第十九話 墜落船
加筆修正しました。
砂漠を歩くたびに舞い上がる砂が機体に当たるが、砂塵は内部へと入り込むことはない。ほぼ完璧とも言える整備を受けた傭兵の機体は、墜落したという船がある場所まで向かっていた。
「隊長、聞こえてるか?」
「今のところ問題ない、ジャミングまでは行っていないようだな」
「スカベンジャーはそこまでの設備を持ってるのかよ」
「場合によってはな」
演習の時にも使われていた無人機は遥か上空にて飛び回り、通信の中継地点としてこちらを支援してくれている。現在地の把握にも使えるため、迷う心配も無いというわけだ。
「貸し出している20mm機関砲だが、偵察のために長距離狙撃用の照準器を取り付けてある。望遠鏡替わりに使え、出来れば撮影も頼む」
「助かる、頭部のカメラじゃ心許なかったところだ」
「事前偵察によるとスカベンジャーの機体は少なくとも10を超える数が居るはずだ、情報収集は安全な範囲に留めてくれ」
墜落船までの距離はあと少しだが、スカベンジャーを刺激せずに内容物を確認するというのは中々難しい。中身が外から見えるのなら楽だろうが、まず無理だろう。恐らくは今回の廃品回収に協力する建前にしてくれたのだろう、カザマキ嬢のことがあったとはいえ優しい奴らだ。
「この丘から覗けるか試そう、UAVは前に出ないでくれよ」
『狙撃用センサと接続、視界に映像出力します』
「20mmの弾道演算出来るか、権限を渡すから単独で動けるようにしておいてくれ」
『騒ぎを起こす気ですか?』
「必要のない時に撃つ気は無いから安心しろって」
目当ての墜落地点の周りには、大量の人型兵器と車輌群が集結していた。対空車両の姿も見えるため、無人機には下がってもらうことにした。
「見える範囲で…20機は居るぞ?」
『画像から識別します、少々お待ちを』
「識別結果は無人機に送ってやれ、隊長の予想より倍の数が居るとはな」
スカベンジャーの機体はどれもボロボロに見えるが、武装はある程度充実していた。中には戦車砲を改造したような武器を構える機体もおり、火力は侮れない。
「さて、どうするかな」
「聞こえるか傭兵。この状況での偵察は危険過ぎる、後回しにして本来の目的である廃品回収に…」
「待ってくれよ隊長、あと少しでチャンスが来るんだ」
「何?」
「この空気、この辺りは絶対に荒れるぜ」
治安維持隊の無人機よりもさらに上を飛ぶのは傭兵のステルス機だ。機体のレーダーから得た情報は砂嵐が来ることを警告しており、このことを知っていた傭兵は千載一遇の好機だとして墜落現場にやって来たのだ。
「まさか…砂嵐に乗じる気か!」
「その通り!」
「こちらでも気象データを確認しよう、無茶はするなよ」
とは言っても砂嵐が来るまでにまだ時間はあるため、スカベンジャー達の動向を見張りながら待機する必要がある。コックピットの設備も状態の良いものに置き換わったためエアコンの効きも良く、砂漠の炎天下でも快適なのは救いだろう。
「さて、武器を確認してくれ」
『船に乗り込む気ですね?』
「ゲリラ退治の報奨金で買ったんだが、まあ骨董品だな」
火薬は僻地でも量産が効くため、治安維持隊の紹介を受けた銃砲店に並べられていた中に電磁式の銃は無かった。傭兵は店主にそれとなく聞いてみたが、そんなのは中央工廠に行くしかないねと返された。人型兵器の部品を供給するこの星で唯一の大規模な工業地帯、中々怪しい場所があったものだ。
「慣らし撃ちもしたし、弾も選別した。見た感じ大昔の傑作銃をそのままコピーした設計だから、まあ土壇場で詰まることもないだろ」
レバーアクションライフルは多脚車両の中に置いてきた。街中では威圧感を与え過ぎないので丁度いい武器なのだが、今回ばかりは力不足と言ったところだほうか。
『過信は禁物ですよ、砂嵐の中を行く訳ですから』
「それは分かってる、油断しないさ」
船の内部まで人型で入り込むことは出来ない、ここに来て人間の出番という訳だ。ありったけの弾倉をポーチへ詰め込み、予備の拳銃にも弾を込める。
「少し確認して離脱する、あの船にはきっと何かあるぞ」
『…簡単には終わらない気がするのは私だけでしょうか』
天候が荒れ始めた、作戦開始だ。
ーーー
ーー
ー
少し先も見えないような砂嵐の中を進み、墜落船に張り付く。傭兵は機体から降りて損傷した外殻の間から中に入り込み、大きく傾斜した船内で銃を手にした。
「ミナミは機体を頼む」
『了解しました、どうかご無事で』
「ああ」
貨物室への道は歪んだ扉で閉ざされており、開けて進むことは出来ない。そこで持ち込んだ単分子カッターで扉を切断し、三角形の穴を開けて潜り抜けることにした。
「これもこの星じゃ手に入らないだろうな、予備は船にしか無いし落とさないようにしないと…」
ナイフを鞘に戻し、暗く砂が積もった船内を歩く。墜落した原因が何なのか気になるところだが、船員の死体が一つも無い辺り無人なのだろうか。
「操舵室を探す、情報収集がしたい」
『でしたらひとまず艦橋に向かうのはどうでしょうか、大抵の場合直通の回線や通路があります』
「そうするのが良さそうだな、おおよその位置は分かるか?」
『砂嵐が来る前に観測結果を纏めておきました、位置だけは透けて見えるようにしておきます』
エレベーターは電力が途絶えているため使えないが、階段や梯子といった手段を用いて上へと登っていく。不思議なことに閉まっている隔壁は一つもなく、墜落前にそれを回避するための手段を講じたようには見えない。
「有人仕様なのにわざわざ無人にして使ってるのか…?」
『気味が悪いですね』
「サッサと艦橋に向かおう、長居しても良いことは無さそうだ」
やっとのことで辿り着いた艦橋に繋がる扉も開いており、簡単に中へと入ることが出来た。傭兵はやはり人が居た痕跡の無い操舵席へと座り、埃を被った機材を弄り始めた。
「少し前までは動いていたんだ、頼むぞー?」
非常用と思われる幾つかのスイッチを弾き、コネクタに端子を挿し込む。船外に居るミナミとの通信は良好だ、このまま調査を始めてもらえるだろう。
「行けそうか」
『メインの記憶媒体は電力欠乏でオフライン、艦橋内の設備から情報を引っこ抜くのが限界ですね』
「どう飛んだから分かれば大きいんだがな…ブラックボックスは?」
『航行記録は何故か自動で消去するよう設定されています、そして肝心のフライトレコーダーは搭載されていません』
「うっわぁ意図的ィ、真っ黒じゃないか」
断定こそ出来ないが、この船は墜ちるべくして墜ちたらしい。積荷として何を載せているのかは知らないが、これは調べる必要があるだろう。
「取り敢えず格納庫に…」
『マイクに反応です、静かに』
ミナミの手によって増幅されたのは複数人からなる足音であり、エレベーターシャフトから響いて来たのが分かる。データは回収したが、肝心の貨物を見る前に奪われるのは不味いだろう。
「…歩行音か、スカベンジャーが入って来てるな」
『どうされますか?』
「先に荷物を探し当てる、そんで写真でも撮ってから逃げる!」
このタイプの輸送船は古すぎて見たことも少ないが、設計している企業の傾向からして船体中央に貨物室がある筈だ。なのでひたすら中央に向かって進むのが吉、そう思った傭兵は迷いなく足を前に出した。
「スカベンジャーの奴ら相当本気だな、船の墜落はアイツらにとってかなりのビッグイベントらしい」
シャフトから飛び降りて一気に貨物区画へ入ると、ワイヤーで比較的小さなコンテナが一纏めにされているのが目に入る。大きな物を格納する部屋はもう少し奥だろう、このまま進めば良い筈だ。
『遭遇すれば撃ち合いになりますよ』
「撃たなきゃ撃たれそうなもんだが」
傭兵は渡されていた隊長との通信機のボタンを押し込み、そろそろ接敵するが銃を使ってもいいかと簡潔に伝えることにした。
「スカベンジャーが艦内に居る、撃ってもいいのか?」
「情報収集のためなら構わん、廃品回収屋とは言うがタダの賊だからな。使っている周波数が分かるなら教えろ、どんなグループかはある程度把握している」
トバリが言っていた"スクラップにされる"というのはそういうことらしい、単純に街の人々とは相容れない存在だったようだ。隊長達がゲリラとの交戦経験が少ないというのは、普段の交戦対象がスカベンジャーだったということだろうか。
「ミナミ」
『コレですね』
「…恐らく他のグループを出し抜いて砂嵐の中侵入したのだろう、こちらと戦闘になることも頻繁にある厄介な集団だ」
「つまり?」
「交戦は避けろ、閉所で多対一の状況に追い込まれれば危険極まりない。格納庫の情報は惜しいが貴様ほどの傭兵を失うのは惜し…」
だが傭兵は格納庫に向かって走り続けている、隊長の交戦を避けろという言葉も話半分だ。傭兵が知りたかったのは撃ち殺していいか否かだけであり、邪魔者を排除出来る機会があるならしておきたかった。
「おっと…ビンゴ!」
「えっ」
ドアを装甲服のパワーアシストで蹴り破った先には、防塵装備に身を包んだスカベンジャー達が居た。相手の方が早く辿り着いていたらしい、こんな所で遭遇するとは双方が思わなかったが、咄嗟の判断は傭兵の方が先だった。
「邪魔だァ!」
持っていたライフルで一番手前のスカベンジャーを撃ち殺し、そのまま後続の奴らにも引き金を引く。反撃しようにも細長い通路では多対一の強みを押し付けられない、それに固まれば動くこともままならないだろう。
「ご機嫌麗しゅう、このクソみたいな環境でいかがお過ごしかな!」
「何だアイツ、何処の組だ!?」
「撃ち返せェ!」
連発モードに切り替えたライフルは30発入りの弾倉を一瞬で使い切り、船内の通路といえ狭い場所に集まったスカベンジャー達にその銃弾全てを撃ち込んだ。
「ダメだ戻れ、ここじゃ前の奴が邪魔で撃てない!」
「押すんじゃねぇ、テメェは撃ち返せ!」
「ふざけんな!俺は死にたくねぇ!」
再装填を終わらせた傭兵はパニックになる彼らに第二射をお見舞いしようかとも思ったが、負傷者が倒れたことで逃げるのも難しくなっている彼らを一掃する方法を思いついた。
「買っといて良かったな、ファイアインザホールっと」
「グレネード!?」
「た、退避…」
通路に固まっていたスカベンジャー達が避ける間も無く吹っ飛び、飛散した破片が彼らの防塵装備を貫通して肉体をズタズタに引き裂く。
「ふざけ…ふざけやがってェ!」
「おらよっ」
近付いて来ていた傭兵に対して飛び出した者は思わぬ反撃を受けた、地面に転がっていた仲間の銃で殴られたのだ。
「ギャッ!?」
傭兵は装甲服の人工筋肉と自身の肉体を上手く使うことで人間離れした膂力を発揮し、ぶつけられた銃床はスカベンジャーのヘルメットと頭蓋骨を纏めて叩き割った。
「自分の銃でやったら歪んで使えなくなるからな、丁度いいのがあって助かる」
「…」
「おっとこれで最後か、可哀想な奴らだこと」
背中から撃たれるのも嫌なので手榴弾をもう一つ取り出し、死体の山に放り込んだ。ピンを抜く音を聞いて死んだふりをしていた奴が飛び上がって逃げ出したが、負傷していたらしく走れていない。
「嫌だッ!ああぁ!」
「まだ居たのか、ご愁傷様」
そのまま伏せていれば仲間の死体が盾になって助かったかもしれないが、立った上に背を向けて逃げたので破片を思い切り身に受けてしまった。爆発と同時に身体が跳ねた後、断末魔もあげずに倒れて死んだ。
「掃討完了、奥に進む」
「…話を聞いていなかったらしいな、まあ無事なら構わんが」
『船外でも振動を観測しています、恐らく彼らを送り込んだ部隊が何処かに張り付いているかと』
「通信が途切れたことを不審に思われるかもな、死体から通信機を奪ってみるか」
手榴弾ではなく銃で殺した死体のヘルメットを剥ぎ取り、内側に付いていたヘッドセットに繋がるケーブルを見た。そして胴体の通信機を探し出し、そこから帯域を調べて自前のヘルメットで傍受する。
「これで聞こえる筈だが」
「何故通信が途切れたァ!返事しろクソ野朗共!」
「うわっ」
「ここまで役に立たん奴らだったとは…死ぬ時くらい何で死んだのか言ってからあの世に行け!」
「相当キレてるな、まあ十数人があっという間に死ねばこうもなるか」
通信越しでも怒り狂い周りに当たっているのが分かる、碌でもなさそうな指揮官だ。この男が冷静になって次の手を打つ前に船の格納庫を調べる必要があるだろう、先を急がなければ。
「砂嵐の中に留まったのが奴らだけなら居ても5機だろう、貴様ならやれるかもしれんな」
「なんで数が分かるんだ?」
「二週間前に潰した、残党がそれくらいだ」
隊長達も相当なやり手らしい。敵の気がやけに立っているのは、大きな損害をどうにか埋め合わせようとしているからだろうか?