プロローグ:船で語りをする男、その一部
最近国同士を繋ぐ船便が増えたので流行りに乗って乗船してみたときのこと。十人は雑魚寝が出来そうな広めの娯楽部屋―と言ってもカードが数セットと、賭けに使うコイン、あとはそこそこの質のチェスの駒と盤が部屋の隅に転がっているだけ―で何やら男が語りをしている。上背は並よりあるが、服がみすぼらしい。南東風のテイストで、元はきっと出来の良い物だったのだろうが、所々破れや色の劣化が激しい。それを誤魔化そうと上から布を下手くそに縫い付けてあるのが、より一層この男の貧しさというものを強調している。
が、しかし、話が意外と面白い。
贅沢に好い香りの蜜蝋を燃やし、夜にしてはかなりの明るさを誇る部屋の中、全くの淀みもなく彼の経験談だか知り合いの商人に聞いた話だかを繰り出す。大きな男の大きな動きで、ロウソクの火が揺れるのが臨場感を更に醸していた。
物語として面白いというものもあるが、名家出身の両親に過保護に育てられて生きてきた自分にとっては、こういうみすぼらしく下品な語り口やエピソードに可笑しさを感じてしまう。
船が一瞬、大きく揺れた。一つ前の『馬の尻尾から人参が生えた話』を終え、休憩をとっていた男がちょうど次の話をしようとした矢先だった。
× × ×
いんや~こういう揺れって波の仕業ってわかっていてもなんかでっかい魚が船を沈めようとしてんじゃねえか、なんて考えちまう夜ですが。そのおかげでこんな話を思い出しました。
むか~し昔の、あるところ。一匹、いや、一匹というより一座とでも呼んだ方が幾分か納得のいくでっかいでっかい―――亀がいた。
そいつの体にはちょっと不思議な特性があってな。なんでも飲み込んだものの中から海のゴミやらなんやらの汚ったねえモンを外に出して、キレーなモンは取り込んじまうんだと。そんで取り込んだキレーなモンはさらに純度を増していく。
それこそ山に降った雪が春に溶け、磨かれて味の良い水になるみてえにな。
そんで海にはよ、俺らには見えやしねえ具合で、金やら銀やら、色々浮かんでるらしいじゃねえか。それが亀に吸収されて最後には亀の甲羅に薄っっっっっすらと積み重なっていくんだってよ!
山みてえにでっけえ亀の甲羅が金銀ピカピカ!!なんともうつくしい話じゃねえかいよぅ。
いや失敬、テンションが上がっちまった。ゴホン……。
そんでそんで、お客さんら不思議に思わなかったかい。
「そんなに大きいなら見たことないわけないじゃないか」とね。
なんでも、一回そのでけえお顔でついっっと水面を破ったならば――。
なんと百年は息が持つって話で、学者先生曰く亀自体も世界に十匹もいねえって話だ。そりゃ見たこと無くても不思議じゃないでしょうぜ。
そんでそんでそんで、その数少ねえ亀の中にとんでもねえのがいるって噂だ。
なんでも奴さん海底を泳ぐのが好きらしくてなあ。海底には何がある?はい、手前んお嬢ちゃんに答えてもらおうかな。ズバリ!海底にあるものと言えば!?
大正解!!!!そう、沈没船だ!!お客さん方お嬢ちゃんに拍手をおくんない!!!
煽りに従って観客たちは拍手を送り、その女の子は少し照れて口元を隠した。
何かの拍子に沈んじまった沈没船をその亀はなんと食っちまってるんだと!人間だったらまあ、馬鹿舌に違えねえわな。
そしたらその馬鹿舌亀に異変が起きた。なんとその金銀財宝がそのままボコっと甲羅の表面に浮かび上がってきたじゃねえか!他の亀どもはお行儀良く金の膜、銀の膜、金の膜、銀の膜とつみかさねていったっちゅうのに。そいつに関しちゃ財宝の山がどんどんどんどん積もっていく。しかしでっけえそいつの背中に飛び移る手段は今んとこねえってのがちょっと、―――いやだいぶ残念だ。
そんでそいつはそんなナリだからよ、そいつの呼び方ってのがいつの間にか出来てたんだ。
その名も――――――――――――――。