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8話 私の魔法、受けてみよ(1)


「シャイナの攻撃魔法を見ておきたい」

次の満月まであと3日の朝、朝食のパンと目玉焼き、ブロッコリーの塩ゆでを今日からは両手を使って相変わらず優雅に食べながらエスカリオットが言った。


定番となってきた黒いシャツの左の袖口からは、濃い灰色の球体と骨のような造形を組み合わせた3本指の手が覗いている。


エスカリオットはシャイナが淹れたコーヒーを一口飲んで、少し顔をしかめた。


「私の攻撃魔法ですか?」


「ああ、狼の時の炎を想定しておく」


「ふむ、良い考えですね。狼の時に使う炎は魔法ではないと思いますが威力は似てる可能性がありますもんね。流石エスカリオットさん、騎士ですねえ」


「…………」


「そういう事なら午前中のうちに王都の外れまで行って対戦してみましょうか。あ、でも本気で来ないでくださいよ。私、攻撃魔法はあんまり得意じゃないんですよ」


「シャイナ、コーヒーだが」


「はい?コーヒー?話の展開が自由ですね。コーヒーがどうしました?」


「明日からは俺が淹れる。」

「えっ?なぜですか?」


「……世話になっているからな」

「エスカリオットさん!」

じーんとなる。

何だか報われた気分になる。


そうだよ、そうなんだよ。

お世話してるんだよ。


闘技場地下より高いお金を積んで連れ出して、手ずから頭を4回も洗ってあげて、食事を作り、服を見繕い、あんなにカッコよくてお値段も高かった義手を付けて、せっせと貢いでお世話を焼いているのだよ。


こんなに美しい黒豹でなかったらここまでしないぞ。

私の美しい黒豹。

そんな美しい黒豹がお礼に明日からコーヒーを淹れてくれるなんて。


シャイナは、えへへ、と照れて笑った。





***


そうして朝食後、シャイナとエスカリオットは王都の外れの空き地に来ていた。


エスカリオットは部屋着の黒シャツに生なりの綿のズボンに鞘付きのベルトを締めただけの格好で、足元もサンダルのままだ。

それでも、剣をすらりと抜いてゆったりと構える様子には隙がない。


これに剣で打ち込んで行くのは勇気がいるだろうな、と思う。

魔法使いで良かった。



「では、いきますよ。やあっ」

シャイナはまず無詠唱でエスカリオットの前に等身大くらいの赤い炎を出現させた。


エスカリオットはすぐに剣を一閃させて炎をなぎ払う。一瞬で炎は消えた。


「流石ですね、エスカリオットさん。炎も斬れるんですね。私としては黒龍の左腕で払ってみて欲しかった所では、あれ、怒ってます?」

シャイナはエスカリオットがこちらをぎろりと睨んでいるのに気付いて黙った。


「貴様、なめてるのか?無詠唱の炎なぞ」

エスカリオットが怒気を含んだ声で言う。

初めて本気で怒られた。しかも貴様呼ばわり。

けっこう怖い。


「で、でもでも、無詠唱って凄いんですよ。もちろん威力はぐっと落ちますけど。エスカリオットさんは魔法使えないですし、まずはこれくらいからと」


「それなら不意打ちで使わないと意味はない。そして遠慮はいらん、本気で来い」


エスカリオットの目が据わっている。

本気でこないと殺すぞ、くらいの目付きでこっちを睨んできている。

怖い。これは本気でいくしかないようだ。



シャイナは深呼吸すると、ひたと美しい黒豹を見据えた。言葉を紡ぐ。


「地獄の業火、黒炎よ、取り巻け、燃やせ」

シャイナの言葉にゴオッとエスカリオットの周りを黒い炎が囲んだ。


「黒炎か」


「はい。私は根に持つタイプなので炎もねちっこく、何が何でも燃やす上に中々消えない黒い炎です」

黒炎は最強の炎、炎すら燃やす炎だ。ヒトカゲも黒炎でなら燃やす事が出来る。


「悪くないが、薄いな」

エスカリオットはさっきよりも早く剣を振った。

前方の黒炎が揺らいでなぎ払われた。


黒炎まで斬った凄い、と思っているとあっという間に距離を詰められて喉元に剣を突きつけられる。

「本気でこいと、」


エスカリオットの言葉を最後まで待たずにシャイナは手を振った。

残っていた黒炎が蛇の形になるとエスカリオットの足に巻き付く。


エスカリオットはさっと飛び退いて、足を抜くと蛇の後ろ部分を斬った。そして距離があるまま剣を一閃させた。


シュンッ、と剣から衝撃波のようなものが発せられて蛇に向かい命中する。


衝撃波に粉々にされて黒炎の蛇は完全に消失した。


こんなにすぐに蛇がやられるとは……。

シャイナは感嘆した。


「足を燃やすつもりで行きました。抜かれるとは驚きです。しかもさっきの衝撃波、エスカリオットさんはソードマスターですか?」


ソードマスターとは文字通り剣を極めた者だ。剣に向き合い、ひたすら剣を振りその道を突き進んだ者がたどり着く頂点だ。

剣聖とも呼ばれる。


「らしいな」

「ソードマスターでしたかあ、さすが世界最強と吟われただけありますね」


「そんな事はいい。シャイナ、さっきの蛇もう一度やれ」

「えっ、ソードマスターをスルーですか?そしてもう一回ですか?」

「そうだ、2匹で来い。」

エスカリオットの口調は弾んでいて、表情も珍しく明るい。

変なスイッチを押してしまった気がする。


「嫌です、2匹は疲れますよ。攻撃魔法は不得意なんです。私は午後から仕事なんですよ。今ので私の魔法は大体分かったでしょう。お仕舞いですよ」


「嫌だ。まだやる」

なんと、駄々っ子モードのエスカリオットだ。


「帰りましょうよ」

「帰らない」

おっと、そんな風にむすっとしながらそんな事言われるとちょっとキュンキュンしてしまう。


「来い、シャイナ」

猫が遊んでくれるのをうずうずしながら待っているような、期待に溢れた声でエクスカリオットが言う。

これまでの無口ニヤリからのそれは反則だと思う。


シャイナは負けた。



結局、黒炎の2匹の蛇での攻防を4回やって、最後は黒炎のヒトカゲまで造り、炎を吐かせ尻尾でエスカリオットを追い詰めた。







「ふうーー、もう限界です」

黒いヒトカゲをエクスカリオットが打ち倒すと、シャイナはへなへなと地面に座り込んだ。


膝ががくがくして立てない。こんなに一気に魔力を消耗したのは久しぶりだ。


「ぐう……立てない。しまった、こんな状態じゃ移動の魔方陣も無理だ……」

ぐぬぬぬ、何たる不覚。


「不甲斐ないな」

エスカリオットがうっすらと良い汗を光らせながら近付いて来た。


「攻撃魔法は苦手なんですよ」

「……歩けないのか?」

「ポーション飲んで少し休めば行けると思います。待っててもらうのは心苦しいので、先に帰っててもらっていいですよ」


エスカリオットがため息をつく。

ひどいぞ。

誰のために頑張ったと思ってるんだ、嫌だって言ったのに、とぶつぶつ言っていると、ふわりと浮遊感がした。


「わっ、えっ」

視界が高い。

エスカリオットの顔が近い。

シャイナはエスカリオットに抱きかかえられていた。


「ええっ」

「ポーションを飲め。歩けるようになったら言え」

エスカリオットはそう言って、そのまますたすたと歩き出す。


「はい」

シャイナはすぐにごそごそとズックからポーションを出して飲んだ。

「10分くらいで歩けると思います」

「分かった」


エスカリオットに抱かれて家路に着く。顔が近いし、エスカリオットの体温も感じるしドキドキする。

汗の匂いもする。

きっともうこんな機会は無いだろうしシャイナはふんふんとエスカリオットの汗の匂いを嗅いだ。


「シャイナ」

「わあ、はい」

汗の匂いを堪能してたのがバレたかしら!


「己を高める為に剣を振ったのは久しぶりで楽しかった。昔を思い出した」


「……お礼ですかね?」

「礼だ」

じーん。

頑張って良かった。最後の黒炎のヒトカゲなんて実戦では出した事ないもので、完全にエスカリオットの娯楽用の産物だったけど、頑張って良かった。

それにシャイナ自身もけっこう楽しかった。こんな風に攻撃魔法の訓練をしたのは初めてで何とも言えない充実感はある。


エスカリオットの顔は出会ってから一番、晴れ晴れとしていた。





「シャイナ」

少ししてからまたエスカリオットに呼ばれる。


「はい」


「帰りに肉まんが買いたい」


「……今日もですか?」

エスカリオットが無言で頷く。


「2日連続で肉まんかあ……あんまりしないと思うんですけどね」


でももちろん肉まんを買って帰り、お昼は2日連続で肉まんになった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 作者様のユーモアセンスが絶妙に心地良いです。 優しいけどスパイスがちゃんと効いていて、品があるけど甘ったるくなくて。 これからはコーヒーをエスカリオットが淹れるという会話のくだりの「、、…
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