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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

音に出る 屁に出る 色に出る

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 食うものは、に出る、屁に出る、色に出る。

 うちに伝わる、教訓のひとつだな。

 音は本音という言葉がある通り、ふとした拍子に自分で漏らしてしまうもの。

 屁というのは、意識しなくとも何かの要因で漏れ出てしまうもの。

 色というのは、自分が気づかなくとも相手から見るとモロにばれてしまっているもの。

 ようは、一度行ったことを隠し立てするのは、非常に難しいことであり、どこかしらで知れ渡ってしまうものである。ゆえに、自他へ恥じない振る舞いを心がけよ……ということらしい。


 しかし、こいつは自分の地位や名誉を守る視点で考えた場合。

 命を守るとなれば、範囲がこれだけでは心もとない。

 相手、それも人ではない手合いにも、注意をしていかないとまずいのだそうだ。

 被害が遭ってから、警戒・警告は広められるもの。被害に遭うことそのものは、個々人の注意力でもって防ぐよりないからな。

 その例も、いくつか聞いたことがあるんだ。ひとつ、耳に入れてみないか?



 カエルが犬を食った、という話は俺の父親が子供のときに出たらしいんだ。

 情報源はクラスメートで、朝の学活の時間の前に、そうみんなへいいふらして回っていた。

 いわく、キツネ色の皮膚を持ったカエルを、通学路で見かけたとのこと。

 ふん? と父親は聞いて、眉毛を持ち上げたらしい。


 確かに、キツネ色の肌を持つカエルは、犬を食べた個体という話はすでに祖父母から聞いている。

 ぱっと考える図体の差からして、どう考えても逆だろ。間違いじゃないのか? と詰め寄る父親だったが、「お前、くじらの肉とか食ってる俺らがいえるのか?」と返されて、反論を封じられてしまう。

 身体のでかさは自然界での大きなアドバンテージに違いないが、それが必ずしも絶対的な戦力差になるとは限らない。

 工夫、鍛錬、節操のなさ……突き詰め方次第で、不可能は可能になるのだと。


「まあ、正面から犬を打ち倒したかどうかはしらん。犬の死体の肉を食べたという線もあるかもだがな」


 ――それはそれで、怖いんだけど。


 死肉をむとか、自然では当然のことかもしれないが、きれいに整った人間社会になじんでいる父親にとっては、考えるにおぞましいケースのひとつだったとか。


 キツネ色のカエルについては、連日で目撃談が飛び出す。

 じきに、クラスの半数以上が「見た」と話す人で占められていき、見ていない派の父親含めた面子は、少しずつ肩身がせまくなっていった。

 父親も表向きは問題ないように振る舞いながら、裏では例のキツネ色をしたカエルを追っていたようで。目撃されたという通学路まわりを帰り際にうろついて、出くわすときを心待ちにしていたんだ。

 聞いた話によると、やはりカエルのサイズは格別に大きいというわけじゃなく、手のひらに乗るくらいだったという。


 ――やっぱり、死肉を食べた線なのかなあ。ゾンビカエルとか、嫌なんだけど。


 どこかゲーム感覚なのも、現実逃避のあらわれだったのかもしれない。

 ゲームの中なら輝くも、道を外れるのも、し放題だ。心が余計な嫌悪感に痛まなくて済むからな。



 そうして、父親が出会ったカエルは、思いのほか学校の近くにいた。

 ときおり建つ家たちに挟まれて、断続的に続く田んぼたち。その合間の用水路から、そいつはひょっこり現れたらしいんだ。

 その背から足にかけて、目を疑うほどのキツネ色。コロッケやメンチカツなどであったなら、すぐにでもかぶりつきたい絶妙な色合いでもって、カエルは道路にちょこんと座っている。

 父親も、まさかこのタイミングで現れるとは思っておらず、つい足を止めてしまった。

 元より、犬を食らっているだろうと聞かされている身。ひょっとしたら、犬の身体が近くにあるんじゃないか……と、視線をカエルから外して泳がせてしまった。


 それが幸だったのか、不幸だったのか。

 ひょいと目を戻したときには、カエルがぴょんと跳ねるところだったが、驚くべきはその色だ。

 先のキツネ色はどこへやら、カエルは腹側のわずかな部分を残し、真っ黒くその身を染め切っていたのだとか。

 変わり身の早さに、またも父親は「信じられない」と両目をぱちくり。道路を横断していくカエルを、そのまま見送ってしまったそうだ。


 ――食うものは、に出る、屁に出る、色に出る。


 もし、この言葉通りにあのカエルが、いま新たに何かを食べたのだとしたら。


 父親はいまいちど、目をよそへ向ける。

 先に犬を探した方向以外に、いま目に映すことのできる範囲へまんべんなく。

 数えきれないほど通学に使った道とはいえ、詳細まで完璧に頭へ入っているわけじゃない。最初は違和感こそ覚えたものの、何がおかしいのか気づけなかった。

 けれども、あらためて田んぼの間に立つ家々を見ていくうちに、「あっ」と声をあげそうになったらしい。


 ここのすぐ左手にあるアパート横。田んぼより一段高くなっている地面の上に、真っ黒い小屋があったはずなんだ。

 火事の被害に遭ったのかという、板たちの傷み具合。人が出入りしているところは見たことがなかったものの、その戸がかすかに開いているのは、何度か確かめたことがある。

 中には、小屋の黒と対照的なほど明るい色をした板材たちが、壁に寄りかかっていた。ホームセンターの木材コーナーの一角を思わせる景色だったとか。


 それが、きれいになくなっている。

 おそらく、ほんの数分前までそこにあったものが、さっぱりと。破片のひとつすらなく、あたかも昔からこうだったと、いわんばかりの空き地ぶりだった。

 翌日、クラスのみんなに話をし、実際に現地を確かめたことで、うわさはにわかに広がることに。

 記憶力に優れる人は、例の小屋がそこにあったことをしっかり覚えており、くだんのカエルの挙動もあって、「今度は小屋を食べたんだ」とみんなにおののかれたのだとか。


 そのカエルなんだけど、父親が学校を卒業するまでの間、たびたび話題にあがったみたいなんだ。

 ただ、色が違ってくる。

 この事件から日が浅いうちは、黒だ黒だと話があったのが、しばらくすると明るい黄色に。さらに日が経つと小麦色になり、卒業する年にはもっぱら肌色のものが見つかったとか。


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