出来そうな額を提示した。
「我々としてはこの額でどうかと考えている、どうかね?」
この街で過去に取引された第二世代機の金額としては高い方だ、承諾しない手はなかった。
「異論ありません、良い取引でした」
「こちらこそ、興味深い品をありがとう」
喫茶店から出されたガラスのコップにはアイスコーヒーが並々と注がれており、氷も入っている。それに隣に置かれていたミルクを加えて飲み干し、部屋を後にした。そして通信機を懐から取り出し、階段を降りながら通話ボタンを押す。
「トバリ、そっちはどうだ」
『商店の人が来て色々と確認して行きましたよ、隊の整備士さん達と一緒に見張ってましたけど機体に変なことはされませんでした』
「商談は滞りなく終わったわけだ、小切手を預かったぞ」
『これで色々買えますね、リストはもう用意してあるんです!』
トバリへと連絡すると、向こう側でも問題なく調査が終わったことが分かる。晴れて大金を手にしたわけだが、これを上手く使って大会で勝つことが元々の目的だ。
「遠回りになったがやっと部品を買えそうだな、銀行で金をどうにかしてくるから帰ってくるまで休んでてくれ」
『お願いします!』
銀行でトバリが元々持っていた口座に小切手の金を入金したが、あまりの増え方に傭兵は少し笑ってしまった。
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日を改めて傭兵御一行がやって来たのは街の商店街、大会に参加する筈が前の騒動で所有者が死んで売られてしまったような人型兵器も店に並んでいる。
「建て直しを図る奴らが部品を買い漁ってそうなもんだが、大丈夫なのか?」
「リサーチは済んでますし、私達には裏技が使えます!」
「裏技?」
そんな都合の良いものがあったかと訝しむ傭兵だったが、やけに自慢げなミナミを見てその意味を理解した。
「ミナミにソフト面の調整を任せるってわけか」
「互換性の問題から組み込み難い部品も私達なら問題ありませんし、部品が合わなくても治安維持隊の工作機械を借りれば加工出来ます」
「他の奴には難しい話だな、どれだけ恵まれてるか分かるってもんだ」
トバリが持って来たメモには高度な電子機器は勿論、予備パーツや車両用の追加装甲などの存在まで書き込まれている。どのような形になるかは市場の事情と相談する必要はあるが、贅沢なことに金の心配はしなくてもいいのである。
「ミナミちゃん、このタイプのレーダーはいけますか?」
『ロイド社製のコピー品ですね、お任せを』
「これ二つ下さーい!」
この星の機体は協商連合系の人型兵器ばかりで、帝国やコロニー連合といった他勢力の部品とはあまり仲が良くない。このマッチングの悪さは既に解消されつつあるのだが、時間が過去のまま進んでいないこの星では関係の無い話と言えるだろう。
「この先の店で爆発反応装甲を調達しましょう、大型の分厚い奴を」
「…完成が楽しみになるな、こりゃあ」
『貴方がここまで焚き付けたんですからね、分かってますよねマスター』
「分かってるよ。俺もここまで辺境惑星を楽しめてるのが心底不思議だったんだが、良縁に恵まれたらしい」
家族を連れ去られた彼女が明るく振る舞えているのは良いことなのかもしれない。内心がどうなのかは分からないが、傭兵はまあこれでいいかとヘルメットの中で笑みを浮かべながら彼女の後に続く。
「この戦車下さい」
店先に停めてある戦車に値札が付いているのを見た彼女が装備を見て即座にそう言うのを見て、傭兵とミナミはやっぱり大丈夫じゃあないかもしれないと考えを改めた。
「おいちょっ…待て待て待て!?」
メモはミナミに持って貰おう、彼はそう思った。




