第十二話 選考
あれからすぐに返答を返した傭兵達は、治安維持隊の戦技交流という名目で始まった選考会に参加した。
「一般参加は俺だけか?」
「大会の直前に人型兵器を壊されては困るからと言われてな、集まらなかった」
「完全なアウェーじゃないか」
少し申し訳なさそうに答えるカザマキと話すのは、居心地の悪そうな傭兵とそれに付き添うミナミだ。
「悪目立ちする…いや、もうしてるか」
灰色とオレンジという重機そのままの塗装に身を包んだ人型兵器、仮称トバリカスタムを囲むのは青色の治安維持隊仕様機だ。どれも整備が行き届いているように見え、先の戦闘でも損失した機体は居なかったことを考えると凄腕揃いだろう。
「ひとつ聞きたいんだが、何故推薦したんだ?」
「その操縦技術に目をつけて…というのもあるが、スパイ疑惑の払拭に実績は必要だろう?」
「やっぱり疑われるか、探られて痛い腹はしてないけどよ」
機体のチェックが終わったらしいトバリがこちらに合図を送っているので、手を振り返して立ち上がる。他の候補者というか隊員達は既にコックピットに収まっているので、待たせるなと言わんばかりの視線が注がれている気がした。
「カメラでこっちを見てやがる、おお怖」
「急かされているようだな」
「開始時間までまだ30分あるだろ、こっちは初めての実戦投入で大変だってのに」
「…は、初めてなのか、あの機体で戦うのは」
そうとは思わなかったと驚く彼女の表情を見て少し笑う。そして機体に向けて歩きながら、そういうこともあると返す。
「お任せあれ、お声がけ頂いた以上は面子を潰すような真似は致しませんとも」
「ふふっ、頼んだぞ傭兵殿!」
何やら嬉しそうな顔をする彼女と別れた二人は機体に辿り着き、差し入れの水をトバリに手渡した。
「どうよ」
「絶好調…と言いたいところですけど、7割ってところです」
時間が足りない中、彼女は機体を戦闘可能な状態にまで仕上げていた。足りないパーツ、信用出来ない電装品、劣化した人工筋肉と散々だが、それでも良く動くのは彼女の腕によるものだろうか。
「んじゃ近接戦は無しだな、極力射撃だけで済ますか」
「可能ですか?」
「アレがあるからな、話つけて借りてきた」
治安維持隊のトレーラーに乗せて運ばれて来たのは、人型兵器が手に持てるように改造された20mm機関砲だった。選考に参加する機体が皆装備しているのを見るに、制式装備なのだろう。
「正面装甲以外なら有効打になる、機動力で勝る俺達にはうってつけの装備だ」
「40mm拳銃はどうします?」
「そのままで頼む、アレは使えるからな」
コックピットに乗り込み、いつも通りにミナミを機体と接続させる。調整時とは打って変わって、乱雑なメモが取り除かれた操縦室内は不思議と広く感じた。
『こちら戦技交流司令部、聞こえるか傭兵』
「問題ない、聞こえてるさ」
機体が立ち上がった矢先に飛び込んだのは治安維持隊からの無線だ、恐らく同行する車列の中に居る通信車両からのものだろう。
『お嬢は厄介な奴を連れて来たものだ。貴様は7番機と呼称する、これから恥をかくにしては豪勢な名前だがな』
お嬢というのは制服女のことだろうか、実は結構良いとこの出なのかもしれない。だとすると傭兵はあの戦場にて彼女を助け、自分以外に一般の参加者が居ないような選考会への推薦を勝ち取ったということだろう。
「ラッキーナンバーか、有り難く頂戴しますよ」
今の状況に相応しい名前だ、通信手は傭兵達が負けることを信じて疑っては居ないようだが。
『この先にある放棄された市街地を演習場とする、警備隊の後に続け』
「了解」
周囲の機体が歩くのに合わせて前進、話にあった演習場へと向かう。この速度では数十分の行軍となるだろう、車両を使わないのは恐らくは負荷を与えるためだ。
「こっちの機体が故障して歩けなかったのバレてるな、演習の前に長距離移動とはわざとらしい」
『勝てますか、今回の試合は』
「ペイント弾のお遊びだ、これで勝てなきゃ引退さ。だが奴らは確実に結託して俺を狙ってくる、多対一だから油断は出来ない」
だがこの程度は嫌がらせには入らない、長距離行軍が出来ませんとなれば大会での活躍は望めないのは明らかだ。彼らはこちらを試している、そう単純な妨害をしたいだけの奴らではない。
「音楽でも流してくれ、気楽に行こう」
『ではプレイリスト3を再生します、オーディオはどれを?』
「コックピットのスピーカーで頼む、音質が悪くても味ってヤツさ」
機体が揺れるのに身を任せ、鼻歌を歌う。彼の心にプレッシャーという言葉は無い、常に平常心だ。
「さて、相手にとっては慣れた場所で戦わされるわけだが俺達はどうするべきか」
『UAVによるマッピングは終わっています、地形図は確認されましたか?』
「見た、人型が隠れられる背の高い建物が鍵になるな」
大多数の遮蔽物は背が低く、限られた建物を有効に活用しなければあっという間に蜂の巣にされる配置となっているのだ。相手はここでの戦闘に慣れていることを考えると、確実にこの遮蔽を起点にして攻撃を仕掛けてくるに違いない。
「逆に移動ルートが絞れて助かる、奴らは治安維持が任務だから建物をぶっ壊しながら進むのには抵抗があるだろ」
『そうでしょうか』
「足跡の数にペイント弾の跡、中々年季が入ってるってのに建物自体は大きな損傷が少ない。奴らは守りながら戦うことが任務だからな、そういう前提で訓練してるんだろ」
隙はある、それをどう突くかだ。